夜の帳の中、小さく虫の音が聞こえる。
(そろそろ寒くなってきたな)
虫の音をBGMにそんなことを考えながら文庫本を読んでいたところ、手元に置いていたスマホが着信音を奏でた。
――今から帰ります
その、一言だけのメッセージ。確認した風真はほんの少し口角を上げ、返信を送った。
――『わかった。夕飯は?』
そのまましばらくスマホの画面を見つめ、既読表示がつかない事に小首を傾げた瞬間、ドアの鍵が差し込まれた音がした。得心がいった風真は肩をすくめて玄関へ向かうと、時を同じくしてドアが開いて恋人である七ツ森がよろめきながら入ってきた。
「んー……ただいまぁ」
「ったく。帰るってメッセージはもっと早く送ってこないと意味ないだろ」
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