夏まつり雑誌の撮影というものは発売時期を考えられて撮影されるから、アイドル雑誌に載るグラビアというものは軒並み季節を先取りされていることが常だから、まだ肌寒い時期に『夏まつりにUNDEADとデート』なんて言う企画だった。
その時に着せてもらった浴衣を俺はこっそり零くんの分も買取をして、クローゼットにしまっていた。
ESあげてのお祭りとあってみんな浮足だった様子でそれぞれ仲のいい人とお祭りに出かける、何を食べたいだなんて色んなところから聞こえてきて微笑ましい限りだ。
当の俺はというと予定はない。
相棒はすまし顔で共同スペースのソファに座ってブラックコーヒーを飲んでいた。
こちらもこちらで興味ありません、なんて顔をしているけれど本当はお祭りに行きたくて仕方ない。
1人でなんていやだし、友達と呼べる人はどうやら誰かと行く約束をしているらしくて当然俺に声がけがあるはずもなくがっくりと肩を落としたのだ。
「…はあ」
肝心な時に鈍い相棒は俺の気持ちを知ってか知らずか相変わらず長い足を組んで優雅なコーヒーブレイク中。
その脇腹を小突いてやりたいけれど、ここで俺が零くんを誘っては意味がない。
「ため息をついてどうしたんじゃ?」
「……別に」
「別にという雰囲気ではなかろうに。」
ことん、とテーブルの上にマグカップが置かれる音がする。
なんでもないいつもの生活音なのにその一つ一つが気になる。
「薫くんは、お出かけしたいんじゃろ。」
「…。」
悔しいからその問いかけには答えてあげない。
意味ありげに笑った相棒は俺の顔を覗き込んで首を傾げる。
「我輩と共に夜の散歩をしようではないか。今宵は特別なことがある日じゃろう?浴衣は準備してあるかえ?」
わざと素知らぬ顔をしてから俺の反応を窺うところがほんとずるいと思う。
「浴衣もあるの知ってたんだ。ほんと」
「大好き、じゃろ。」
綺麗な笑顔を浮かべた相棒はしたり顔のままソファから立ち上がって俺をエスコートすべく手を差し出された手に自分の手を重ねる。
さながらfineの天祥院くんと日々樹くんみたいで不機嫌顔はすぐに崩れてしまった。
悔しいけれど、本当に大好きだから乗ってあげる。
そのまま零くんと連れ立って俺の部屋に向かった。
どこまで知っているんだろうと思いながら、同室のメンバーがいない部屋に帰ってきてクローゼットを開ける。
しまっていた浴衣をベッドに広げるとくすりと柔らかな空気を震わせる音が聞こえて振り返る。
「着付けは?」
「一応できるよ。」
「さすがは薫くんじゃのう。」
「はいはいそれはどうも。さ、服脱いで。時間ないよ。」
揶揄する言葉を早々に切り上げると服を脱ぐように促して準備するものを広げていく。
撮影した時に零くんは薄灰色のシンプルな浴衣を着ていた。その色白の肌にも落ち着いた零くんの纏う雰囲気にもよく似合っていたのを覚えている。
服を脱いで下着姿になったのを確認してから浴衣を羽織らせそのまま裾線を決めて下前を合わせる。
俺同様に背の高い零くんは腰の位置も高いために上前を合わせた後俺は自然と床に立ち膝になって腰紐を巻いて結びはしょりを整え帯を結ぶ。
我ながら手際よく、そして零くんはとても男前に仕上がって悔しいくらいだ。
「ほんに薫くんは器用じゃな。」
「楽器はできないけどね」
「楽器くらい練習したらなんとかなることは薫くんだってもう経験済みじゃろうに。」
「…そうだけどさ。」
「ほれ、薫くんも着替えておいで。」
促されるままに俺も服を脱げば小さく咳払いが聞こえて首を傾げる。
「なあに。」
「いや…それならば我輩は外に出ようかの」
「え?」
「薫くんの仕上がりが楽しみじゃ」
上機嫌に笑った後こちらも見ずに部屋を出ていってしまった黒髪を呆然と見送った。
何を言っているんだろうと思いながらも、ふと見えた零くんの頸が少し赤く染まっていることに気づいて瞬きを一つ。
その後に降ってくるように湧きあがった答えに俺まで顔が熱くなる。
「っ…零くんの、ばか…!」
デートをする恋人の姿を楽しみにしたいから、だなんて。
そんなの俺だって楽しみたいし味わいたいから浴衣をわざわざ買取したんだってば。
ブツブツと文句を言いながら零くんにした手順で同じように自分も顔の赤みが引くのを待ちながら着付けを完了させる。
深呼吸を一つして悪戯心と、サービス精神のバランスを保つように髪をハーフアップに纏めて頸を見せるようにセットしてから部屋を出た。
「お待たせ、零くん」
「おかえり、薫く…」
部屋から出てきた可愛らしい恋人の姿に絶句しかけて取り繕うように笑みを浮かべた。
なんとか怪しまれずに済んだだろうか。
いつも頸を隠す長い襟足は遊ばせるように少しだけ残っていて、綺麗に纏められていた。
薄い色の自分の浴衣とは対称的に濃紺の浴衣は明るい髪色にとても映えた。
「花火、始まっちゃうよ?」
「…あ、ああ。鼻緒で足を痛めぬようにゆっくり行こうか。」
恋人が可愛くて、綺麗で見惚れてしまう。
焦らして、食べ頃になったと思った頃合いにデートに誘ったと言うのに、自分はどうしても彼が仕掛ける不意打ちは予測できなくていつも新しい発見に胸が高鳴る。
彼が新しい驚きと愛しさをくれるから焦がれてやまないのだ。
「エスコートさせてくれるじゃろう?」
「ほんと、キザだなあ。」
「薫くんの前では格好をつけたいだけじゃよ。」
「はいはい。」
照れくさそうに笑う恋人がそっと手を握ってくれて自分よりも暖かな手を握り返す。
いつもならば誰かに見られるから、などと言って嫌がるのに今日は素直に指を絡ませてくるのはきっと夏まつりという特別なシチュエーションだからだと理解できる。
そう、それは他ならぬ自分もそうであるからだ。
ゆっくりと寮を出て祭りの会場に足を向ける。
ざわざわとする喧騒と涼やかな虫の音を聞きながら視界の先のほの灯りを目指して何でもない会話を続けていれば隣の金色の髪がふわりと夏の風に揺れる。
去年の今頃の自分は彼の隣をこうして歩けていると想像もしていなかった。
だからこそ、とても眩く感じる。
「…薫くん。」
「なあに。」
「来年も、また来れるかの」
「まだ到着もしてないのに?」
「ああ…。」
「何言ってんの。…来年も、その先も一緒に来ようね。」
死んだように生きていた俺のなんでもない日々を鮮やかに彩ってくれたのは、この金色だったのだと改めて思い知る。
大切で、愛おしい存在に握っていた手に力をこめて急かすように引っ張った。
「なれば、存分に今年の分は楽しまねばなるまい?焼きそば、かき氷、チョコバナナも食べねば」
「ちょ…、もー急に子供みたいなんだから。ふふ、でもそれもいいかもね。」
綺麗なシトリンが柔らかく細められ、互いの握る指先に力が込められると年甲斐もなくはしゃいでしまう。
そう、これからたくさん彼と大切ななんでもない日を積み重ねていけばいい。
なんでもない約束を重ねてそれを叶えていけばいい。
きっと、その些細な積み重ねが愛おしい記憶になるのだから。
「大好きだよ、零くん!」
一歩先を歩いていた薫くんがこちらを振り返って告げられた声に重なるように背後に大輪の花が空に開く。
向日葵のような笑顔に一瞬息が止まる。
もう一つ、空に大輪の花が咲いた。
「愛しておるぞ、薫くん!」
加速するのを止められない愛は、大きな花に。
返した言葉に大きく見開かれたシトリンが、落ちていく花火に照らされてきらりと光る。
指し示した訳でもないのに二人、同時に一歩を踏み出して抱き合った。