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    asasuzuki

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    asasuzuki

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    動きにくい話 1H3492字

    ##篤士

    「何をお探しですか?」

     珍しく休日らしい休日で何をするか悩んで、服でも買いに行こうかな、と思っただけだったから。回答には少しだけ時間が必要だった。

    「なんかいい感じの――おすすめとか、ありますか? 俺、服とかそういうの疎くて」
    「お兄さんかっこいいのに着飾らないと勿体無いですよ〜?」

     ははは、と短い笑いで誤魔化した。休みの日の過ごし方のおすすめを聞いた方がよかったかもしれないけれど、店員の女の子が楽しそうに話をしていたからそれでいいか、と思った。そもそも、多分――憶測でしかないけれど。俺、もしかすると一人苦手なんだな、なんてぼんやりと考えながらジャンパーに袖を通す。

    「派手じゃないですか?」
    「ワッペンくらいで派手なんて言ってちゃ、このあたり歩けなくなっちゃいますよ。今シーズンの新作で、国内外の作家とコラボしてるんです。このワッペンはイタリアのかなり若いデザイナーからの提供で、――」

     このあたり。ニューヨーク、ロウアー・マンハッタン。ダウンタウン。
     元、世界中の金融の中心地。いまは、それ以上の意味を持たざるを得なくなった街。国内外のファッションブランドも出展するアメリカ有数の都市。「よく仕事をしているから」なんて理由でちょっといい場所に住ませてもらったはいいものの、結局帰れないから無駄な家……の周り。
     フラフラ散歩をするにしても、ちょっと都会すぎる。海外に出てみると、東京は案外いい街だったのかもしれないな、なんて思ったりもする。

    「じゃあこれで」
    「他にも見て行かれますか?」
    「他にも何か?」

     はい、と営業スマイルで店員の女の子が微笑む。それならそれで、と案内されるがままについていく。ジェットコースターは結構好きなアトラクションだ。乗ってるだけでいいし、楽しい気がする。
     おすすめされれば俺はそれを買うし、提案されれば俺はそれを呑む。そうしてるほうが楽だし、何よりも俺は服の良し悪しがわからないからわかってそうな人に頼むほうが効率的だ。

    「お兄さん、どんな服がお好みなんですか? それに合わせて紹介したりもできますよ?」

     だから、こういう質問はとびきり苦手だった。

    「あー……どんな、どんな、って言われると、ちょっと悩みますね」

     ははは。これで誤魔化せないとなると、ちょっとというか……正直結構困る。そのうえ、こういう誤魔化し方ができない人は往々にして善人で、俺のためにしてくれてるから一切譲ってくれない、ってとこまで含めて――

    「あ、難しく考えなくていいですよ! 細身のは好きじゃないとか、もこもこしてると動きにくいから嫌だ、とかでもいいですし。簡単にでいいんで、お兄さんに合わせられたら〜みたいな感じで……」

     困るんだけど、あんまり気付いてもらえることは多くない。何が好きか何が嫌いか、みたいなことは極力意識の外に置いてるつもり(絶対できてるってわけじゃないんだけどね)だから、それを引き出そうとされると、困ってしまう。
     ないものを一から作り出して提出しなきゃいけないのは、簡単か簡単じゃないかで言えば結構簡単じゃない。ほら、言ったらそういうことになっちゃうだろうし。
     もしクリームあんみつが好きです、なんて言って、三食クリームあんみつを出されても俺は多分クリームあんみつのことを嫌いになるだろうから、好き嫌いっていうのはあんまり外に持ち出したくはない、んだけど。

    「今着てる服の感じとかって、結構好みだったりしますか?」

     言わないと逃げられないときがあるっていうのは、俺もわかってる。

    「好み……というか、あんまり頓着しないほうで。適当に店に入って、店員さんに見繕ってもらってばっかりなんで、あんまりよくわかってないんですよ。好き嫌いもそんなに。ああ、でも派手すぎるのはちょっと嫌かな」
    「こういうのとかですか? 派手なの、っていうと」
    「それは派手というか、俺だったら外に出られないかもしれないです」

     ブランドもののロゴが大きく入ってて、布がベロっと垂れてスカートなんだかズボンなんだかわからない感じの。……イギリスの民族衣装。バグパイプとか吹いてるタイプの人たちが着てそうな服、にはやんわりとNOを示した。
     それは好き嫌いとかいうレベルじゃなくて、選択肢にあんまり入れないでほしいタイプのやつだった。もしかしたらこれが嫌いって感情なのかもしれない、と思ったけど、着る人が着ればかっこいいだろうな、と思うから嫌いというにはちょっと距離が難しい。

    「まあ、でもそうだな。……選んでもらって以降ずっと着てるからっていうのはありますけど、こういうアメカジっていうのかな。割とジーンズと上着で誤魔化す感じのは着慣れてるのもあって好きなのかもしれないな。動きやすいし、どこでも結構行けちゃいますしね」
    「じゃあそれ外してみましょう!」

     結構こういうの、こっちに来てから多いな、と思う。梯子を突然外される。仕事をしてても感じないこともない、けどね。苦渋の決断をして提出したらそれ以外で探そうとするの。国柄の問題なのか、そういう人によく出会うのか、俺に何らかの問題があるのか、みたいな……まあ色々あるけど。
     苦笑いを浮かべる。そういうときは決まって、対面にいる人は楽しそうな顔をする。側から見れば楽しそうに見えるのかもしれない。……困らんこともないけど、日常っぽいというか、人生っぽい感じがする。人生っぽい、っていう感想が、人生のこと何にもわかってないんだな、って感じがして結構笑えてくる。

    「あんまり冒険とかしたくない人ですか?」

     ああ、言われてみれば、確かに。

    「自分からは、あんまりしたくないかもしれないです」

     それこそ、ジェットコースターに乗せられればそれはそれで楽しめるから、冒険をしたくないわけじゃあないんだろうけど。自分から――自分の責任でせっかくかけた梯子を外す、っていうのは。

    「結構悪くない選択肢あったらそっち取っちゃう人かもしれないな」
    「いい選択肢取りましょ。ご予算とかって決まってますか?」
    「特に決まってはない――ですけど、決めます」
    「あははは! そんな高いもの売りつけたりとかしないですよ!」

     既に、冒険をするという高い選択肢を売りつけられた以上、自衛はする。この国じゃ、自分の身は自分で守るものだ。……まあ、国柄はおまけ程度だろうけど、日本人の俺にはハードルがそこそこ高い。なんとか馴染めてる風の顔はしても、この国の人たちはいかがわしいコーラのフレーバーとともに育っている。信用してはいけない。
     だから、ドクターペッパーを初めて飲まされた日のことを俺は忘れない。リメンバー・ドクターペッパー。この国で生きていくための合言葉。

    「ピンとか結構かわいい感じもいけるってことですよねえ。悩むな〜。お兄さん見た目いい感じっていうか、結構細身なんでノンセク系でまとめてもきれいになるかなって思うんですけど――」

     スマホの説明をされてる年上の人たちの気持ちは、俺は結構わからないでもない。そういう世代の人たちと気が合う理由は多分この辺なんだろうな、と若干思う。
     勉強しよう、みたいな気分より先に、若いな……で思考が止まる。こういう感想が一番よくないのはわかってるんだけど。
     ……多分、というかおおよそ、よくも悪くも興味ないんだろうなあ、と思う。興味を持つなんてのは高等技術で――俺はやり方を知ってても実践できないわけだから、誰にでもできることじゃないんだろう。
     それなりにソツなくこなせている(と思う)俺ができないんだから、他の人ができないなんてのは当然だと思うし。だからこそ、できる人見掛けちゃうとああ、すごいなって純粋に尊敬するんだけど(これは悪意的な物言いにすぐ勘違いされるから言わないようにしてる)。

    「好きにしてください。ああ、予算は75ドルくらいまでなら、自由に」
    「ええ? それじゃあ、私、好きにしちゃいますよ? お兄さん素材いいから、遊び甲斐が――」
    「遊び甲斐?」

    ---

    「篤士、お前……イメチェンか? 似合ってると思うぜ」
    「似合ってると思ってたらそんな笑ってるんだか吹き出しそうなんだかわからない顔はしないでしょ」

     同僚から笑いが溢れた。普段あんまり目を合わせてくれない女性が目を合わせた瞬間俺を見て笑った。
     サルエルパンツにダラっとしたビッグサイズのTシャツ。さらには黒いキャップ。両腕には邪魔なアクセサリー。動きにくいな、とは思っていたけども。

    「日本人のラッパーはアメリカじゃあ流行んねえよ!!」
    「……ははは」

     動きにくいだけならまだしも、やりにくくなるとは思ってもいなかった。ははは。
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    asasuzuki

    TRAINING動きにくい話 1H3492字「何をお探しですか?」

     珍しく休日らしい休日で何をするか悩んで、服でも買いに行こうかな、と思っただけだったから。回答には少しだけ時間が必要だった。

    「なんかいい感じの――おすすめとか、ありますか? 俺、服とかそういうの疎くて」
    「お兄さんかっこいいのに着飾らないと勿体無いですよ〜?」

     ははは、と短い笑いで誤魔化した。休みの日の過ごし方のおすすめを聞いた方がよかったかもしれないけれど、店員の女の子が楽しそうに話をしていたからそれでいいか、と思った。そもそも、多分――憶測でしかないけれど。俺、もしかすると一人苦手なんだな、なんてぼんやりと考えながらジャンパーに袖を通す。

    「派手じゃないですか?」
    「ワッペンくらいで派手なんて言ってちゃ、このあたり歩けなくなっちゃいますよ。今シーズンの新作で、国内外の作家とコラボしてるんです。このワッペンはイタリアのかなり若いデザイナーからの提供で、――」

     このあたり。ニューヨーク、ロウアー・マンハッタン。ダウンタウン。
     元、世界中の金融の中心地。いまは、それ以上の意味を持たざるを得なくなった街。国内外のファッションブランドも出展するアメリ 3590

    asasuzuki

    TRAINING解像度を上げる話 1H2774字「なあ、お前さあ。絶対売れねえモンってなんかある?」

     手が伸びる。当たり前のように人の目の前に置いてある野菜スティックをバリバリと食べながら、目の前の男――ディーノは俺に問いかけた。ジェノヴァ大学食堂。午後2時47分のこと。
     ディーノ。ジェノヴァ大学の問題児。ディーノ・イルデブランド・フィノッキアーロ。勉学をゲームとしか思ってないタイプで、往々にしてなにかしらをゲームとしか思ってないやつっていうのはどういう場所だったとしても優秀なのが常だ。ディーノもその例には漏れない。飛び級お得意の天才なんて触れ込みで、学内では知ってる奴の方が多かった。

    「売れないものったって」

     ああ、なんらかの思考実験に付き合わされてるんだろう、とか、モルモットその1でしかないんだろうってことはわかってたつもりだった。
     でもなけりゃ、優等生の秀才様がわざわざ特筆することもないような――よくも悪くもない、ただいるだけの学生に話しかけるようなことはしなかったろうと思うし、今となってはそれは間違いなかっただろうな、と思ってる。これは、間違いなく。
     最初から最後まで、あいつは俺の名前を呼ばなかった時点で。間 2825

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