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    ゆめかわムキムキパパ

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    POIPOI 14

    天城とセフレ関係にあったHiMERUが、数年後にアイドルを辞めた天城の結婚式に参列する話です。はっきり言って読んでいて気持ちのいいものではありません。
    天城が故郷の女性と結婚する描写があります。また、故郷の結婚式や文様等、捏造が含まれます。
    名前の無い女性が複数人登場します。

    世界で一番美しい“俺”の話 天城燐音は、アイドルを辞めた。理由はただ一つ、彼の結婚が決まったからだった。
     それはもうアイドル業界にとっては衝撃も衝撃。天城の結婚が報じられてからは、ワイドショーでは連日その話題で持ち切りだった。今までファンを騙していたのか、とか、アイドルの恋愛はどうだ、とか、メンバーへの裏切りだ、とか。好き勝手散々騒がれて、結局天城は「俺っちが結婚したいって思ったンで」とか大真面目な顔で言って各方面を黙らせた。
     …嘘言って。本当はそのひとと結婚なんてしたくないくせに。
     その言葉はいつも俺の喉元で吐き出されずに止まってしまった。こんなこと言ったって何にもならないから。天城はあの頃よりもずっと頑固で、もう俺の言うことなんてこれっぽっちも聞いてくれないのだから。

     君主として故郷に舞い戻った天城とその弟の好意で、俺たちCrazy:Bの3人は天城の結婚式に招待された。世話になったから3人で来てほしかったそうだ。この日が終われば、Crazy:Bが4人揃うことはこの先きっと数えるほどしかない。最後なのだ、今日が。
     俺たちは天城の故郷の人間では無いから、婚礼の時に故郷の人たちと同じ衣服は身に纏うことが出来ない。かといってスーツで参加するのも重たい印象を持たせてしまうだろうから、3人で着物を着て行こうと少し上等なものを仕立てて貰った。留袖は誰も持っていなかったし親族でもないから、シンプルな男性ものの着物。桜河も椎名も、よく似合っている。
     俺は今日、2人と仕立てて貰ったものとは別の着物を着てきた。
     白地に金の刺繍が施された、派手な“女性物”の着物。刺繍と同じ金の太い帯を締めて、誰よりも儚く、けれども凛と美しくいようと立ち振る舞ってここまで来た。合流したとき、2人は大層驚いたように目を丸くしたけれど、すぐに切なそうに笑って「綺麗だ」と言ってくれた。2人は、俺が何も言わずともわかっていた。それなのに咎めずに肯定してくれた。
     故郷に着いてからは、天城には何も言われなかった。ちらりと俺を一目見て、もう2度と見ずに挨拶すらしなかった。本当に薄情な男。桜河や椎名とは何度も言葉を交わすくせに、俺には一言も無いのだから。
     天城から結婚相手を紹介され、軽く挨拶を交わした。相手の女性から梟のような文様が刺繍された小さな布切れを渡された。参列者への品で、新婦が一つ一つ縫ったものだ。
    「燐音様からは皆様のお話を何度も伺いました。」
    「そう、ですか。」
    「ふふ、それはもう本当に楽しそうで。燐音様、皆様のお話をなさるとき、少年のようなお顔になるのです。初めて外の世界も悪くないかなと思えたんですよ。」
     優しく笑う女性はすべてが上品で、考え方も柔軟なように感じる。この集落での結婚式でよそ者の俺たちが受け入れられたのも、新郎新婦が2人で説得したからだということは馬鹿でも想像がつく。頭が回るのかは分からないけれど、まあきっとこの集落の中では教養のある人なのだろう。
     女性は俺に輝くまなざしを向け、
    「こんなにお綺麗な方に来ていただいて、私とっても幸せです。」
    なんて言って笑いかけた。
    「ふふ、ありがとうございます。天城…燐音さんにもよく言われていました、綺麗な顔だって。貴女もとても素敵な方だと思います。」
    「そ、そうですか?私なんてまだまだですよ…、妻として燐音様の隣に並んでも劣らないようにもっと綺麗になりたくて…。」
     女性は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
     馬鹿な女め、こんな分かりやすい嫌味にも気付かないなんて。この女は無知だから、俺の着ているこれが女物であることにも、結婚式に派手な衣装を纏って参列するのがどれだけ非常識であるのかということにも気付かない。…俺が今身に着けているアクセサリーのほとんどが、過去の天城からの贈り物だなんてことにも、気付かないのだ。
     女性の隣に佇む天城の顔をちらりと見る。天城はやはり明らかに場違いな俺に見向きもしなかった。椎名や桜河は、俺とは別にどこかいつもと様子が異なった。
     招待したのに、その癖になんだその態度は。俺はおまえの視界に入れたくない程嫌な姿をしているのか。
     結婚する男女に亀裂を入れたがるこんな滑稽な俺の姿を見ても、天城は眉一つ動かさないで俺をいないもののように扱う。こんな酷い話、無い。
    「おい、そろそろ行くぞ。」
    「はい、燐音様。それでは、ごゆっくりしていってくださいね。」
     俺たちの知らない君主の顔をした天城燐音が、女の手を引いていく。もうすぐ婚礼の儀式が始まるということだ。
     2人において行かれた俺たちは同じ方向へゆっくりと歩き始めた。寂しかったのか、他に理由があるのか、誰も口を開かなかった。

     会場である祭場まで足を運べば、天城の弟の天城一彩が俺たちを出迎えた。予め用意されていた一番後ろの席へと並んで着席する。集落の者はよそ者の俺たちが珍しいからか、まじまじと見つめてはコソコソと何かを話していた。周りからの好奇の目に慣れている俺たちは、誰もそんな視線を気にしない。そういう生き方をしてきたからだ。
     祭場の装飾をまじまじと見つめていると、視界の隅の方で小さな声で椎名と桜河が話し始めた。俺に聞こえにくいように耳打ちしているが、丸聞こえだった。
    「…なんや燐音はん、違う人になったみたいやな。」
    「わかるっす。気持ち悪くないっすか?僕に絡んでこない燐音くん。」
    「これで良かったんか分からんな…。」
    「まあ、燐音くんが自分で結婚するって決めたんすからいいんじゃないっすか?」
    「でも…HiMERUはんが…」
    「……ま、燐音くんは昔からろくでもない人だったんで…。ほんと最低な奴っす。自分だけ逃げて。」
     椎名や桜河にも気を使われて、本当に最悪だ。俺をこんな気持ちにさせるなんて、天城はやっぱりろくな男じゃない。
     ざわざわとしていた会場がしんと静まり返る。新郎新婦がもうじきここへ来る合図だ。俺たちは3人揃って背筋をピンと伸ばした。
     後方の扉が開く。凛とした男女が2人、ゆっくり、ゆっくりと歩いてくる。綺麗な冠、上等な着物、繊細な首飾り。どこからどう見ても今日の主役はこの2人だ。
     …俺は、目立っていたに違いない。こんな美人、なかなかいないだろう。俺はきっと、今この時この世界にいる誰よりも美しい。
     でも、新婦自身も、新婦の纏う品物も、どれも俺の美しさには到底及ばないのに誰も俺を見ようともしない。さっきまであんなに嫌な目で見ていたというのに。
     先ほど天城弟に聞いた話では、この集落の挙式は短時間で終わるそうだ。2人で同じ食器から一杯分の白米を完食し、盃いっぱいに注がれた酒を半分ずつ飲み干す。たったこれだけ。これだけであの2人は夫婦になる。紙切れ1枚の関係より、ずっと薄い関係だと、俺には感じる。
     中央の食器は既に空となり、新婦が盃を両手で煽った。
    これですべてが終わる。
     拍手喝采、あちらこちらで聞こえる歓喜の声。君主となった男が妻を迎え、この集落には安定した生活が訪れることだろう。皆がこの結果を望んでいたようだ。隣を見れば、感動したように涙を流す椎名や桜河。俺だけが別世界にいるようだった。天城は、頬を赤らめて照れくさそうに笑っていた。
     …何だよその顔。幸せそうにしやがって。

     今、ここにいるすべての人間の中で、俺だけが幸せじゃない。俺だけが、醜かった。

    「椎名、先に帰ります。」
    「え、でもHiMERUくん一人じゃ危ないし電車暫く来ないっすよ。これからお食事も出してくれるって…。」
    「俺は、もうここにはいたくない。」
     心配してくれる椎名にそう吐き出した俺は少ない荷物を手に取り、椎名の返事を聞く前に会場を後にした。天城の顔は、見なかった。


     天城燐音は家を継いで結婚した。
     だから、天城燐音は、アイドルを辞めた。
     天城燐音という男は、もうアイドルではなかった。
     俺が愛おしい日々を共にしたはずの天城燐音は、もうどこにもいなかった。
     俺たちが…俺が愛した天城燐音は、死んでしまったかのようだった。

     長い山道を速足で下った。着物の裾が泥で濡れても、高かった草履が脱げても、止まらずに歩いた。
     歩いて歩いて、足が痛くて立ち止まりそうになった時、ここに来るときに降りた無人駅にたどり着いた。1日にたった3回しかこの駅に停まらない電車は、運良く数10分後には来るようだ。
     ボロボロで硬い木のベンチに腰を下ろす。果たしてこの駅を管理している人間はいるのだろうか。
     泥で汚れた巾着からスマートフォンを取り出した。その拍子に先ほど新婦から受け取った布切れがひらひらとコンクリートに落ちた。

     …こんなもの、いらない。

     丹精込めて作られたであろうその布切れを拾い上げると、あの新婦の顔を思い出しながら綺麗な文様を左右に引っ張った。幸福のお裾分けなんて迷惑でしかない。
     思い切り力を込めたところでようやく布切れはギリギリと音を立てて千切れた。それはまるで俺を馬鹿にするかのように頑丈で、「ああ、あの2人はきっと本当に幸福なんだな」と柄にもなく傷つく。この千切れた文様をここに置いておけば、帰りに椎名や桜河に心配してもらえるかもしれない。…天城と違って、2人は優しいから。
     スマートフォンの画面を開いても誰からも連絡は来ていなかった。そのままSNSのアイコンをタップして“天城燐音”と検索した。寂しかった画面は、アイドル天城燐音の引退を惜しむ人たちの投稿でいっぱいになる。
     きっと、もう天城は帰って来ない。天城は本来自分の有るべき場所に行ったのだから。もしかしたら、帰って行ったの方が表現としては正しいのかもしれない。
     天城は無責任にも俺たちを置いてまたどこかへ行ってしまった。俺たちの“群れ”には、俺たちの“巣”には、あんたが必要なのに。
     世界中に俺たちの巣をつくるって、俺と約束したのはあんたなのに。
     踏切の音が鳴る。もうすぐ電車がここに来る。

    ***

     山奥を一両で走るこの古びた列車の乗客は、少女と老婆、それから俺のたった3人だけだった。車掌は機械的に運転をしているだけで、こちらにはあまり興味がなさそうだった。
     ああ、そういえば昔、天城が車掌をモチーフにしたユニットで歌ったことがあったな。と、記憶が蘇る。あの企画の方針が始まった時、彼は嬉しそうに報告してくれた。
     車両に乗って、俺は少女と老婆のいる反対側の少し離れたシートに腰を下ろした。それと同時に古びた電車はギィと音を立てて動き出す。これでこの地とはお別れだ。
    「おばあちゃん、みて、きれいなおねえさん。およめさんかなあ?」
     唐突に、着席していた少女が俺を指差して羨望の眼差しを向けた。
     …そうだろう。俺は綺麗なお嫁さんに見えるだろう。そう見えるような着物を選んだんだから、そう見えていなくては困るのだ。
     軽く唇を噛むと少女の隣に佇む老婆と目が合った。凛とした佇まいでありながら柔らかな雰囲気を纏った美しい女性だ。老婆は俺の姿を旋毛からつま先までじっと見つめ、目を閉じた。
     「…あの子は、お嫁さんじゃあないよ。」
     老婆の言葉に沈黙が訪れる。車輪が線路の繋ぎ目を通るガタゴトという音だけが脳裏にうるさく鳴り響く。あまりの惨めさに俺は俯き着物の記事をぎゅうと掴んだ。
     気まずい空気が流れる中、沈黙を破ったのは少女だった。
     「どうして?」
     透き通るような声で紡がれた少女の無垢な疑問が、俺の心臓を引き裂く。思わず俺までまた老婆の方を凝視してしまった。老婆は一息置いて、俺の目を見て優しく微笑んだ。そうしてのんびり口を開いた。
     「結婚っていうのはね、好きなだけじゃ駄目なのよ。沢山の壁を乗り越えなければならないの。」
     老婆の声に、顔が歪む。俺にはもう、この現実に耐えられる精神力が残っていなかった。
     泣くな。泣いたらもっと惨めだろ。そうは思っても瞳からはぼたぼたと涙が止めどなく溢れてくる。
    「う…ぅう、……。」
     老婆は俺の隣にゆるりと移動して、静かに俺を抱きしめ背を撫でた。暫くたった後には、ためらった様な小さな熱も俺の背に触れた。2人の手は、天城の手なんかよりも、ずっと優しくて温かかった。
     俺は今きっと、この世界にいる誰よりも醜くて汚い。少しも美しくない。


     俺は天城が大好きだった。好きだなんて簡単に口にできるような関係じゃなかった。それでも本当は天城を愛していた。愛して欲しかった。ただ、それだけだった。
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