馬鹿で可愛い僕の先輩 先輩は馬鹿だ。
人の気も知らないで。
さんざん煽って、振り回して。
それなのに、あの日、
答えは「ごめんなさい…」だった。
・ ・ ・
誰にでもニコニコ愛想良くて、
優しくて成績も性格も良くて、
人気者でモテるくせに、
誰が告白しても首を縦に振らない。
僕の告白も届かなかった。
別に好きな奴がいる素振りなんかはなくて、
うぬぼれじゃなく、僕が一番近いと思うのに。
「ふーん、まぁ、いつか振り向かせるから、覚えておいて」
僕の精一杯の強がりにも気がつかない。
うん、分かった、なんて馬鹿にしてる。
いや、馬鹿なのは、先輩の方だ。
・ ・ ・
「大学に行ってもバイトは続けたら? 茉莉先輩のアレンジ、評判いいし」
「そっか、その方がいいのかな」
先輩は馬鹿だ、僕の言葉に簡単に騙されて。
「バイトのシフト一緒にしとこう、遅番の日、送ってあげられるし、早番の日は海にも行けるし」
「そーだね、その方がいいよね」
先輩は馬鹿だ、僕の言葉に簡単に騙されて。
「お花見行くなら、満開より少し後がいいんじゃない? その日なら付き合えるし」
「うん、桜は散る少し前が一番綺麗だよね」
先輩は馬鹿だ、僕の言葉に簡単に騙されて。
「今年もあの浴衣着て花火大会行くでしょ、変なのに絡まれたら困るし、待ち合わせは駅じゃなく、…先輩の家まで迎えに行く」
「ありがとう、嬉しい」
先輩は馬鹿だ、僕の言葉に簡単に騙されて。
卒業式のあと、同じ学校じゃなくなっても、
不自然じゃなく連絡が取れるように、僕はたくさんの策を練った。
馬鹿な先輩は、僕の作戦には気がつかない。
先輩がバイトを続けてくれたのが一番のアドバンテージで、僕たちは、普通の先輩と後輩で、一番近い友達で、何度も何度もデートをした。
□ □ □
「茉莉、今日帰り一緒にアンネリー行こう」
講堂の入り口で声をかける。
今日、呼び捨てで呼ぶと決めていた。
「ちょっ、なんで呼び捨て? イノリは生意気だなぁ、先輩はあんたをそんな子に育てた覚えはないぞ」
こっちも育ててもらった覚えなんかない。
いや、忍耐力なら育ててもらったのかもしれない。
「高校生じゃないんだから、いつまでも茉莉先輩って呼ぶのも変でしょ」
「そっか、そーだね、そうだよね」
先輩は馬鹿だ、僕の言葉に簡単に騙されて。
「とにかく、講義終わったら迎えに来るから。
茉莉はそのまま待ってて」
背中で、彼女の友人たちの黄色い声を聞いた。
「なになに、どゆこと?」
「か、か、彼氏? かっこよくない?」
多分、彼氏の箇所は否定されると思うけど。
・ ・ ・
大学は同じにしたけど、さすがに学部まで一緒にするのはストーカーっぽいから、やめた。
だけど、なるべく時間が被るように履修単位を選択した。
共有スケジュールアプリをアップロードした日
「すごい偶然! 私とイノリ同じ時間に終わる曜日すっごく多いよ!」とLINEが来た。
先輩は馬鹿だ、簡単に騙されて。
大学に入ってすぐの連休に免許を取った。
そして中古の、小さいボロ車を買った。
親戚の集まりとかでレーイチさんの車と並ぶと、さすがに見劣りするけど、それでも移動手段に車が追加されると行き先の選択肢が格段に増える。
僕らはまた、普通の先輩と後輩で、一番近い友達で、何度も何度もデートをした。
呼び方が呼び捨てになっても、
移動が車になっても、そこは何も変わらなかった。
助手席に座る先輩は、
相変わらずいたずらで、無遠慮で僕に触れる。
手を伸ばせば触れられる距離なのに、
僕には、どうすることも出来ない。
うっかり先輩が眠ってしまっても、
上着をかけるくらいしか出来なくて
起きるまで、そのままずっと横顔を見ていた。
手を伸ばせば、いつでも触れられるのに、
力ずくならどうにでも出来るのに。
馬鹿な先輩、僕の前で眠ったりして
僕がどんな風に、
どんなよこしまな目で見ているのかなんて、
想像もしてないんだろう。
「イノリ、こっちこっち。ちょっと屈んで、もーちょっと、もーちょっと」
なんの思いつきだろ、と少しだけ屈む。
もっともっとと言われるままに膝を折る。
彼女の目線よりも低い位置まで屈むと、そのままわしゃわしゃと髪の毛をかき乱された。
こんなのは日常茶飯事だから別にいいけど。
ただ、分かってるのかな、って思う。
屈んだ僕の視線のすぐ先は、自分の胸の膨らみの高さだってこと。
僕の顔のほんの数cm先、揺れる、わしゃわしゃする度に揺れる。いい匂いもする。
馬鹿な先輩は、僕が先輩のことを、どんな風に、どんなよこしまな目で見ているのかなんて、想像もしてないんだろう。
──ホント、バカ
「イノリー、ツラいよ、しんどいよ、なんでいっつもこうなるのかな、もーやだよ。悲しい顔させちゃったよ、友達でいられなくなるのやだ。」
泣いている先輩の頭を撫でる。
告白されて、断って、罪悪感で泣いているのを、毎回僕になぐさめさせる。ナンセンスの極み
あの日、僕の告白も断ったくせに。
馬鹿な先輩は、
あの日もこうやって泣いたのかな。
「僕にしておけば」
ふいに口をついた言葉に面食らう。
「いや、違うし、違わないけど、違う、べ、べつに、変な意味じゃなくて、変っていうか、そういうんじゃなく、僕なら、先輩に振られても悲しい顔なんか見せないし、行きたいところどこでも付き合うし、荷物持つし、他の男が寄ってくるのガードになるし、車で送るし、迎えに行くし、お試し料理の毒味するし、ナスはダメだけど、先輩が酔っ払ったらおんぶもするし、先輩がしたい時はわしゃわしゃさせるし、違う、そうじゃない、そうだけど…」自分でも何を言ってるのか分からない、言葉が止まらなくなって、汗も止まらない。
泣いていたはずの先輩が、
真ん丸な目をパチクリさせて僕の背中をさする。
「私ね、イノリが好きなんだ」
幻覚プラス幻聴のコンボかな、
じゃなきゃ自分に都合のいい妄想
「なっ、え、いっ、…前、断った…よね、先輩の、卒業式の日」
「あの時は、恋とか? 愛とか? なんか良く分かんないし、付き合うって何? 付き合ったら何か変わるのかな、って。変わらなきゃいけないのかな、って思って、大好きなイノリとの関係が変わるのも怖くなって、だから、ごめんなさいって言っちゃったんだ」
「大、好きなイノリって」
呆けた顔を見られたくなくて、握り締めた手の甲で顔を隠す。きっと僕は真っ赤だ。
あの卒業式の日にはもう、先輩は僕のことが好きだったらしい。
僕が告白したから、今までみたいには気軽に遊んだり出来なくなると思って、断ったと言った。
ものすごい謎理論。
先輩は、馬鹿だ。
付き合うの意味なんて、僕にも本当はよく分からない。
一緒にいたいとか、一緒に食べたいとか、一緒に笑いたいとか、それが毎日続くのが、付き合うなんじゃないのかって、ぼんやり思うけど。
本当の意味は二人で探していけばいいだけなのに。
先輩は、馬鹿だ。
馬鹿で、とても可愛い。
馬鹿で、可愛い先輩は今日僕の彼女になった。