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    kanagana1030

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    kanagana1030

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    春趙の温泉の話の続きです。
    前話 https://poipiku.com/4207395/8117860.html
    温泉に浸かりたい。

    期待外れの温泉旅行2 宿は山間の温泉地、大きな川沿いに建つ旅館だった。春日達一行が到着した時間が混雑時間帯らしいこともあって、多くの客がチェックインの列をなしていた。皆が車から荷物を下ろす中で、趙が一人受付に向かって手続きを済ませてカードキーを手に戻ってくる。
    「一応、三部屋取ったんだけど、全部、隣り合わせにしてくれたみたい。とりあえず、角部屋は女性陣のかな?」
     紗栄子とえりにそう言ってカードキーを渡して、残り二枚のカードキーを手に持ってこちらへと戻ってきた。
    「後の部屋割りはどうしようか?」
     聞かれて、そういえばそうかと心臓がドクンと跳ねる。もちろん、本音を言えるなら趙と同じ部屋がいい。ただそんなことを突然言い出すことも出来ず、そわそわと周りの顔を眺めていたら、ナンバが顔をしかめて言った。
    「一部屋何人まで泊まれんだ? 俺は足立さんと別の部屋なら誰とでもいいよ」
    「なんだよ、ナンバ。何で俺とじゃ嫌なんだよ」
    「いびきがうるせぇからだよ。俺は温泉に来てまで寝不足になりたかねぇぞ」
    「なにぃ」
     足立が心外だとでもいうように憤慨するが、他の三人はナンバの言葉は最もだと首を縦に振る。
    「確かに」
    「言われてみれば、そうだねぇ」
    「ちげぇねぇな」
     というわけで、あと二部屋の部屋割りは足立とその他男性陣に分けられた。春日としては、他の人間がいるのは想定外だったが趙と同じ部屋だと思うと嬉しい。
     趙と同じ部屋で寝起きすることはサバイバーの二階で日々繰り返していることでもあったが、旅行先とサバイバーでは状況が違う。それに春日が趙への気持ちを自覚してからはまだ日が浅く、こんな風に旅行先で惚れている相手と同室という状況には否が応にも胸が高鳴るのだった。
    「足立さんの部屋は、足立さんの部屋、兼宴会場にしよう」
     そんなことで皆の意見が一致して、何やら納得がいっていない様子の足立を背後に皆で宿の長い廊下を抜けて部屋へと向かった。外側から見た旅館自体は古く昔ながらの風情を残しているように見えたが、館内は最近リノベートした様子で所々に近代的な設備なども整っていて、清潔で居心地がいい。
    「今回の宿は趙が取ってくれたんだろ?」
     宿選びから予約まで、全部、趙がやってくれたのかと思うと自分にはとても出来ない芸当だなと思う。趙は春日からの問いに頬を片方だけ上げて笑った。
    「俺、昔っから頭の中で旅行とか組み立てるの好きだったから。今までは思っても、なかなか行けなかったけどねぇ」
     横浜流氓の総帥をやっていた時と違い、今の趙は自由に動ける。きっと今までは、考えたり、思ったりしていても出来ないことが多かったのだろう。それが出来るようになった今、一緒に出掛ける仲間として自分たちを選んでくれたことを改めて嬉しく感じた。
    「どうやら、俺たちはこの部屋みたいだね。あっ、足立さんは隣ね。さっちゃんたちはその奥だね」
    「分かってるよっ。みんなして寄ってたかって年寄りをいじめやがって」
    「拗ねないの。どうせ、誰かは足立さんのところで飲みつぶれるわよ」
     廊下の突き当り、角の部屋が女性陣の部屋でその隣が足立の部屋、そして、春日達の部屋という並びだった。趙がカードキーを部屋の扉についている四角い小さな出っ張りにかざすと扉が開く。趙が部屋の扉を開けてくれたので、ナンバ、春日、ハンジュンギの順で部屋の中に足を踏み入れた
    「うおっ。マジか。すごいな」
    「ええ、これは豪勢ですね」
    「部屋が広いなぁ。こりゃあ、全員で一室でも泊まれたんじゃねぇか」
     部屋には全員が雑魚寝出来そうな広い和室と、そこから一段高くなった小上がりのような部屋にベッドが二台。奥へと進んでいくとシャワールームがあり、その扉の先には露天風呂という作りになっていた。露天風呂は檜造りの本格的なもので、部屋付きのとは思えない広さがあって、大人でも何人か一緒に入れそうなものだった。
    「趙、この部屋、一泊いくらすんだ?」
     趙が予約したということは、趙が支払いまで持ったということだろうかと心配になって耳打ちするように聞くと、趙は小さく笑って「そんなこと、贈られた人は気にしちゃ駄目だよ」とすぐに煙に巻かれた。
    「でもよぉ」
     三部屋分となると相当な金額になるのではないかと、どうしても分不相応な贈り物ではないかと申し訳なさが先立つ。
    「いいの、いいの。俺、金には困ってないからさ。それに先月、麻雀で大勝ちしたから軍資金はばっちりだったんだよ」
     少し悪い顔をしてそんな風に笑ってみせる趙の気づかいまでが嬉しくて、春日は改めてこの男のことが好きだと感じる。
    「……ありがとうな。嬉しいぜ」
    「春日くんが喜んでくれたのなら何よりだよ」
     感謝の思いを込めて、趙に抱きつきたくてうずうずする。以前の春日なら……まだ趙への気持ちを自覚していない頃なら、気軽に出来たことだ。ただ、今はよこしまな気持ちの方が強すぎて、趙に触ることを躊躇ってしまう。
    「なぁ、趙。すげぇ部屋風呂だけど、ここ大浴場もあるんだろ?」
     一通り部屋を見終わったナンバが寄ってきて、座卓の上に置かれた宿のガイドに目を通し始めた。
    「みたいだね。先にそっちに行く?」
    「だな。俺はでかい風呂に浸かりたい」
    「私も最初は大きなお風呂に入りたいですね」
     いつの間にか浴衣に着替えていたハンジュンギが待ちきれないという様子で入浴セットを手にしている。
    「いつの間に着替えたんだよ。準備がはえぇな」
    「時は金なりですよ。せっかくの機会ですから色々と楽しまなくては」
     どうやら皆がそれぞれにこの旅行を楽しみにしていたらしいと微笑ましく思う。
    「行ってこい、行ってこいっ。部屋の一番風呂は俺のもんだっ」
     背中の刺青のせいで皆と一緒に大浴場に行けないのは少し寂しいが、今日は十分すぎるぐらいの部屋風呂がある。のんびり一人で部屋風呂に浸かるぞっと気持ちを新たにしていると趙の視線がこちらを向いていることに気が付いた。
    「ん? どうした?」
    「いや、実は俺もタトゥが入ってるんだよね」
    「えっ? そ、そうなのか?」
    「うん。肩のとこにね。だから、俺も部屋風呂組」
     そういえば、今まで一緒に暮らしていて趙の肌はあまり見たことがない。春日やナンバがあちらこちらで、服を脱いだり裸になっているのに対して、趙は改めてあまり人前で脱ぎ着をしていることがないなと思う。それは墨のせいだったのか、それとも元々の生活によるものなのか、分からないがとにかく今まで一緒にいたのに全く気が付かなかったなと思う。
    「でも、一番風呂は一番くんに譲ってあげるから入っておいでよ」
    「いいのか?」
    「当たり前だろ。この旅行は誰への贈り物だと思ってるんだよ」
     大浴場に行く準備をし終えたナンバとハンジュンギが「行ってくるぞ」と二人に声をかけて部屋から出ていく。廊下から足立の声が聞こえたところをみると、どうやら上手く三人は合流出来たらしい。
    「じゃあ、お言葉に甘えて、お先にひとっ風呂浴びてくっかな」
    「どうぞどうぞ。ごゆっくりぃ」
     ゆったりとした動作で座椅子に腰を下ろしてお茶を淹れだす趙の姿を目の端に捉えながら、自分の荷物をあさって下着などを取り出す。
     ナンバとハンジュンギがいなくなったことで、部屋には趙と二人っきり。当初のの想定通りの状況が用意されたわけだが、いざ二人っきりになってみると趙への気持ちを意識しすぎて緊張感が半端ない。こんな調子で本当に二人っきりの温泉旅行だったら大変だったかもしれない、と思う。あまつさえ、趙と一緒に温泉に……などと妄想していたことも、いざ、それが実現可能な状態になるととてもじゃないが自分から口にしたり出来ないと感じる。
    「じゃ、じゃあ、入ってくるな」
    「はーい、のぼせないようにねぇ」
     二人っきりということですでに動揺している自分に対し、趙の様子が普段通りなのが悲しい。春日にとっては特別なことが趙にとっては別になんてことはないことなのだなと思うと、先程別れたはずのため息がまた戻ってきそうになる。
     シャワールームで熱いお湯を出して、頭から被って全身を洗う。置いてあるシャンプーと石鹸を使ったら、春日としてはついぞないぐらい、全身がいい匂いになった。サバイバーに置いてある安石鹸とは大違いだなと思いながら、露天への扉を開けて外に出る。濡れた裸体で浴びる外の風は冷たい。慌てて、湯船に駆け寄ってざぶんと身を沈める。
    「んあぁ〜」
     温かい湯に全身で浸かるとたまらずに声が漏れた。両腕を湯船のふちにかけて、外の景色に目をやれば、いつもより早く沈んだ太陽の残り火に照らされる山の緑が鮮やかで思わず感嘆の声がこぼれる。
    「最高だな……」
     耳をすませば、宿の下を流れる川の音が聞こえてきて気持ちがほぐれていくのが分かった。
     少し前の自分には考えられなかったぐらいの贅沢な時間だ。こんな時間を趙が春日のことを考えて贈ってくれたことに改めて感謝を感じる。別に自分に特別な気持ちを抱いていなかったとしても、趙には仲間としてとても大事にされている。なんだかそう感じられて嬉しくなるようなことだった。
     趙のそばにいると自分は大事にされていると感じられる瞬間がいくつもある。時に趙の手で旨い食事を作ってもらうこともそうだが、趙の言動の端々に春日のことを仲間として大事にしていると言う思いが滲んでいて、仲間に対してそんな風に振る舞えるトップを持っていた部下は幸福だっただろうなと思う。
     思い出してみれば、親っさんと一緒にいる時にも自分は親っさんから向けられる慈愛や信頼をそんな風に感じていたように思う。唯一の身寄りを失い、荒ぶれてさまよっていた自分を拾い上げて生きる意味を与えてくれた人。その人と同じ匂いを趙に感じるので、自分はこんなにもあの男に惹かれているのかも知れないと思う。
     趙のことが好きだ。趙が気持ちを向けてくれる人間でいたいし、出来ることなら自分がその思いを独占して、誰にも渡したくない。

     ただ、趙の気持ちが全然こっちに向いてないんじゃあ、俺がいくら思っててもしょうがねぇんだよな。

     一度でも両思いを夢見てしまったのでその幻想を諦めきれず、どうにか趙の気持ちを掴めないものかと考える。考えてみると趙とはあまりそう言った色っぽい話をしたことがない。
    「聞いてみるかな……」
     旅先で、しかも酒が入るとなれば趙の口も軽くなるかもしれない。それとなく今までの恋愛や好みなどを探ってみるのはどうだろう、もし趙の好みが知れれば、それを参考に自分を磨くことも出来るのではないかなどと画策していたら、段々と頭がくらくらとしてきた。どうやら考え事に没頭するあまり熱い湯に浸かり過ぎたらしい。
     慌てて湯船から上がって、洗面所に戻って身体を拭いた。持ってきていた下着をつけて、部屋へと戻ると、横になってテレビを観ていた趙がこちらを振り返って笑った。
    「春日くん、なかなか帰ってこないなぁと思ってたけど、全身真っ赤っかじゃん。ちょっとちょっと大丈夫〜?」
     笑いながらも身を起こして、座卓のポットから冷たい水をコップに注いで渡してくれる。
    「……サンキュ」
     礼を言って、趙の脇に座り、冷たい水を一気に煽る。喉を通っていく冷水に少し火照りが冷めて、少し息がつけるような気がした。
    「のぼせないようにねって言ったのに」
    「いい湯だったからついな」
     改めて趙に目をやると、いつもの装飾品を外して、すでに浴衣に着替えている。普段よりも無防備に肌が晒されている様子に少しドキドキとしていると、趙が顔を春日の首元に寄せてきた。
    「春日くん、いい匂いだね」
     趙が近づくと、香水と趙の匂いが混ざった独特のオリエンタルな匂いがすぐそばで香って、その肌に触れたいと欲求が高まる。急激に高まったそんな欲求を無理矢理に抑え込んだら、喉から変な声が出そうになった。
    「……石鹸が……いつもとは全然違げぇ石鹸だったから」
    「そうなんだ。んー、いい匂い。それじゃあ、俺も春日くんとおんなじ匂いになってこようかなぁ」
     春日から身体を離して大きく伸びをする趙に、人の気も知らないで、と憎たらしいと思えるほどの愛しさを感じる。
    「まだ暑いだろうけど、湯冷めするから裸のままでいちゃダメだよ」
     そう浴衣を渡されたので、素直に立ち上がり、浴衣を羽織って帯を巻く。それを遠くで見ていた趙が寄ってきて、おもむろに春日の腰に両腕を回してきた。一瞬、抱きつかれたのかと思って、心臓が止まりそうになる。が、そんな春日の動揺には全く気がつかないように趙が帯に手を回して、楽しげに言った。
    「これだと女の子みたいだから、男性だともう少し帯は下の方がかっこいいかもね」
     趙の手が器用に帯を解いて、少し下めに巻き直してくれるのが分かった。浴衣越しとは言え、趙に触れられていることにドギマギしていると、帯を直し終えてその身体が離れていく。
    「ほら、この方がカッコいい」
     そう胸を叩かれてその黒い目にサングラス越しに見つめられると、もうどうにもときめきが止まらなくて、まるで自分が10代の少女にでもなったような心持ちだと思う。
    「サンキュ」
    「どーいたしまして」
     かろうじて口に出来たお礼の言葉をさらりと受け取って、趙が離れていく。その腕をとって、自分の腕の中に引き戻したい欲求と戦いながら、春日はその背が脱衣所に消えていくのを見送った。
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