キャンパスライフ!「やだやだやだ! 大学なんか盛りのついた野郎どもの巣窟じゃん! 通信でよくない⁉ 」
「アンタの勝手な偏見押し付けないでください」
「高専を卒業したら大学に通って教免を取ろうと思う」と随分前から聞かされていた悠仁と野薔薇は目の前で騒いでいる自分たちの担任の姿を見ながらやっぱりなと呆れた表情を浮かべた。言われている本人の恵は縋りついてくる大男を大して気にすることもなく、進学のための手続きを矢蛾と勧めている。こちらも今更大きな子供の癇癪が気になることもないようだ。
座学の成績も優秀な恵は推薦入試で合格し、進学も決まっている。
「おかしくない⁉ なんで保護者の僕が知らないのさ! 」
大学に通うとなると、今までと同じように一緒にいることが出来ないじゃん! と騒ぎ立てるが、そもそも多くの出張をこなしている五条とはそこまで多くの時間を共有していた覚えもない。一か月の三分の一程、高専の教師として授業ができれば良い方だった。
それならあまり変わらないのでは? と説得を試みたが、「大学には僕いないじゃん」と屁理屈をこね始めた。面倒くさい。相手にすればその分こちらが疲れるだけだと判断した恵は、往生際の悪い28歳児を引きづいりながら保護者(代理)の矢蛾を頼ることにして今に至る。
「だったらさ、五条先生も大学通えば良いじゃん」
「何言ってんだ虎杖」
「だって五条先生、教免持ってないでしょ? 伏黒と同じ大学通って取ればいいじゃん? 呪術界にも理解あるところなんだろ? 」
「あのな、虎杖…… 」
「良いじゃん、悠仁! グッドアイデアだよ! 」
「ちょっ…… 」
「恵と一緒にキャンパスラフかぁ~ 」
まだ確定していない未来の想像を膨らませ始めた五条が果たしてどこまで本気で言っているのか、悠仁も野薔薇も図りかねていたが、五条の発言に顔を青くした恵だけは正しくこの男の本気を理解していた。
本入試までの期間、勿論出張を伴った任務も通常通りこなしていたにも関わらず、当たり前のように合格通知を持ってきた五条に恵は「おめでとうございます」と感情のこもらない声で祝辞を述べる。
「なんでもできる」と断言していた通り、勉強も問題なくできたようだ。大学入試もこなせるだけの学力がありながら、どうして人の嫌がることに気を配ることが出来ないのか、本当に意味が分からない。
家の力を使ったりはしていないはずだ。本能的に、恵に嫌われてしまうような致命傷を五条は避ける。なんとも器用に。そこが無性に腹立たしい。だからこの結果は五条が自分の手でつかんだもので、恵がその結果にとやかく文句をつけることじゃない。
合格通知に書かれている「教育学部 国語科教育専攻」の文字に目を丸くする。
「なんで専攻まで同じなんですか。アンタなら理系の方が向いてるでしょ」
「だって一緒ならその分一緒にいれるじゃん。同じ講義、隣に座って講義も受けれるし」
真面目に講義受ける気あったのか、この人…… 、いや、たぶん違うな。恵が頭の中で出した結論は「この話を深く掘り下げてはいけない」だ。そもそもこの人に文学の情緒とか理解できるんだろうか。付き合いの長い人間の気持ちすら読もうとしないのに。恵は深くため息を吐いた。
「恵、家探してきたよ」
「は? 」
何を言い出したのかと思えば郊外のマンションの見取り図を渡される。徒歩圏内に恵と五条が通うことになる大学があり、駅からも近く都心への交通の便も良い場所だ。
「どうしたんですか、これ」
「何って、春から僕と恵が暮らす家だよ」
当然のように五条から言われた言葉に恵は首を傾げる。
「俺、自分のアパートは探してますよ」
「それはキャンセルしたよ。まだ本契約終わってなかったでしょ? 」
「で、どうなん、五条先生との大学生活は」
定期的に連絡を取り合っている虎杖と久しぶりに外で会おうということになって、大学近くの定食屋で一緒に昼食をとることになった。今日五条は任務で不在だ。
「案外真面目に学生してて、ちょっと驚いた」
五条が真面目に講義を受けているとは正直思っていなかった。
机に座って恵の隣で教材を開きながら、各所でペンを走らせる。落書きでもしているのかとはじめは疑っていたが、横目で覗いたメモはちゃんと要点を書いたものだった。お互いに任務で講義を受けれない日のコマの内容を共有して、いままで「先生」だった五条の存在を身近に感じるようになった。今までだって身近にはいたはずなのに、初めての感覚で、でも嫌ではない。
「真面目に講義受けてる五条先生とかウケんね」なんて虎杖は笑っているけど、もともとの容姿が良い分、見ていて絵になる。講義の最中、偶然目が合うと何もしてないのに無性に恥ずかしくなる。そんな俺の姿を見た五条はいつものように笑う。
「楽しそうでよかったじゃん。俺も釘崎ももっと伏黒が五条先生に振り回されて疲れてんじゃないかと思ってた」
「事の発端は俺の発言だったし、ちょっと罪悪感あったんよ」
言われた当時こそ「なんて提案してんだ! 」と思ったが、今は別に何とも思っていない。講義と任務との両立に忙しくはあるが、以前までの生活からそれほど激変したわけでもないし、今の生活は嫌ではない。
「あ、いや困ることはあるな」
言われなければ誰も三十路とは思わないだろう五条の容姿だ。20代半ばと言えば、言われたほうはすんなりと受け入れられるだろう。大学の中でもひときわ目立つ容姿の五条の傍にいるといろいろ面倒ごとには巻き込まれる。ただ、これに関しては本人が意図して行っているわけではないので文句のつけようもない。
どちらも大学にいる時は大体一緒に行動している。そのせいか話したこともない女学生から「紹介して」とか、「一緒に合コン参加してくれない? 」と言った誘いが日常茶飯事に起きる。「連絡先教えて欲しい」と言われたこともあるが、それは個人情報なので知りたければ本人に聞いてくれと断った。
「黙ってればイケメンだもんな、先生」
恵の話を一通り聞いた虎杖は苦笑いを浮かべる。仲間内では比較的五条の評価が高い方にも関わらずこの言われようだ。やっぱり性格で他の良い所をすべて台無しにしている。紹介するつもりなどないが、下手すると詐欺で訴えられそうな気がする。
「でも伏黒は嫉妬とかしねーの? 」
「は? 」
「何も思ってないなら俺が口出すことじゃないけど、伏黒、ため込むタイプだろ? 」
五条先生に言うのが一番いいんだろうけど、伏黒そういうタイプじゃないし、俺でもよければ小出しにした方がいーよ、と相変わらず善人を絵に描いたような笑顔を向けてくる虎杖の優しさに眩暈がした。
「あ、柔軟剤買うの忘れてた…… 」
悠仁に言われたことをぐるぐると考えていたらいつの間にか家に着いていた。買い物をして帰ろうと思っていたのに、もう今から外に出るのも面倒くさい。一度くらい洗濯物をためても問題ないだろう。
スケジュールボードで五条の予定を確認する。今日から明日の夕方まで任務で出張になっている。明後日はオフ、と言っても大学の講義が入っている。一日は顔を合わせなくてすむと思うとなぜか安心した。
今までそんな風に考えたことなんてなかったのに、虎杖に言われたとたんに意識してしまうなんて、鈍いにもほどがある。相手が知らないとはいえ、五条にあからさまにアピールしてくる人間も、五条への仲介を頼んでくる人間もどちらも良い気分じゃない。五条がまともに相手にしないから感情が表立つことがなかっただけで、思い出せば。
「嫌、だったのか」
でも、これはあまり良いものじゃない。感情が気持ちにつられてしまう。こんな状態で顔を合わせれば何を言い出すかわからない。脱いだ上着を片付けもせず床に捨てて、そのままベッドに倒れこむ。明日の夜までには気持ちを整理して、そうしたらいつも通りだ。