18 アル空と鍾魈人は苦難に打ち克つことができる。
各人の前に立ちはだかる問題、その壁は何かしらの術をもってすれば、必ず乗り越えられるもののはず。
乗り越えた先にあるのは自身への勝利、そして成長や名誉があるだろう。
だから今、この目の前にある強敵に、怯む訳にはいかない――
「鍾離様……! もう、もうおやめください! あとは我が……!」
「いいんだ、魈。これは俺の問題……いや、課題なのだろう。俺のために用意されたものならば、俺が対処せねばならない」
「ですが……」
「そんなに不安そうな顔をするな。お前は俺を信じてくれればそれでいい」
「……信じております。心から、あなたのことを信じております! ですが、……あなたにその海鮮丼はあまりに負担が大きすぎます!」
寸劇のようなやり取りを繰り広げる魈と鍾離。そして彼らのループしているような応酬を眺めているのは、空とアルベドだった。
四人は、とある秘境にやってきていた。
部屋の中央にある鍵に触れて、事前に記されていたエネミーと戦闘になるはずだった。各々が武器を持ち、構え、終了までのカウントダウンが始まったと思ったら、出てきたのは簡素な机と椅子。そして蓋のされた丼。
呆気にとられ、一応周囲を確認しつつ空がその机に近づくと、台の上には文字が刻まれていた。
『勝利条件:用意された料理を鍾離が完食する』
シンプルな一文に首を傾げていると、鍾離たちも近づいてきて書かれた文字をなぞって読んだ。名指しされた鍾離は「面白い」と口角をあげ、挑まれたなら迎えない訳にはいかないと椅子を引き、丼の蓋をかぱりと開けた。
その中身は、えび、いか、うに、赤や白の刺身がぎっしり盛られた海鮮丼だった。
一瞬にして口を噤んだ鍾離に、真っ先に魈が「このようなもの!」と丼をひったくろうとするが、机に超強力な接着剤で着けられたかのように微動だにしない。しかし鍾離が持ち上げると、ごく普通の丼と同じに動かすことができる。
「これは……先生に頼るしかないみたいだね……」
空が呟くと、魈は悔しげに唇を噛んでから叫ぶ。
「くそっ、なぜ鍾離様がこのような目に遭わねばならんのだ!」
一歩引いたところではアルベドが、珍しい状況もあるものだと俯瞰して眺めている。
「とにかく、空が言うように俺がやるしかなさそうだな。……あまり時間がかからないように完食しよう」
という鍾離の宣言から、かれこれ三十分が経過しようとしている。幸いにもこの挑戦では時間制限はないらしく、特に時計のようなものは見えていない。急かされることはないものの、長引けば長引くだけ、元神と現役夜叉の悲劇めいたやり取りを見続けることになる。
「嫌いな食べ物だし、仕方ないとは思うけど……まさかここまでゆっくりだとは」
空が二人に聞こえないようにため息をつく傍らで、アルベドは鍾離から目を離さないまま淡々と呟く。
「一枚の刺身を口に運んで、躊躇って、丼に戻して、また運んで、ようやく咀嚼。その咀嚼の間は息を止めてるみたいだね。ライスで味を誤魔化したあと、一旦休止……うん、リズムが出来上がってる」
「ああ、うん……冷静な観察ありがとうアルベド。はあ、これはもう、待つしかないよねぇ……」
「そうだね。ああして会話できるなら、まだ闘う意志はあるのだろうし」
「闘い……そうだね、先生にとってはたぶんそうなるか……」
ならこの挑戦の行方はきちんと見届けないと、と思い、空は再び二人の方へと視線を向ける。
悲壮な顔をして心配する魈と、若干顔色を悪くしながらも懸命に海鮮丼を減らしていく鍾離――
「……珍しい二人も見れるものだなあ」
璃月の宿で留守番を頼んだパイモンに話したら、果たしてどんな反応をくれるだろうか。恐らく、タダで海鮮丼を食べるなんでずるいぞ!、あたりを鍾離に言いそうな気はするが。
「空。この秘境を出たら、ボクたちもお昼にしようか。何か食べたいものはあるかい?」
「うーん。……海鮮丼かなあ」
見てたら食べたくなってきたしと付け足すと、アルベドはふわりと笑って首を縦に振った。
「ふふ、それなら、あの二人は先に宿へ帰した方が良さそうだね。介抱が必要になるかもしれない」
「それは確かにそうかも。……いま半分くらい食べ終えたみたいだから、もうあと最低三十分かな」
「そうだね、のんびり待つとしようか」
格闘し続ける鍾離と、心配しつつ鼓舞する言葉もかける魈を見守りながら、空とアルベドはどの飲食店に行くかの相談を始めるのだった。