三途リバーサイド(月鯉)「優しい兄だった。」
鯉登が亡き兄について話す時、必ずと言っていいほどそう口にした。
それはそうだろう、と月島は思う。十以上歳の離れた、小さな弟。可愛くて仕方なかっただろう。恐らくくすくす笑いながら、童のまあるい頬に悪戯っ子の瞳で「あにさぁのさくらじまだいこん」などと言ったこともあるのだろうが。
「私には、きっと厳しい方でしょうね。」
ぽつり、と月島が呟くと、鯉登は目を丸くした。
「まさか。私にも優しかったのだぞ? 月島は、そんな私の兄に目くじらを立てられることなど何もしていないではないか。」
している、いろいろと。心当たりしかない。
そもそも現に月島が鯉登の亡兄の顔を見るとき、鬼の形相でなかったことはなかった。
「つくづく思います、私はいつも貴方のかわいい顔しか見てないんだなって」
月島が真顔でそう宣うので、鯉登は目を瞬かせて「そう、そうか。」と相槌を打つことしかできなかった。
月島が初めて鯉登の兄の姿を見たのは、鶴見中尉が消息不明となった函館での戦いの最中だった。月島は牛山との戦いなどで存外深い傷を負い、気力で鶴見中尉についていこうとしている最中に鯉登少尉に引き留められた後、気を失い恐らく三途の川を渡りかけていた。
三途の川には、川に不釣り合いなおおきな軍艦が浮かんでいた。
川に浮かべていい大きさではないだろう。軍艦を見上げ、呆気にとられながら月島は思った。・・・いや、罪人は、三途の川でもいっとう深い瀬を行かされるとどこかで聞いたことがある。そこであれば、軍艦も浮かぶのかもしれない。
船上に人影が現れた。目を眇めて月島は見上げる。純白の海軍の制服に身を包み、顔立ちも歳の頃も鯉登少尉に近しい青年だったが、月島に注がれる視線は苛烈で冷ややか。
「去れ」
青年はよく通る声で月島に投げかけ、踵を返した。遠ざかっていく船体に、俺を迎えに来たわけではなかったのかと思っている最中、船上に月島は鯉登の父の姿を見た。