七風リレー小説(4)(結構並んでた、待たせちゃったな)
園内に点在しているキッチンカーで一昔前に流行ったタピオカ入りドリンクを購入した七ツ森は、風真の待っているベンチへと足を速める。流行りが廃れた今でも好きな人は好きなようで、七ツ森の前に複数人並んでいるのを自動販売機を横目に辛抱強く待っていたが、こんなにかかるなら自動販売機の飲み物でよかったかなとも今なら思う。
そんなことを考えながら速足で戻ってきた七ツ森は、ベンチに座る風真の姿を見つけたところで歩みが遅くなる。
(……あ、れ?)
座っているだけにしては、妙に体幹が崩れている、ような。
その原因はさらに風真に近づいたところで判明した。今朝遊園地に来るときの会話を思い出して苦笑する。
――ナニ。昨日眠れなかった?
――遊園地が楽しみすぎて?
あの時は軽口で返された会話だったが、遊園地についてからのテンションの高さで忘れてしまっていた。多分それは風真も同じだったのかもしれない。そしてそれが、今こうしてベンチで一人になったせいで線が切れたのだろう。
七ツ森は頭を垂れて寝息を立てる風真の隣に座り、座面に買ってきたドリンクを置いて風真の身体を寄せる。少しだけ身動ぎしたものの、風真は七ツ森の肩に頭を摺り寄せて再び寝息を立てる。その穏やかな寝息をBGMに、七ツ森はドリンクのストローを咥えながら園内マップを開いた。
◇◆ ◆◇◆ ◆◇
風真が目を覚ましたのは、それから三十分ほど経った後だった。七ツ森が想像していた通り、その場で土下座せんばかりに慌てふためく風真を落ち着かせようと、笑って宥める。
「ダイジョーブだって。そんな謝らなくても」
「でも」
「ま、そんな気にするんなら一つだけ俺のオネガイ、聞いてくれる?」
「!なんでも言ってくれ」
「それ、俺以外のヒトに言わないでよね」
「?」
風真にはその手のネットミームは伝わらないと知りつつもつい釘を刺してしまう。彼が眠っている間にシュミレートしていた展開通りに応えてくれた風真に、自分がより風真を知っている結果だな、と胸中でほくそ笑んだ。
「じゃ、あそこ行きましょ」
「あそこ、って……アンテナショップ?」
「そ。どくろクマの新作出てるから、俺と一緒に新作つけてよ」
「……『つけて』???」
あからさまにぼかした言葉にしっかりと引っ掛かっている表情で風真は七ツ森について店内に入る。マスコットキャラクターの商品が溢れている店内はそこそこに混みあっていた。七ツ森は店内を見渡し、Tシャツなどの布製品が展示されているコーナーへ足を進める。
「あったあった」
「?キャップ?」
「そ。新しいデザインのが発売されたって言うからチェックしてたんだ」
「七ツ森、キャップなんか被るのか。いつも髪型気にしてるくせに」
「まーね。こういう時に便利だから」
と言って七ツ森は自身の頭を指さす。ある程度手櫛で整えはしたものの、コーヒーカップを全力で回転させた弊害で朝からしっかりとセットしたはずの七ツ森の髪は完全に崩れていた。セットしていない髪型も見慣れていた風真は一瞬七ツ森が何を言いたいのか分からない様子だったが、ややあって「……あ!」と声を上げる。その上で原因にも思い当たったようで、苦笑しながら棚に並んでいたキャップを手にした。
「確かに、一時的に使うにはいいかもな。で、俺もこいつを被ればいいのか?」
「ちょっと惜しい。カザマにはこっちを被ってもらいまーす」
「え」
キャップと同じ新商品の棚に並んでいたそれを手にした七ツ森に、風真は頬を引きつらせる。それはどくろクマの耳がモチーフに付いたカチューシャだった。頭の右耳のあたりに小さいどくろクマがイヤリング風にマスコットとしてついているそれに、風真は眉を顰める。
「これ、女性向けじゃないのか……?」
「そうでもないでショ。ほら、周り見てみなよ」
「……たしかに」
今期の新商品ということで、アンテナショップの周りにはこのキャップやカチューシャを着けている客が多い。その中にキャップを着ける女性やカチューシャを着ける男性がいるのも見えた風真は不承不承だが納得したようだ。その様子を見て、七ツ森はキャップとカチューシャを手にレジへ向かった。
会計を済ませ、レジで値札も切ってもらったそれを被りつつ、店の外で待つ風真にカチューシャを手渡す。納得はしたもののまだ少し抵抗があるのか、風真は一つため息をついてカチューシャを頭に乗せた。
「……これでいいのか?」
「オッケーオッケー。ついでにはい、チーズ」
「えっ、あ」
キャップを着けた自分と、カチューシャを着けた風真をスマホのカメラに収めた七ツ森はにんまりとほくそ笑む。撮ったそれをスマホの壁紙に設定しつつ緩む頬を抑えることなく見ていると、風真がその背後でため息をついた。
「可愛い。可愛すぎる。ねーカザマ、俺の恋人が可愛すぎるんだけど」
「バカなこと言ってるんじゃない」
「へへ……完全にバカップルですヨ、こんなの」
「……外す」
「わー!ごめんなさいバカップルじゃないです遊園地を楽しむ一般通過ピーポーです!!」
カチューシャを外そうとする風真の手を抑えながら七ツ森は懇願する。折角風真の罪悪感をなかったことにしようとしたのに、どちらが主導権を握っているのか果たしてもう謎である。……とはいえ、必死に止める七ツ森に風真は本気で抵抗するそぶりも見せず楽し気に微笑んでいる。お互い分かっているのだ、これは単純にいちゃついているだけなのだと。
くすくすとお互い笑い合い、そして風真は園内マップを広げる。
「さ、あと乗ってないのはなんだ?」
「全種類制覇するつもり?カザマ、やる気だね」
「全種類とは言わないけどせっかくだからな。楽しみたい」
「そーだね。よし、じゃああれ!ゴーカートいこ!」
「いいな。負けてやらないからな?」
「望むところ」
ニヤリと笑う風真に目を細めて返し、遊園地を楽しむバカップルの二人はゴーカートの受付口へと歩を進めて行った。
◇◆ ◆◇◆ ◆◇
昼餐も忘れてアトラクションを堪能していた二人は、自分の腹がきゅるる、と音を立てて飢餓を訴えたことで空腹を思い出し、園内のレストランで食事をとった。
「はー、美味かった」
「美味かったな。しかし変なタイミングで食べちゃったから夕飯どうしよう」
「かるーく夜食程度にしとけばいいんじゃない?つーかカザマは帰ったら即寝ちゃうかもね?」
「まだ擦るのかよそれ。さっき寝たからもう平気でーす」
「そっか。じゃあ……あ」
次は何に乗ろうか。そう言おうとした瞬間、園内中のスピーカーから郷愁を誘う音楽が流れ始めた。日本人なら誰でもこれを聴くと「帰らなければ」と思ってしまうそれだ。……つまり。
「もう閉園時間?早くない?」
「春だもんな。ナイトパレードがある時期はもっと遅くまで開いてたはずだけど……あれは七月からだもんな」
「あー……そだな」
気づけば周りの人々も皆出口の方へ向かっているようだ。音楽も相まってなんとなく寂しい気持ちで七ツ森は肩を落とす。閉園時間は仕方ない。仕方ないけれど、ただ今日が楽しすぎたせいで、それが突然終わってしまう事実が悲しいだけだ。
あからさまにしょんぼりとする七ツ森に、風真は苦笑して背中をぽん、と叩いた。
「元気出せよ。また来たらいいだろ。別にチケットが当たらなくても遊園地には来れるんだ」
「……うん。今度は夏に来よ」
「そうだな」
「ちゃんとナイトパレードも見るから」
「分かってる」
「夜遅くなるからお泊まりもしまショーね」
「そうだな……ん?おい?」
流れのまま返事をした風真は、その言葉の意味に気づいて頬を染める。風真の反応に七ツ森は、目を細めてニヤリと口角を上げた。
「言質取った」
「……ったく」
上機嫌の七ツ森に風真は仕方ないな、と言わんばかりの表情で肩を竦める。帰宅の波に紛れて歩きながら、お互いそっと指を絡めて笑いあう。
「また来よ」
「うん」
「明日にでも」
「それは早い」
「いつでも、って言ったでショ」
「限度があるだろ」
「残念」
テンポの良いやり取りも嬉しい。今日のテンションそのままで、高揚しているのを感じる。人混みに紛れて手を握ったままでれ七ツ森は風真に笑いかける。
「へへ」
「だらしない顔してるぞ。さっきまでのしょんぼりした顔はどうした」
「だって今は楽しいから仕方ないでショ」
「だからって、もう少し引き締めろバカ」
「はーい。……ね、カザマ」
「ん?」
――だいすき。
周りに聞こえないよう、自分の顔を見ている風真にだけ伝わるよう、七ツ森は声に出さずに唇だけで伝える。
こんな場所でこんなことを言えば、きっと風真は照れて、ちょっと怒った表情で『なに言ってんだ、バカ』と言ってくれるはず。そういう、七ツ森の言葉に照れる風真も可愛くて好きだからついこうして揶揄ってしまう。
そう思っていたのに、七ツ森の顔をぽかんと見ていた風真は蕩けるように目を細め、頬を染めて七ツ森と同じように、唇を動かした。
――おれも。
「えっ」
想定外の返事に思わず声が漏れた七ツ森に、風真は先程の天使のような笑顔から一転して悪役のような笑顔を湛える。してやったり、と言いたげなその表情だが、ほんの少し目元が緩んでいるせいで嫌味になり切れていない。
(――っ……〜〜!!)
言葉にならない呻き声を胸中で上げた七ツ森は、最高潮に達したテンションを落ちつかせようとして風真に寄りかかった。
「スイマセーン。俺の恋人、可愛すぎるんですケド」
「惚気は受け付けてませーん」
「あ、これノロケになるんだ。……ねー、マジでどーしよ。ギュッてしたいよ」
「後にしろ」
「……後ならいいんだ?」
「折角なんだし、最後にもう一度行きたいだろ?『二人になれる場所』」
「…………」
もう閉園なのに?と思いながら七ツ森が風真を見ると、風真はショルダーバッグのポケットから鍵を取り出して七ツ森にチラつかせる。その、何度も見たことのあるキーホルダーは、風真宅の玄関の、それで。
「行きマス。すぐに。早く行こ」
「別に珍しくもない場所だけどな」
「珍しくある必要はないんだけど?つか珍しくてもカザマと一緒じゃなきゃイミないでしょ」
「……」
言葉にはしなくても、くすりと笑んだ風真はやっぱり幸せそうだ。これはやはり、風真も七ツ森と同じだからと自惚れて正解だろう。
絡めていた手をもう一度ぎゅっと握りしめ、七ツ森は囁いた。
「へへ。カザマ、帰ろ」
「『帰ろ』って……まだおまえの家じゃないぞ」
「……そーね」
『まだ』。
風真のその言葉に七ツ森はもう一度蕩けるような笑みを浮かべた。