メル燐 ワンライ 「待ち合わせ」 今の俺っちはウキウキワクワク、なんていったって今日はHiMERUとのデートの日である。
今日のデートの行先は、俺っちお気に入りのゲームセンターでも競馬場でもなければ、メルメルお気に入りのスイーツショップでもない。ちょっとイイトコのレストランへディナーの予約を入れている。
驚くことに誘ってきたのはメルメルの方。所謂高級レストランのペア招待券をどこかのお偉いさんからもらったらしく、せっかくだからと俺っちを誘ってきた。メルメルの事だからお行儀の良いこはくちゃんを誘ったり、味のわかるニキを誘ったりするモンだと思ってたけど、俺っちが誘われたのは想定外だった。
いつもより緊張感のあるメルメルからのデートのお誘いに俺っちまはガチガチに緊張して、ついつい約束の時間よりも三十分も早く集合場所へ到着してしまった。
腕時計もいつもより少し良い物にして、いつものヘアバンドはやめて普段絶対に被らない中折帽なんか被って、比較的目立たないようにフォーマルでありつつ硬くなり過ぎないような…念のためと以前購入していた少し質の良いスーツに身を包み、一応ちゃんとした服装で来たつもりだ。社会人として、最低限のドレスコードは守らなければならないことはしっかり理解していた。きっといつもより何倍もキメてくるHiMERUに合うような相応しい身形でいなければならない。今日は藍ちゃんに協力してもらって髪だってちゃんとセットしてきた。おでこが出るようなスタイルにしたからスース―して落ち着かないけれど、これからメルメルと過ごす時間を想像したら、そんなことどうでも良いくらいにワクワクした。
それにしてもさすがに早く着きすぎてしまった。メルメルとの待ち合わせは、いつも時間ピッタリか少し遅れるくらいに二人とも合流する。こんなに早くから集合場所にどちらかがいるなんてことはほとんどないため、どう時間を潰したらいいのかがわからない。とりあえずスマホを取り出してインカメラを起動する。そこに映る自分の顔とにらめっこすると、前髪の毛束が想像していたよりも良い位置におらず気になっていじり始めてしまった。
数分間自分の前髪と格闘していると、
「随分と早いですね、天城。」
僅かな靴音と妖艶な声、そして高級感の漂うワインレッドの革靴が視界に入った。
「ンだよ遅せェよ〜、俺っちもうずゥーっと前から待って……ひ…める。」
目線をあげればこの世のモノとは思えないほどの別嬪さんがこちらをしっかり見つめていた。
スマートカジュアルのドレスコード。フォーマル過ぎずカジュアル過ぎず、歳からは想像もつかないほどの上品さ。フォーマルであって、それでいてどこかラフさを感じる着こなし。アクセサリーの数もいつもより若干少なく、心なしか髪はいつもより遊んでいる気がする。普段の比にならない色っぽさを感じるのは、もしかしたら髪型のせいかもしれない。
あまりに格好いいメルメルに心臓が高鳴り、熱くなった顔をそのままに見惚れていると、そんな俺っちを見てメルメルはくつくつと上品に笑った。
「天城…少々気合を入れ過ぎでは?」
そう指摘されると俺っちは恥ずかしくて唇を尖らせる。図星を突かれたのを察したメルメルは更に面白そうに笑った。
あんまり笑うもんだから、何だか居た堪れない気分になる。あれだけ緊張して気合いを入れて、悩みに悩んで選んだ服装を笑われてしまうのはあまり気分がいいものでは無い。
「うるせェな…どういう格好してくんのが正解かわかんなかったンだよ。」
そうぶっきらぼうに言えばメルメルはすみませんと一言添え、再び俺っちを見据えた。
「確かに高級レストランですからね。HiMERUもかなり悩みました。」
「俺っち、浮くかも…。」
「そうかもしれませんね。でも安心してください。天城はいつだって浮いています。」
きっぱり宣言されてしまった。こういう時には「そんなことないですよ」って言うのがテンプレだと思うのだが、テンプレ通りにいかないのが俺っちたちの良いところだから俺っちは何も言えずに黙るしかなかった。
「まあ、いつもよりはよほど色男ですよ、天城。」
決まり悪く俯こうとすると、またメルメルは俺っちを茶化した。
こいつ、よくもまあこんなに恥ずかしいセリフをサラッと言えるな!HiMERUといい一彩といい、最近の若者は人との距離感が心配になる。いや、俺っちが言えた話ではないけれども。
「今ならあなたに恋をしてしまいそうです。」
「へ、メルメ…ッ」
突如、俺っちの煩く騒ぐ唇を、HiMERUの唇が塞いだ。二~三秒の短いキスだったけれど、睫毛が長ェなァとか、綺麗な顔だなァとか、悠長なことばかり考えてしまった。
「さ、行きましょうか。」
待て待て待て待て、今のは俺っちの
………ファーストキス。
「バカ!メルメルの馬鹿!俺っちのことがそんなに好きなのかよ!責任取れ!結婚しろ!」
「うるさいです天城死んでください。せっかく人の少ない場所を集合場所にしたというのに目立ちすぎです!置いていきますよ。」
「オイ待てよ!」
スタスタと先へ行ってしまうHiMERUを追いかける。きっと今の俺の顔は林檎のように真っ赤だろう。HiMERUだってきっと真っ赤だ。恥ずかしくて顔を隠してしまいたいけれど、今はHiMERUとのデートが先。
確かに触れ合った唇に触れれば、メルメルのリップクリームがほのかに香った。
後日この日の二人の写真が波乱を巻き起こすことなど、この時の二人は思いもしていなかったのである。
来週に続く…かも?