メル燐ワンライ 第53回 「HiMERUの誕生日」 7月7日、天城の腕時計の針は23:00を指している。HiMERUの誕生日パーティを終えた後、天城の発案でCrazy:BのメンバーとESから少し離れた七夕祭りの縁日へ来ていた。
ES内でも七夕祭りの催しは開催されているから、大抵のアイドルはそちらを楽しんでいた。天城がわざわざESから離れたここまで出向いたのは、Beehiveの関係者が屋台を出店しているからという理由だった。
こういった縁日の屋台は日が沈む頃には店仕舞いをしているイメージが強いが、ここはどうやら日付が変わる前まではやっているらしい。先程天城が「ニキはメシが食えるしこはくちゃんも屋台回りてェだろうし、俺っちも世話んなってる人達に挨拶出来るし、ちょうどいいっしょ。こはくちゃんとメルメルは未成年だけど俺っちという名の保護者同伴だからおっけ〜。」なんて言っていた。
今は天城から2人分のお小遣いをもらった桜河がきらきらとした屋台に目を輝かせ、椎名を引きずり回している。椎名もなんだかんだ言って桜河に付き合って屋台をそれなりに楽しんでいるようだった。そして天城は、用事を済ませて俺の隣に腰を下ろし、屋台で購入した缶ビールを飲んでいる。
「っかァ〜〜うめェ〜!暑い日に飲むビールうめェ〜!」
仕事帰りに居酒屋に立ち寄ったオッサンのような声を上げ、天城は俺の肩を抱いた。耳元での発声は鬱陶しいが今日はいつも以上に上機嫌に見えて悪態をつく気も失せてしまった。俺自身も事務所の誕生日パーティで疲れているし。
それにしても本当に美味しそうに飲むな。まるで3日ぶりの水分補給をしている人間のようだ。俺からの視線に気付いたのか、天城はこちらをにやにやしながら見つめ返した。
「どうよ、1杯。」
天城はグイとビール缶を持っている手首を捻り、酒を煽る仕草をする。いくら見せかけといったって、世間的に未成年である人に飲酒を勧めるなんて何を考えているのか。
「何を言っているのでしょうか。HiMERUは未成年ですので、お酒を飲むなんてことはしませんよ 。」
「い〜からいーから。たまにはいいっしょ?ニキとこはくちゃんはあっちで屋台巡りしてっし、ここにはマァジで人来なくて俺っちたちだけなンだからよォ。」
天城の言葉を聞いてキョロキョロと辺りを見渡す。確かに人がいる気配も人が来る気配も無い。
「悪い大人ですね、あなたは。」
そう言って揶揄えば、
「きゃは、今更っしょ。燐音くん飲みきれなァ〜い、メルメルに手伝って欲しいなァ…なんて。」
なんて言って今度は上目遣いで両手を合わせて、おねだりをしてきた。俺はこういう態度の天城に弱い。いじらしくお願いをされると断れないのだ。俺のそういう所を分かってこうやって行動に出る天城は性格が悪いと思う。応えてしまう俺もどうかとは思うが。
「ふむ、ではいただきます。」
「そう来なくっちゃなァ!」
さっきの態度はどこへ行ったのか、一瞬でいつもの豪快な笑顔に戻った天城は、近くにあった紙コップを手繰り寄せる。紙コップにコトコトと音をたてて天城の飲んでいたアルミ缶から注がれたビールは、しゅわりと泡を立ててやがて沈んだ。ビールを嗜むにはどう考えたって少ない。小さい紙コップの3分の1程度しか注がれていない。
350mlのアルミ缶からは、まだビールが残っているような重みのある音がしたが、天城が注ぎ直す様子もない為紙コップを手に取った。
「んじゃ、カンパ〜イ!」
天城の声と共にアルミ缶と紙コップをぶつける。ゴス、という不格好な音がなり、なんだかおかしくて口角が上がってしまった。それから一息ついて、紙コップに注がれた少量のビールを一気に煽った。
苦くて辛くて、普段であれば味わうことの無いえぐみ。あぁ、美味い。もっと冷たかったら最高だった。
「メルメルって結構豪快に飲むタイプ?」
自分の膝にひじを立てて頬杖をいてそう問う天城は、年相応に幼く見える。
「さすがにこの量では…。」
「きゃはは!それもそっか。」
天城はそう言って天を仰いだ。何となく釣られて一緒に空を見上げる。今日は運悪く一日中曇りだ。星空なんて見えそうにない。
「こんな天気じゃあ、織姫ちゃんと彦星くんは逢えねェなァ。」
「えぇ。」
「可笑しいよなァ。曇ってるのは地球のこの場所だけで、雲の向こうでは毎日輝いてンのに、ここが曇ってるだけで離れ離れって馬鹿馬鹿しいっしょ。」
案外ロマンチストなのに変なところで現実主義な彼に思わず吹き出してしまいそうになるも、寸前のところで我慢した。
「メルメル」
「なんでしょう。」
「肩、寄っかかっても良い?」
「3秒毎に5万円です。」
「ェ〜?燐音くん金欠だからツケで。」
「譲歩しましょう。」
「よっしゃ。」
天城は、その後はただ何も言わずに俺の肩に頭を預けていた。時折額を肩にグリグリと押し付けたり「ん〜…」と唸り声をあげたりしながら、愛おしそうな顔で曇天を見つめている。そこにあるのは星空を覆い隠す黒い雲だけだと言うのに。
「天城」
「なァにメルメル。」
「来年は、2人は逢えるでしょうか。」
再び沈黙が流れる。間を埋めるように「あ〜…それなァ〜、」と呟いた後、天城は左手で俺の右の中指の指輪をいじり始めた。抜いたりつけたり回してみたり、聞いているのか?と思うが、彼なりに色々考えているのだろう。
「そりゃ分かンねぇなァ、俺っちは神様じゃねェし。」
天城ならきっと晴れると言ってくれると思ったから、少し肩を落とす。しかし天城は天を見つめながらもそんな俺に気付いたのか、「でも」と続けた。
「来年も再来年も、10年先も、何回でも一緒にここに来ようぜ。そしたらいつかは晴れるっしょ。」
自分の瞳孔が開くのを感じた。
“一緒”という一言がやけに響く。もしかしたら来年の今日この日は、“あの子”がここにいるのだろうか。再来年か、もしかしたらもっと先か。その日が来るのは何年先になるのだろうか。天城は、“あの子”を愛してくれるだろうか。光の灯らない瞳を照らす光になってくれるのだろうか。
「おや?そういえば天城、あなた随分と幸せそうに飲んでいますが、今日帰りの運転はどうするんですか?」
今日は天城の運転でここまで来たことを思い出し、たずねる。すると天城はビクリと背筋を伸ばし、目を大きく見開いた。どうやら完全に忘れていたようだ。
「あ!?やべ!つい浮かれて忘れてたっしょ…。」
「全く…、今日は歩いて帰るしかありませんね。車は明日まで置かせていただきましょう。」
「そうするしかねェな…。うぅ…メルメルぅ…、失敗した俺っちを慰めて…。」
再び俺の右肩に寄りかかり、首に額を押し付けて本気の涙目で訴える天城が愛おしくて、指と指を絡める。こんなにも愛おしい天城を逃がしたくなかった。
「え、メルメルなんか怖い…。」
「失礼な人ですね。」
右肩にのしかかる緋色の熱に頭を預け返す。この熱が、どうしようもなく手放しがたい。どこか俺と似ているこの男の隣にいることがこんなにも心地よい。いつか手放さなければならないその日が来る事を考えると、嬉しいような寂しいような、そんな気分になる。目頭が熱い。なんだか世界に靄がかかって見えるような気がした。
気を抜いたら瞳からこぼれ落ちてしまいそうなそれは、ほんの少しの、たった5%のアルコールのせいにしてしまう事にしようか。