「ごめん、立香。別れて欲しい」
大通り沿いにあるテラス有りの喫茶店。
その喫茶店の室内、客席の奥まった場所に、その男女はいた。
季節は、残暑見舞いが贈られる時期だが、残暑どころか酷暑も酷暑。
今日も外はとても暑かった。
けれど、2人の間の空気はとても冷めきっている。
それが空調によるものなのか、
女の名は藤丸立香。
特徴的な、レッドブラウンの髪の毛は、肩までの長さ。
その髪はハーフアップで結い上げて、べっ甲を模したバレッタだとめている。
服装は、黒の7分丈スキニーパンツに、アイボリーの5分袖カットソー。
白いウェッジソールサンダルとの組み合わせは、彼女のお気に入りコーデだった。
社会に出て2年。
会社の業務にも完全に馴染み、充実した日々をおくっていたはずだった。
そんな彼女の正面にいる男は………。
どうでもよいので、割愛。
兎にも角にも。
全ての始まりは、元恋人のその言葉から。
久しぶりに呼び出されたと思ったらこれだ。
立香は、彼の言葉の意味を瞬時に理解した。
クソヤロウ。そう言いたかったが、飲み込む。
目の前に居る、別れを求める男と付き合いはじめたのは、1年前の事。
知り合うきっかけは、更に半年前に行われた、立香の務める会社と、男の務める会社の提携記念パーティー。
話が合う事もあり、あっという間に仲良くなり深い関係になった。
けれど。
もう少し考えるべきだったと、立香は自分の男の見る目の無さにがっかりする。
3ヶ月ほど前から、デートがお預けになる頻度が増え、たまのデート中には、女の影がちらついた。
「他に気になる人が出来たんだ」
男はそう言ったが、もう、その相手と深い仲なのだとわかっていた。
1ヶ月前、デートをドタキャンされた日。
暇を持て余して出かけた先で、この男が別の女とホテルに入っていくのを見た。
不貞行為の決定的瞬間。
けれど、こちらから別れを切り出すのは負けたような気がして、何も言わずにいた。
「君は強い人だし、俺がいなくても大丈夫だよ」
そんな、勝手な事を言うのだから、始末におえない。
ただの浮気野郎だというのに。
だから立香も言い返す。
「そうね。私は強いから貴方なんかいらないよ」
にっこり笑って、大きな音を立てて椅子から立ち上がり、喫茶店からとっとと退散する。
コーヒー代は置いていかない。
そのくらいの金は払え。
まあ、そんな事をしても、立香の気は晴れないのだが。
相手の浮気という、最低な終わり。
立香は、悔しくて悔しくてたまらなかった。
けれど、それを顔に出すのは負けな気がして、絶対に男の前ではみせなかった。