オーカイCPチャレンジ(チャレンジ7)「オーエン、カイン、少しいいですか?」
「もちろん」
「良くない」
昼下がりの談話室。ソファに座って新しい鍛練のメニューを考えていたカインは、ペンを置いて顔を上げる。
快く了承したつもりが、隣にいるオーエンが続けた言葉のせいで真逆の意味になってしまった。カインは苦笑しながら晶――朝会った時にハイタッチ済だ――へ訂正を入れた。
「もちろん、いいぞ。な?」
オーエンは「ふん」と鼻を鳴らしただけで、肯定も否定もしない。であれば、こちらは都合の良い方に受け取るだけだ。
「オーエンもいいってさ。その改まった感じから察するに、任務かな」
「正解じゃ! 話が早くて助かる」
晶の後ろからひょっこりと現れたのは、同じく今朝既にカインとハイタッチしているホワイト。オーエンが小さく「げ」と呻くのが聞こえてきた。
「南の国の小さな村からの依頼なんですけど、とにかく急を要するらしくて……」
「内容的に西の国の魔法使いが適任だと思ったんじゃが、全員出払っていての」
「ん? どうして西が適任なんだ?」
南の国の村からの依頼なのだから、通常最も適しているのは南の魔法使いではないだろうか。
「縁結びで有名な村だそうで。依頼もそれに関わることだとか」
「ああ、なるほど」
確かに色恋が絡む依頼であれば西の魔法使いが上手くやってくれそうだなとカインも思う。
「というわけで。たまたま暇そうにしているそなたらと、さっき暇そうにしてたヒースクリフとシノに任せたいのじゃ。引率は我とスノウがするからよろしくね! 賢者ちゃんも同行するよ!」
「よろしくされるわけないだろ」
オーエンが読んでいた本を閉じて立ち上がった。カインも何度も読んだことがある有名な騎士の半生を綴った本だ。……本当に騎士が好きだよな、こいつ。
そのまま去ろうとする彼をホワイトが引き留める。
「オーエンちゃんお願いー、夕食のデザート我の分もあげるからー」
「……行ってやってもいいけど、おまえらがいるのが嫌」
「え。じゃあチェンジする? 今空いてそうな魔法使いで若い子達の引率できそうなの、フィガロちゃんしかいないけど……」
「……」
物凄く嫌そうな顔で、それなりに長い時間、オーエンは沈黙した。何をそんなに悩む必要があるのかカインにはわからないが、ひたすら葛藤しているであろうことは伝わってくる。
沈黙を破ったのは本人でもホワイトでもなく晶だった。
「あの、ホワイトとスノウには今回お休みしてもらって……皆さんに任せてみるのもありなんじゃないですか?」
「えー、大丈夫? オーエンちゃん、悪さしない? いざという時みんなを護れる?」
「大丈夫ですよ! オーエンめちゃめちゃ強いですし! ね!」
最後の「ね!」は、オーエンというよりカインにかかっているようだ。同意できる内容だった為、深く頷く。
「そうだな。もちろん俺達は俺達で全力を尽くすが、どうしても経験や実力が不足することがあると思う。そんな時は頼りにさせてくれ、オーエン」
「……」
「何で更に嫌そうな顔するんだよ」
彼の口から溜息が吐き出された。
それから、心底面倒臭そうに「もういいよ、おまえ達で」と双子の同行を了承したのだった。
その村は本当に小さな村だった。少し見渡せば全体像が把握できてしまうのではないか、というくらいだ。ちょうど中心に当たりそうな位置に泉があり、それが「縁結びの村」と呼ばれる所以らしい。なんでも、月が泉の真ん中に映りこむタイミングで水面に姿を映した二人は、この先永遠に一緒にいられるという伝説があるのだとか。
「数百年前にここに住んでいた魔女が他人の恋の話を聞くのが大好きな魔女で、この泉に縁結びの魔法をかけたのだと伝えられています」
「確かに僅かじゃが魔力を感じるの」
村長――今回の依頼主で初老の男性だ――の話を聞いたスノウが、泉を覗き込みながら頷く。カインにははっきり感じ取ることができなかったが、不思議な空気が漂ってくる場所ではあった。
「それで、この村で起きている異変というのは? 泉が関係しているという話でしたけど……」
「ええ。それが……見ていただければわかると思うのですが……」
晶の問いに、村長は目線を泳がせる。言われた通りに周囲を観察してみると、すぐに気になる点が出てきた。外に出ている人間自体、さほど多いわけではないにしても、やたらと手を繋いでいる者達が多い。普通に散歩しているように見えるカップル、親子……はまあ、いいとして。誰かと手を繋ぎながら洗濯や畑仕事をしている光景はさすがに異様だ。
カインと同じように村人を観察していた晶は戸惑い気味に村長に問いかける。
「ええっと……さすが縁結びの村! ラブラブなカップルが多いんですね! ……って、わけではないんですよね、これ……」
「おい、ヒース。あいつら、手を繋ぎながら喧嘩してるぞ。あれじゃ上手く戦えないだろ」
「手が出る前提で話すなよ、シノ……」
「はは。変なの。まるでくっついて離れないみたい」
馬鹿にしたように笑うオーエンだったが、これが的を射ていたらしく、村長が「そう! そうなんです!」と彼に迫った。無遠慮に距離を詰められたからだろう。オーエンが不快そうに顔を歪めたので、カインはすかさず彼と村長の間に割って入った。
「手が離れなくなってるってことだよな? いったいどうして?」
「それがわからないから皆さんのお力をお借りしたいと思ったんです。今年の大いなる厄災の接近では、この村も少なからず被害を受けました。結婚を控えた若い二人が、未来に不安を感じて、せめて離れることがないようにと泉に姿を映したのが全ての始まりでして……」
「なるほど。泉に姿を映したら、手がくっついて離れなくなったんじゃな?」
「その通りです」
その後も同じ現象が続き、ここ数日は月が泉に映る時間帯に近くを通りかかっただけなのに被害に遭う者達も出てきているのだという。
今まではっきりと目に見えることがなかった「縁を結ぶ」という効力が、突然物理的かつ強引になってしまった……というイメージだろうか。
「大いなる厄災の影響で、泉にかかった魔法の性質が変わってしまった可能性があるの」
「漫画とかでよく見るやつだ……」
呆然と、それでいて何処か感動している様子で晶が呟いた。
「なんだ。賢者の世界では良く起きる現象なのか?」
「え。そんなことあるんですか……?」
すぐに興味の目を向けたのはシノとヒースクリフだ。晶は少し申し訳なさそうに苦笑する。
「あー……現実ではないですけど物語の中とかで割と良く……。あまり仲が良くなかった二人がその状況になって、ちょっとだけ絆を深める……っていうのが王道ですね」
「へぇ。賢者の世界の物語は地味なんだな。俺ならもっと格好良い話をつくる」
「こら、シノ!」
急に興味を失うシノをヒースクリフが嗜める中、晶は地面を睨みながら「スノウとホワイトの魔法の影響でラブコメっぽい依頼が……? いや、それはさすがにないか……ないはず……」と、ぶつぶつ独り言を言っていた。
……ラブコメっぽい依頼ってなんだ?
背後にいたオーエンがカインを押し退けて前に出る。
「絆を深めるどころか、険悪になってるみたいだけど?」
彼が示した先では、先程シノが気にしていた若い男女の喧嘩が取っ組み合いにまで発展していた。それだけではない。あちこちから言い争う声が聞こえてくる。
村長が頭を抱えた。
「長閑でのんびりとした村だったのに……毎日諍いが耐えません……」
「まあ、現実的に考えると相当気を遣わなくていい相手じゃない限りストレス溜まりそうですよね……」
「お願いします! 泉の魔法……いや、これはもう呪いだ。呪いから村を救ってください!」
――そんなわけで。
実際に泉が効力を発揮するという夜になるのを待ってから、カイン達は本格的に調査を開始した。現在、泉の周辺にいるのはカインとオーエンの二人だけ。シノとヒースクリフは泉以外の場所にも異常が出ていないかの確認を、晶は絵の中に入ってしまったスノウとホワイトを抱えて日中留守にしていて聞き込みができなかった家を回っている最中だ。
「何か感じるか?」
「別に。昼間と変わらない。対して強くもなければ害もなさそうな薄い魔力を感じる程度だよ。南よりも中央っぽい気質かも」
「へぇ。そこまでわかるんだな」
念のため、万が一にも手が触れ合ったりしない程度に距離を取りつつ、オーエンと会話をする。
距離があり、暗くても、彼がこちらを睨んだのが何となくわかった。
「馬鹿みたいに感心してないで、おまえも少しはわかるようになる努力をしたら? 激鈍な騎士様」
「え。俺ってそんなに鈍いか?」
「鈍い。色々」
「い、色々……?」
色々ってなんだ。
その他の要素が気になりはしたが、カインの魔力察知能力が年長の魔法使い達に比べてまだまだ未熟なのは紛れもない事実である。
「コツとかあれば教えて欲しいんだが……」
「知らないよ、そんなの。経験と訓練なんじゃないの」
「なら、訓練させてくれ。ゲームっぽい形式だとわかりやすくて良いな」
多分、また睨まれている。いや、呆れられている……?
はっきりと溜息が聞こえてきた。
「おまえ、課題のことしか頭にないわけ?」
「違う。課題のことも頭に入れてるんだ。月が泉に映るのにはまだ時間がありそうだし、変化があるまでおまえも暇だろ?」
「……」
少し待ってみたが、オーエンからの反応はなし。
まあそうだよなと泉に視線を戻したところで「クアーレ・モリト」とオーエンが呪文を唱える。カインの目の前に大きさが異なる光の玉が五つ、横一列に浮かび上がった。
「その中で一番、魔力が籠ってるのはどれ? 外したら罰ゲームね」
「あ。やってくれるんだ。ありがとな」
「いいから早く選べよ」
気のせいかもしれないが苛立ちよりも照れ臭さが混じっていそうな声に苦笑しつつ、カインは光の玉のうちの一つを指差す。
「真ん中だろ? 一番でかいし」
「クーレ・メミニ」
その玉は物凄い勢いで額にぶつかってきて、弾けて消えた。
「いった!?」
地味に痛い。どうやら間違いだったようだ。今のが罰ゲームだろうか。
「見た目で判断するとか論外なんだけど。やる気あるの?」
「……悪い。今のは確かに深く考えてなかった。次はちゃんとやるからもう一回頼む!」
「はあぁ」
溜息の後に呪文。
(やってくれるんだよなぁ)
玉の数は倍に増えたが。
意地が悪いのに律儀なオーエンに噴き出しそうになるのを堪えてから、カインは集中した。だが、集中したところで突然わかるようになるものでもない。
右から三番目が一番光が強い気がするが、これも見た目で判断してるしな……?
「うーん……」
「あのさ。前に言わなかったっけ。落ち着いて呼吸をしろって。魔法を使う時と一緒だよ。力を抜いて。暴くんじゃなくて、教えて貰うイメージ」
「……」
思わず。
オーエンの方に顔を向けてしまった。恐らく、頬がだいぶ緩んだ状態で。光の玉のお陰で、オーエンが怪訝そうな表情をしたのがわかる。つまり、こちらの表情も丸見えなのだろう。
「……なにわらってるの」
「いや、また教えてくれるんだなって。おまえの説明、わかりやすいから助かる」
「……」
右から三番目の玉が額に直撃した。
「いって!? まだ答えてないだろ!」
「それ選ぼうとしてただろ。残念。外れだよ」
……読まれてるし。
カインは一度腹の中の空気を出しきってから、呼吸を整えた。残り九つになった光の玉を見つめる。
落ち着いて。暴くのではなく、教えて貰うようなイメージで。
ふと、左の方から温かい熱のようなものを感じた。
「一番左……?」
玉はカインに向かって勢い良く飛んで――来ることはなく、その場でより一層強い光を放ってから消える。他の玉も連鎖するように消えていった。
「え」
これは、つまり?
「……当たり」
「本当か!? やった!」
オーエンの元に駆け寄り、彼の右手を掴んで握手をする。とにかく感謝を伝えたかった。
「ありがとな、オーエン! なんとなくだが、感覚はわかった気がするよ」
「はいはい。まぐれじゃないといいけどね」
「はは」
すぐに振り払われないことから察するに、彼も満更ではなさそうだ。とはいえ、いつまでもこうしているとあからさまに嫌そうな顔をされそうなので手を離そう……と、思ったのだが。
「……ん?」
「おい。そろそろ離せよ。暑苦しい」
空を見上げて月の位置を確認する。
これは……やってしまったかもしれない。
「あー……本当に悪いオーエン」
「は?」
「離れない」
「はぁ?」
オーエンが手を剥がそうと力を籠めるのがわかった。……剥がれない。状況を理解したらしいオーエンに空いている方の手で胸ぐらを掴まれた。とても、顔が怖い。
「だから、ごめんって! 嬉しくなっちまって、つい」
「おまえ、衝動だけで動くのほんとやめろよな!」
「……反省してる」
「はぁ」という溜息と共に胸ぐらから手が離れる。
「あ。でも、俺達で色々検証できるから逆に好都合なんじゃないか?」
「検証?」
「魔法で解けないか、とかさ」
「クーレ・メミニ」
「……解けないな」
引き起こしてしまったこの状況が、何かプラスの方向に働けばと思ったのだが。
元凶を突き止めて、元から絶つしかないらしい。それまではこのままということだ。
「オーエン。とりあえず、動く時にどうやって息を合わせるか決め……って、うわ」
言葉の途中で突然、オーエンが泉に近付くように三歩ほど歩く。握手をしている体勢なので、自ずとカインは斜めに歩くことになり、足が絡みかけた。――しっかり息を合わせないとこういうことになるわけで。
「騎士様は間抜けだし、最悪だけど、手っ取り早くはあったかもね」
「? どういうことだ?」
オーエンはじっと水面を見つめている。
「底に何かいる」
「え」
「縁結びの魔法だかなんだか知らないけど、かかってやったことで大元の気配を探りやすくなってるだろ」
カインもオーエンの視線を辿ってみた。そして、首を横に傾ける。
「そうか? 俺には良くわからないんだが……」
「罰ゲームね」
「えっ、まだ訓練続いてたのか!?」
思わず驚いたら、ぎろりと睨まれた。
「は? なにそれ。この僕がおまえのちっぽけなお願いをわざわざきいてやってるんだから、最後まで責任持てよな」
「それは……もちろん」
姿勢を正し真剣に頷くと、オーエンは「ふふっ」と不敵に笑う。
「そう。なら、少しでも邪魔になったら腕を吹き飛ばすから。そのつもりでいてね騎士様」
「ん?」
……めちゃめちゃ不穏なことを言われたような気がするが何の話だ?
「出てこいよ。クアーレ・モリト」
オーエンの呪文に反応して、泉の水面が激しく揺れ始めた。その揺れが収まった後、泉の真ん中に現れたのは、もやもやとした黒い塊。否、夜の闇に紛れてしまいわかりにくいが、目を凝らして良く見てみれば、それは人の形をしているようだった。髪の長い……女性か? 水面につくほどだった髪はみるみる伸びていき、泉を覆うほどになってしまう。
ふと違和感を覚えオーエンと繋がっている方の手を見下ろすと、自分の手と彼の手を縛りつけるように真っ黒な髪の毛が絡み付いていた。
「うっわ!? なんだこれ」
「これが原因で離れないってことだろ」
……なるほど。彼女が姿を現したことで見えるようになった……ということだろうか。
「ほう。これが今回の異変の元凶かの」
聞き込みを終えたらしい晶がスノウとホワイトの絵画を小脇に抱えて、こちらに向かって駆け寄ってくる。すぐ後ろにシノとヒースクリフの姿もあった。
「元凶って……どういう状況なんですか?」
泉の方を警戒しながら尋ねるヒースクリフに、「うむ」と応じるホワイト。
「聞き込みでわかったことなんじゃが、例の魔女はこの地で石になり、泉に沈められたらしい。彼女自身の、生前の望みでの」
「それじゃあ、その石が厄災の影響を受けて……?」
「恐らく。大好きなコイバナを聞きながら静かに眠っていたかっただけじゃろうに……」
「哀れな話じゃの」
「悲しいのう」
恋の話が好きで、結ばれた縁たちがずっと続くようにと泉に魔法をかけた魔女。明るく優しかったであろう彼女の面影を、目の前の影から見つけることはできなかった。――だからこそ、胸が痛む。
「騎士様」
「何だよ」
「同情なんてしてないだろうね。あれを消さない限り、僕達もこの村の奴らもずっとこのままだよ」
「わかってる。おまえの邪魔にならないよう、上手く動いてみせるさ」
大丈夫。確かに哀れだと感じる部分はあるが、守るべきものを見失ってはいない。目の前の物体は魔女ではなく、かつて魔女だった何かの成れの果てでしかないのだから。
こちらが仕掛けてくる気配を感じ取ったのか、今までじっと佇むだけだった影がゆらゆらと揺れ始めた。束になった髪がまるで触手のように蠢いている。
すかさず、スノウとホワイトが指示を出した。
「騒ぎを聞き付けた村人達が外に出てきてしまうかもしれん。シノ、ヒースクリフ、手分けして守ってくれるかの」
「わかりました」
「任せろ」
「賢者ちゃんは少し下がって我らを抱えたまま立っててね」
「いざとなったら結界くらいは張れるから安心してね」
「は、はい! お願いします」
「というわけで」
「オーエンちゃん、カインちゃん、がんばってー!」
どうやら彼女の相手はオーエンとカインに託されたようだ。……まあ、最初からそのつもりだったが。
「よしっ。いくぞ!」
気合いを入れて踏み出そうとしたものの、体が前に進まない。それもそのはずで、オーエンが微動だにしていなかった。
「……っ、なんで動かないんだよ」
「は? もしかして僕に指図してる? いつからそんな偉くなったわけ?」
「そんなつもりじゃ……。ええっと……倒すんでいいんだよな、あれ」
目的が一致しているのか少し不安になって尋ねると、オーエンは答えずに箒を呼び出す。髪の束の一つが襲いかかってきたのを避けるように、彼は箒に乗って空に舞い上がった。無論――手が離れないので――カインも一緒だ。咄嗟に彼の箒にしがみつくようにして乗り込んだせいで、だいぶ無理のある体勢になってしまった。危うく腕が折れ曲がりそうになるのを何とか回避。窮屈ではあるが、互いに逆方向を向いて横向きに座ることで落ち着いた。
息を吐いて、最早真っ黒な穴にしか見えない泉を見下ろす余裕ができたタイミングで、オーエンが口を開く。
「どっちがいいの」
「え」
「周りのうねうねを吹き飛ばしつつ、本体を叩く。しくじったら騎士様は死ぬと思うけど、訓練ついでに選ばせてあげる」
……珍しいこともあるものだ。今日のオーエンはやけに付き合いが良い。もしかして、案外教える立場が好きだったりするのか……?
「……本体を叩く方、かな」
「どうせ格好良いからだろ」
「それもあるが、あれだけの量を一度に綺麗に吹き飛ばすのは、おまえの方が得意だろ。俺は直接対峙する方が得意だしさ」
「落ち着き過ぎててつまんない」
「だって俺達なら絶対上手くいくだろ」
一瞬。オーエンとしっかり目が合った。
彼は不敵な笑みを浮かべ、
「騎士様がいてもいなくても関係ない。僕なら上手くいくんだよ」
箒を泉に向けて急降下させる。
「クーレ・メミニ」
オーエンの放った魔法が目映い光と共に蠢く黒を跡形もなく吹き飛ばした。再び表れた水面の真ん中に残るのは、細長い影が一つ。カインは隣のオーエンに掠めないよう注意を払いつつ、左手で剣を抜く。そして――
「グラディアス・プロセーラ!」
渾身の力を籠めて叩きつけた。
「みんな、おつかれーっ」
「無事に解決できて良かったの!」
絵の中でスノウとホワイトが「きゃっきゃっ」とはしゃいでいる。安全を確認したシノとヒースクリフと共に現れた村長は、礼を言って何度も頭を下げていた。
気まずそうに泉に視線を遣ったのは晶だ。
「だいぶ水が少なくなっちゃいましたけど……」
「気にせんでください。元々ここは水が豊富な地。またすぐに涌き出てくるでしょう」
「それなら良かったです」
「もう遅い時間ではありますが、食事と酒を用意しますよ! 楽しみにお待ちください!」
心配の種がなくなったお陰か、村長は軽い足取りで民家の方へと戻っていく。他にも数人の村人が外に出てきていたが、手を繋いでいる者はいなかった。
「一件落着ですね。オーエンもカインも格好良かったです!」
「はは。ありがとうな」
「当然だろ」
「ええっと……ところで、なんですけど……」
突然、晶の歯切れが妙に悪くなる。彼の視線と、彼が持っている絵の中の双子の視線、それだけでなくシノとヒースクリフの視線も同じ場所に集中していた。――カインとオーエンの右手に。
「魔女の魔法にかかってたんですよね? もう解けてると思うんですけど……」
「「あ」」
と声が出たのはオーエンと同時。
そうだった。まだオーエンと握手をしたままだった。離しそびれていたというか、なんというか。……前にもこんなことなかったか?
物凄い罰の悪さを感じつつ、手を離す。オーエンがとてもわかりやすく舌打ちをした。
「アオハルじゃのう」
「甘酸っぱいのう」
「……死んで」
「きゃーっっ」
翌朝。
夜通し手厚いもてなしを受けたカイン達はやや寝不足の状態で魔法舎に帰ってきた。今日は一日休みにして貰ったのですぐに寝ても良かったのだが、課題の進捗を確認していなかったことに思い当たり、カインの部屋で二人、ビンゴカードを確認する。カインの認識が正しければ、「ゲームをする」の三番と「肩を並べて戦う」の十八番に丸がついて見事ビンゴが完成しているはずだ。
結果、予想通り縦一列に花丸が並んでいた。これで、課題を完全に終えたことになる。オーエンにハグをして喜びを分かち合いたいところではあるが、その前に気になることが一つ。
「十九番にも丸がついてるのは何でだ……?」
十九番は「言い争い→仲直り」。
「騎士様のうっかりで手が離れなくなった時のあれだろ」
「あー……」
「ほんと基準が謎なんだけど」
「言い争いってほどでもなかったけどな?」
「仲直りなんてしてなくない?」
「ん?」
「は?」
オーエンが怪訝な顔をしていた。多分、自分も似たような顔をしている。どうやら、認識の違いがあったようだ。
カインは姿勢を正し、オーエンに恭しく頭を下げた。
「ならここで仲直りをしないか? 俺の未熟さに巻き込んでしまって本当にすまなかった。もう同じ過ちは繰り返さない」
「……」
「ええっと……これじゃ駄目かな」
顔を上げ、彼に和解の握手を求める。オーエンは無言でその手を見下ろすだけだった。
「スノウ様達に報告しないとだろ? せっかくクリアしたんだから、笑顔で行きたいじゃないか」
長い長い沈黙の後。
「……別にそんなのどうでもいいけど」
言葉とは裏腹にオーエンは最終的に手を握ってくれる。妙に嬉しくなったカインは、「オーエン!」と名前を呼んで、その手を左右に揺らした。
「言っとくけど、険悪な状態で行ったら課題を増やされるとかまた面倒なことになりそうだなって思っただけだから。勘違いするなよ」
「はは。いいよ、それで。どうせなら、手を繋いで行くか!」
「は? ふざけ……、ちょ、この馬鹿力……っ!」
オーエンの手を引いて、踊るような足取りで部屋を出る。
罵倒やら文句が色々聞こえてきたが、彼は無理矢理手を振りほどこうとはしなかった。
オーエンとカインが課題を無事にクリアした。
任務から帰ってきた後、報告書の作成を手伝って貰う為に双子の部屋にいた晶は、彼らからの報告を直接聞くことができた。
それはそれとして、入ってきた時一瞬、二人が手を繋いでいたように見えたのは気のせいだろうか。……気のせいだよな。
(いやでも、この課題をクリアしてるんだから、おかしくない……のか?)
思った以上に丸の数が多くて驚いたというか、なんというか。
うっかりすると頬が緩んでしまいそうで、彼らが部屋を出ていくまで耐えるのに必死だった。オーエンは最初嫌がっていたし、カインは晶を心配して課題に挑んでくれたのだ。その気持ちに感謝して嬉しく思うのは良いとしても、ラブコメの気配を勝手に感じてにやけるのは失礼にあたるだろう。
(俺も癒しを求めていたのかもしれません、前の賢者様……)
まあ、スノウとホワイトは遠慮なく普通にニヤニヤしていて、オーエンにずっと睨まれていたのだが。
「まさか本当にクリアしてしまうとは……。オーエンも随分と丸くなったものじゃ」
「予定より御褒美はマシマシにしてあげようかの」
「そだね」
孫へのプレゼントを考える祖父のようなノリで、二人は楽しげに会話をしている。
「このまま付き合い始めるに我だけが知ってるフィガロちゃんの恥ずかしい秘密を賭ける」
「ホワイトがその気なら、我はどう見ても付き合ってるのに付き合ってない曖昧な状態が続くにオズちゃんの可愛らしい秘密を賭けよう。オーエンちゃん、好きとか絶対認めなさそうじゃない?」
「あ。わかるぅ」
……と思ったらまた女子高生のようなノリで微妙に不穏な賭けが始まってしまった。
どちらに転ぶかはわからないし、どちらにも転ばないのかもしれないけれど。
とにかく二人が笑い合えている瞬間が少しでもこの先多くあればいいと、晶は願ったのだった。