葛藤僕が高校を卒業したら、…ね
あの日、彼女に気持ちを告げた日、そう言ったのは間違いなく僕だ。
その言葉を、今はほんの少し、後悔している。
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目の前にいる彼女はこちらの気持ちなどまるでおかまいなしで、いたずらな笑顔で僕を覗き込みながら、遠慮なしに僕の身体の色々な場所に触れてくる。
まだ彼女が高校を卒業する前に何度かそれとなく、いや、わりとはっきりと分かりやすく伝えたはずなんだけど……。
「やめて、って言ってるでしょ」
耳の後ろあたりの、僕的にかなりクる箇所をピンポイントで触れられ、つい口調がキツくなった。
もちろんイヤなわけじゃない。全然イヤじゃない。
イヤじゃないけど、
ただ、……困る。
それ以上彼女の柔らかな手が触れ続けたら、本当にどうにかなってしまいそうだった。
一瞬戸惑ったような表情のあと、反省したような落ち込んだような顔を見せる。
──やっぱり、可愛い……。
だから「ま、別にいいけど」など、つい許容するような言葉を口にしてしまう。
破顔一笑、途端に花が開くように笑顔になる。
「良かった、一紀くんが怒っちゃったらどうしようって心配しちゃった。」
本当にずるい、僕に勝ち目は全くない。
僕が高校を卒業したら、そんな約束はもうなかったことにしてもいいんじゃないのか。
いや、やっぱり一度口に出した言葉には責任があるだろう。
二律背反の気持ちが僕を少しだけ苛立たせる。
・ ・ ・
彼女が珍しく暗い顔をしていた日。
大学生になってサークルやボランティアで色々な活動をするうちに将来やりたいことが変わって、その目標到達のためには履修単位を間違えたと、単位は取り直すことも出来るけど、今まで分が無駄になっちゃうとかで悩んでいた。
「目標が変わったのなら、どうしたらそこに到達出来るのか考えるのが最適解でしょ。履修単位のことはあんまり分からないけど、誰か分かりそうな人に相談してもいいし。落ち込んでるなんてそれこそナンセンス」
人には偉そうなことが言える。
・ ・ ・
じゃあ、今の僕は──?
最近では大きくなり過ぎた気持ちが少し苦しいくらい。
月並みで陳腐な言葉だけど、
彼女を、彼女の全部を僕のものにしたい。
僕の腕の中で眠る彼女を
僕の腕の中で目覚める彼女を
全部見たい、全部欲しい。
もし、もしも僕が、今の本当の気持ちを伝えたら彼女はどんな反応をするだろう。
いつものように嬉しそうに微笑んで頷いてくれる?
恥ずかしそうに赤くなってうつむいてしまう?
いや、今の予想はどちらも自分に都合良すぎか。
怒っ…たり、
泣い…たり
は、ないか。さすがにないよね。それはない。
││多分。
だけど彼女はいつも僕の予想範疇を軽々飛び越えるから、十中八九大丈夫だと思っていてもなかなか言い出せない、タイミングもかなり難しい。
「一紀くん…?」
覗き込む瞳はどこか不安そうで、僕は自分が、自分が思うよりも長い間無言だったことに気づく。
不安にさせたいわけでも、悲しませたいわけでもない。
覚悟を決めて、彼女の手を取る。
喉がカラカラでうまく声がでない。
伝えたい。
「あのさ、来週の日曜日、……」