【コナン】ゲーム(仮)『さあ、ゲームを始めようか―――』
便利な技術とは、諸刃の剣である。
生活を楽にしてくれるが、ときには災いももたらす。薬が、使い方によっては毒にもなるように。
先日の、パシフィック・ブイもそうだ。最新技術を盛り込んだ海中要塞の話を聞いたとき最初に浮かんだのは、悪用する者がいたらどうするか、だった。案の定、組織にも目をつけられたし、他にも狙う輩は多かっただろう。
最も、あの組織の目的は、他とは少々ズレていたわけだが。
「もし世界中にあるすべてのカメラを見ることができるとしたら――お前ならどうする?」
「すべてのカメラ、ですか」
「そう、すべて」
部屋にいながら、世界中に散らばったカメラ越しに、すべてを見ることができる。把握することができる。
部下を――風見を困らせる意図はなかった。ただ、思いの外真剣に悩んだしまったので、すまない忘れてくれと苦笑したのだけれど。
「恐ろしくなると思います」
忘れろと言ったのに、帰りの車の中で風見は言った。仕事のため、と割り切ろうとしたって、所詮は人間だ。少なからず感情に左右されるでしょう、と困った顔をする。
「全てが見えてしまう、全てを把握してしまう――まるで神になったかのような」
その技術を前にしたとき、自らの望みを叶えたいという誘惑に勝てるだろうか。あの開発者の彼女でさえ、私的な好奇心に勝てなかった。結果――あの少女を巻き込むことになったのである。
ましてや悪魔なら。
だから本音を言えば、海の底に沈んだことに内心ホッとしていた。一警察官としてはあるまじきことだとわかっている。それでも。どこかに再建されるまでのしばらくの間は安心だと、そう思っていた。
◇
この街の、犯罪発生率は異常である。しかも、年々増加する傾向にある。
なんてことは、ここで暮らす小学生ですら知っている。その小学生が何度も遭遇しているのだから間違いない。
もっとも、「江戸川コナン」と隣にいる「灰原哀」は、正確に言えば小学生ではないのだが、今は横に置いておく。
今日こそは平和な放課後だと思っていても、なかなか上手くいかないのが常である。
「貴方が引き寄せてるんでしょ」
「ハハハ…」
隣を歩く灰原哀の冗談が冗談に聞こえない。乾いた笑いしか出てこなかった。
小学校でのツマラナイ授業を終えて、今の自宅である毛利探偵事務所へ向かっている途中だった。
明日は土曜日、学校は休みである。たまには部屋に引きこもって、1日中小説を読んで過ごしたいと思うのだが、小学1年生というのは意外にも忙しいのだ。
今回の週末も、一度帰ってから阿笠博士の家に集まることになっていた。季節は少々早いが、庭でバーベキューをするのだ。肉、シーフード、野菜。もちろんデザートも、阿笠がたくさん用意しておくと言っていたので、特に元太ははりきっていた。
いいか、絶対にチコクすんなよ!焼くのは全員が揃ってからと博士に言われていたので、すでに腹を鳴らしていた元太に何度も何度もしつこく念押しされたのが、20分ほど前。
そして。
「は、早く救急車!」
「それと警察だ!」
派手にガラスが割れる音と悲鳴が街に響き渡ったのは、ほんの数秒前のことである。
一切の躊躇なく、コナンは悲鳴の方向へ走った。灰原が止める声もろくに聞こえなかったし、念押しする元太の顔はあっという間に霞んでいく。
狭い路地を走って角をひとつ曲がったところで、数名が立ち尽くしている。
「どうしたの!?」
林のように並んだ大人たちの足の隙間に、地面に仰向けで倒れている体が見えた。顔が、こちらを向いている。
「だ、大丈夫か、君!」
エプロンをつけた年嵩の男が、傍らに膝をついて必死に呼びかけている。触れようとして躊躇する手が、胸や腹の上を往復した。
この場所は、知っている。大通りからは少し離れているが、美味しいコーヒーとケーキが評判の、最近できたカフェである。幼馴染の毛利蘭と鈴木園子が今度放課後に寄ってみようと計画を立てていたし、もしかしたらライバルになるかも、と探偵事務所下の店員も気にしていた。
そのカフェの扉が開いている。しかも上半分に嵌め込まれていたガラスが粉々に割れていた。そのすぐ前に、横たわっているのである。
詳しく調べようと近づこうとしたら、壁になっていた大人たちに止められた。そうこうしている間に、灰原もようやく到着する。同じように隙間から覗き見て――コナンへ視線を戻し、ゆっくりと首を振った。
コナンにも、わかっていた。きっとあの人はもう、助からない。こちらを向いた顔は、瞬きもしない。その眉間には、黒く穴が開いていて、一筋血が垂れていた。
「なにが、あったの?」
コナンは一部界隈ではよく気がつく小さな探偵として知られているが、初対面の大人からすればただの小学生なのである。
だからそれ以上近づくことは諦めて、すっかり慣れてしまった笑顔を貼り付け、猫撫で声で尋ねた。
コナンを止めた、見るからに人が良さそうなご婦人が、しゃがんで視線を合わせながら教えてくれる。
「あの人がね、店から出てきたら、向かい側のビルから突然男が飛び出してきて、そして」
しゅんと、風を切る小さな音だけが聞こえたという。でもあれは間違いなく銃よ、とご婦人は言った。顔は青ざめ、コナンに触れる手はかすかに震えている。そんな場面を目撃してしまったのならば当然だ。
コナンは再び被害者へ視線を戻した。そうして服の裾の下からこっそりと、被害者の写真を撮った。
ほぼ同時に、ようやく救急車とパトカーのサイレンが聞こえてきたのだった。