オーカイCPチャレンジ(チャレンジ5)(思ったよりも順調なんだよな)
カードについた花丸の数を数えながら、カインは「うんうん」と頷く。もっと難航することを予想していたのだが、オーエンが文句を言いつつも最終的には協力してくれているからだろう。本人に指摘したところで、「協力? してるわけないだろ。たまたまそうなるだけ」とひねくれた否定をされそうだけれど。
まあ、それはそれとして。そろそろリーチが視野に入ってきた。ここからは数撃ちゃ当たる戦法よりも、確実にビンゴを狙った方が良さそうだ。
そう考えたカインはオーエンに相談する為、彼の部屋の前まで来ている――のだが、一つ問題が浮上していた。昨夜、花丸の数が一つ増えたのだが、それをオーエンがまだ知らないであろうという問題である。
「気付くかな……? 突っ込まれたらどう返すべきなんだ……? いやでもスルーしてくれる可能性も……」
「なにぶつぶつ言ってるわけ」
「うっわ!?」
唐突にオーエンの声がしたかと思えば、いつの間にか部屋のドアが開いていた。
「あれ。俺、ノックしてたか……?」
「おまえ、自分が思ってるよりずっとうるさいからな。ほんと鬱陶しいんだけど」
「ああ。声か。悪かっ――」
「存在が」
「存在が!?」
それはもう気を付けようがないのだが。
困ったなと顔をしかめつつも、恐らく気まぐれで開けてくれたであろうドアが再び閉ざされてしまう前にオーエンにビンゴカードを見せる。
「課題の相談をしたくてさ。ほら見てみろよ。八番と十六番でビンゴするだろ?」
「……ねぇ」
「買い物と踊るくらいだったらおまえでもそんなに抵抗ないんじゃないかって――」
「聞けよ」
オーエンはカインの顔は一切見ず、カードの一点をじっと見つめていた。昨夜花丸がついたばかりの五番を。内容は――キスをする。
「なにこれ」
「あー、やっぱ気になるか?」
「何で気にならないと思ったの? おまえとキスした覚えなんてないんだけど」
「……だよな」
カインにも覚えはない。今、目の前にいるこのオーエンとは……だが。カインの反応で状況を何となく察したのか、彼の表情に若干の焦りの色が浮かぶ。勢い良く顔を上げたオーエンはカインの上着を半分脱がしたり、裾や袖を捲りあげたりしてきた。端からは奇行に映るだろうが、カインにはオーエンが何をしようとしているのかがわかる。
「大丈夫だよ」
「え」
「何処も傷付いてないだろ?」
「……」
反射でついとってしまった行動だったのだろう。オーエンはカインの服から手を離すと少々ばつが悪そうに「ふん」と鼻を鳴らした。カインは簡単に昨夜の出来事を説明する。談話室に行ったらソファーの上でオーエンがうとうとしており、「こんな所で寝たら風邪引くぞ」と声をかけたところ、あちらの方のオーエンだった……というわけだ。
「正直、俺もちょっとヒヤッとしたんだが、なにもなかったみたいにケロっとしててさ。まあ、寝惚けてたのかもしれないが……。ちゃんと部屋で良い子に寝るからちゅーして欲しいって」
「…………へぇ」
だいぶ含みのありそうな相槌と共に、責めるような鋭い視線を向けられた。自分の知らない間にそんなことになっていたのだから無理もないと思う。何とか彼の心のダメージを軽減してやらねばと、カインは軽い口調で言葉を放った。
「おやすみのキスをしてくれだなんて、子供らしい、かわいいお願いじゃないか」
「口にさせるのが?」
「別にそれくらい普通だろ」
「へぇ? 口にさせたんだ?」
……失敗したかもしれない。
しまったと思った直後、腕を掴まれる。その細い体から予想されるよりもだいぶ強い力で部屋の中に引き込まれた。
閉じた扉に体を押し付けられところで、ようやく抗議する為に口を開く。しかし、その時にはもうオーエンの顔が間近に迫ってきていて――
「……っ」
発しようとした言葉ごと食べてしまうかのような、攻撃的なキスだった。一瞬、そのまま舌を噛み千切られるのではないのかとひやりとしたがそんなことはなく。強くもなく弱くもない、もどかしさを覚える力加減で口の中を掻き回される。
昨夜の少し触れるだけのキスとは、まるで別物だ。
「ん……っ、は……」
「かわいい普通のお願い?」
顔を離した後、カインの口元に垂れた唾液を指で拭いながら、それこそ無垢な子供のような表情で首を傾げて見せるオーエン。
そこでようやく頭が状況に追い付く。追い付いたところで、混乱するだけだけだったが。……なんだこれ。いつものたちの悪い嫌がらせ……なのか? それにしては普段と方向性が違い過ぎるような気がする。
「いや、今のは……って、お、い……っ、変な触り方するなよ……っ!」
口元から下に降りていった彼の指が、妙にねっとりとカインの首筋を撫でた。
「それ以上は?」
「え?」
「キス以上はしたの?」
「するわけないだろ。子供のおまえ相手だぞ?」
「ふーん……」
指は体をなぞるように移動していき、腰の下の割と際どい部分に到達する。どう考えても「そういう意味合い」を含む触れ方に、反射で体がぴくりと跳ねた。……いや、本当になんだこれ。
オーエンとこの手の行為がどうにも結び付かなくて、顔をしかめる。
「っ……。えーっと……」
「なにその変な顔」
「いや……おまえ、こういうの何処で覚えてくるんだ?」
なんとなく言葉を濁してしまったし、この状況で尋ねる内容でもないのだが、オーエンには正しく伝わったらしい。
彼もまた――恐らくカインよりもあからさまに――顔をしかめた。
「はぁ? 僕が何年生きてると思ってるの? おまえなんかより、思い切り年上なんだけど?」
「それはわかってるんだが、正直、この手の知識に乏しいイメージがあってさ」
「馬鹿にするなよ」
「え」
「泣かす」
「え!?」
また言葉選びを誤ったようだ。
これはまずいと本能的に察知し、いつの間にかかなり密着していたオーエンを引き剥がそうと身を捩る――が、その前に、彼の魔法が発動してしまう。
「クーレ・メミニ」
「う、わっ!?」
体を浮かされたカインは、そのままベッドの上に放り出された。半分身を起こしたところで、体重をかけたオーエンの右手に肩を押さえ付けられる。左の手で顎をやや乱暴に掴まれた。
自分を見下ろすオーエンの瞳は怒っているような、嘲笑っているような、なんともいえない不思議な光を放っている。片方は自分の目のはずなのに、気を抜くと呑まれてしまいそうな迫力があった。
「課題の二十四番ってさ、要するに性行為かそれに近いことをしろってことだよね? しようか、今ここで」
「……は? 何言って――」
「おまえは課題をこなせる。僕は憂さ晴らしできる。ウィンウィンっていうんだろ、こういうの」
ウィンウィン。
賢者の世界の言葉で、どちら側にも同じくらい利益がある……という意味だったか。
(いや、オーエンも課題はやってるんだから、あっち側に多く利益が生じることにならないか……?)
……と、少々疑問を覚えたものの、そんなことはどうでもいいのだ。良くわからない事態に突入する前に、きちんと話をしなくては。
「憂さ晴らし……って、知らないうちに俺とキスしてたのがそんなに嫌だったのか? 確かに軽率だったかもしれない。謝るよ」
「別に。そんなのどうでもいいし」
「どうでもいいならどうして――」
「うるさいな。もう黙ってろよ、おまえ」
「いっ……」
肩と顎を掴む手に更に力が籠められる。爪が食い込んで、カインは痛みに顔を歪めた。けれど――何故だろう。状況的に追い込まれているのはカインのはずなのに、オーエンの方が余程余裕がないように思えた。始めは笑っているように見えていた瞳はゆらゆらと揺れており、不安や焦りの感情が見え隠れしているようだ。
何が彼をそこまで追い詰めているのかはわからない。わからない、けれど。
ここで目をそらしたら、今まで彼との間に何とか積み上げてきた――それこそ常にゆらゆらと揺れている不安定な――関係が崩れてしまうような、そんな気がする。力ずくで拒否することもできるが、それも恐らく同じ結果を招くだろう。
まだ信頼とは呼べないものかもしれないけれど。それだけは駄目だ。絶対に。
だからといって、このまま流されるのも何か違うよなと思うわけで。
もう間違えないように。慎重に言葉を選ぶ。
「あー……その、こういうのって好きな人としかしちゃいけないってさ。北の国では親から教わったりしないのか?」
「親のことなんて覚えてない」
「だよな! 悪かった! 中央の国では教わるんだ! だから、もし本当にするんなら、俺はおまえが俺を好きだって判断しちまうことになるんだが……いいのか?」
「……」
彼に考えさせることに成功したのか、少しだけ間があった。
「思い出した。北の国では相手を支配して屈辱を与える時にやれって教わるんだ」
「絶対嘘だよな……!?」
北の国なら有り得そうだと一瞬思ってしまったが振り払う。
とにかく、これは失敗。彼を制止する次の手を考えなければ。制止できないにしても時間稼ぎできるような話題はないかと脳をフル回転させていると、ぼそりとオーエンが言葉を発した。
「すきなら、いいの」
「……は?」
何を問い掛けられているのか、そもそも自分にぶつけられた問いなのか咄嗟には判断がつかなくて、カインは目を瞬かせる。
「もし、おまえのことを僕がすきだったら、騎士様は受け入れるわけ?」
「それは……」
……どうなのだろう。
考えたことなんてなかったから、当然すぐに答えは出せなかった。
目の前の男から短い溜息が漏れる。彼は何処か自嘲気味に笑うとカインの背中に両腕を回して、そのまま抱き締めた。……課題でする時はあんなに嫌がっていたのに。
「……オーエン?」
「ばかみたい」
「おまえ……」
しんみりとした空気が流れ始めたように感じた――その矢先。
空気をぶち壊す勢いで、オーエンがカインの下着に手を突っ込んだ。
「いっっっった!?」
それはもう容赦なく、一本の指が差し込まれる。何処にって……まあ、そこにだ。カインは思わず大きな声を出していた。
「いやいやいや! いきなり尻の穴に指突っ込むやつがあるか!?」
「なんかもうめんどくさいから、とりあえず抱かれろよ」
「雑だな!?」
オーエンの指は雑な上に何処かぎこちない。
カインは違和感と痛みに顔をしかめながら息を吐いて、軽く彼を睨んだ。
「おまえやっぱりそんなに経験ないだろ」
「ある」
「あるかなぁ」
……本当に、どんな状況だよこれ。
めちゃくちゃなのに――否、だからか?――笑えてくる。
「ちょっと。なにわらってるの」
「いや……なんか……ははは」
「おまえ、今の状況わかってる?」
「うーん……」
わかってるからこそ、ちょっと愉快な気持ちになってきてしまったわけなのだが。
大変不服そうな彼の表情で更に噴き出しそうになったが、殺されるのは嫌なのでぐっと堪えた。
さて、どうしたものか。
(正直、そんなに悪くはない気分なんだよな……。オーエン相手にそう思うなんて、自分で自分が理解できないが……)
本当に憂さ晴らしがしたいならば。カインに屈辱を与えたいだけならば。最初からこんな会話になど応じず、圧倒的な力で支配してしまえばいい。単純な力比べであれば負ける気はしないが、魔法を使われてしまったらカインに逃れる術などないのだから。
それをしないオーエンに、ほんの少しだけ、温かな何かを感じてしまったから――こんなことを思うのだろうか。
(スノウ様、ホワイト様風に言うと、「愛」……みたいな……? オーエンに言ったらそれこそ殺されちまいそうだな)
とはいえ、問題はある。
目下、この問題が自分的には一番乗り越えるのが困難だとカインは判断した。……情けない話ではあるのだけれど。
「オーエン、悪い。本当に今は無理だ」
カインはオーエンの体を無理矢理引き剥がし、その両肩をしっかりと掴んだ。真っ直ぐに彼の目を見て、一音一音噛み締めるように訴える。
「しぬほど痛い」
「は?」
そう。痛いのだ。尋常じゃなく。
「痛みには強い方だと思ってたんだが……。まあ、戦ってて尻を攻められることなんてなかったしな……」
「あったら怖くない?」
それはそうだ。
尤もすぎる突っ込みを受けてしまったが、ここで退くわけにはいかない。
騎士団時代の同僚に同性と交際している男がいたのだが、その彼から酒の席で聞いたことがあるのだ。男同士は事前準備をしっかりしないと大惨事になる、と。
そんなことで血を見たくない。どうせするなら互いに気持ち良くなりたいじゃないか。
(……って、本気ですること自体にはそこまで抵抗ない感じなのか、俺……?)
――いや、いい。あまり深く考えるな。
今は目の前の危機を回避することだけに集中しよう。
「それに、思ったんだが、課題をクリアしたらスノウ様とホワイト様に報告することになるよな?」
「ご褒美貰わないと意味ないんだから当たり前だろ」
「二十四番に丸がついてたら、めちゃくちゃ気まずくないか?」
「今丸がついてる分だってだいぶ気まずいんだけど」
「それはそうなんだが……一番……なんつーか、居たたまれない気持ちになりそうだろ……?」
困った。とてつもなく語彙力が死んでいる気がする。
最早視線で押すしかないカインに――かなり長く沈黙してからだったが――やがてオーエンが深い溜息を吐いた。「確かにね」と頷いてくれた彼にほっとして、肩から手を離す。
良かった。何とか乗り切ったようだ。
「涙目の騎士様を見られたから今日は勘弁してあげる」
「えっ。俺、涙目になってたか!?」
「なってた」
「ええぇ……」
それは普通に情けない。
ベッドの上で胡座をかいて項垂れていると、オーエンもその隣に座り直す気配がした。
「おまえさ、普通はここまできたら止められないから。僕に感謝しろよな」
「……ん? ごめん。何の話だ……?」
「……もういい」
てっきりすぐに追い出されるのかと思えば、オーエンはいつの間にか彼の手に渡っていたビンゴカードを何も言わずにじっと眺めている。
その横顔をちらっと盗み見しながら、ふと先程の問い掛けを思い出した。
――すきなら、いいの
答えは、この先真剣に考えればそう遠くないうちに出せる……ような気もする。その答えを果たして彼が――そして自分が望んでいるのかは、良くわからないけれど。
「うっわ、最悪」
「!」
唐突に。
オーエンが心底嫌そうな声をあげた。何事かとカードを覗き込むと、十番――いちゃいちゃする――に花丸がついている。自然とぶつかった視線に何やら居たたまれなくなってカインが苦笑いすると、オーエンは八つ当たりのように腹に拳を叩き込んできたのだった。