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    ワンライ【浮気】
    互いの愛を証明するために周りを利用する2人の話。
    ※浮気はしていないけれどもモブ♀が🎈と🌟にキャーキャー言ってる。
    ※体育祭イベのネタバレ含む

    ワンライ【浮気】 ——声が聞こえる。

     骨の髄まで嫌味ったらしく響く、声が。

     類は両手で耳を塞ぎたくなる衝動に駆られたが、至って平静であるという無意味で誰のためにもならない意思表示をするために、背もたれに軽く体重を寄せて、椅子を後ろに傾けながらスマホを触る。画面の色は黒。つまり弄っているふりをしているだけでその行為自体も全くの無意味だった。どれだけ気を紛らわそうとしても類の心に燻る炎は消えない。

     〝体育祭、お疲れ様でした〟、〝かっこよかったです〟、〝私と同じクラスの彰人とも、あんなに仲が良かったんですね〟。

     窓際の席にいる自分でも容易に聞き取れる大音量の数々は廊下から響いていたが次第に小さくなり、男の「類が待っているからそろそろおさらばだ!」という朗らかな声によって、類が抱く嫌悪感の権化は徐々になくなっていった。すぐに教室の扉が勢いよく開き、中に入ってきた司がズカズカと機嫌良く、類のいる場所へと向かう。

     最後に廊下から聞こえたのは女子生徒の「頭、撫でられちゃった」という甲高い声。

     体育祭が終わってから一切の余裕がなくなっている類にとって、それは〝浮気〟と同義であった。

    「待たせたな!」
    「本当にね」

     ゴトン、とわざとらしく大きな音を立てて類は適当に触れていたスマホを机に乱暴に置いた。そして、自分の正面に立った司に冷水のような返事を浴びせる。明らかに、機嫌が悪いときの態度そのものだった。一言も言葉を発することなく静かに帰る支度を始めて「行こうか」と立ち上がったがその間、司の顔は一度も見ていない。

    「……?どうしたんだ?」
    「別に、大したことじゃないから気にしないでくれ」

     純粋な瞳で自分を見つめる司に舌打ちをしたい気分になったが、類は代わりに鞄の持ち手を力強く握りしめたことでそれを打ち消した。きょとんとした様子の司は少し戸惑いながら「あ、ああ」と言い、先に歩き始めた類の背中を追いかける。

     時折、類は透明な天然水のような司の純粋さに煩わしさを感じていた。この苛立ちの正体に気づいていないのか、それとも気づいていながら知らないふりをしているのか、それも分からない。ある意味では透き通った水面とは180度違う、考えていることや心の底がよく見えない男だとも思っていた。あくまで〝恋人〟という枠にはめたときの司の話だが。

     教室を出て左を見ると、いなくなったと思っていたはずの2つの〝声〟と目が合った。思わず絶対零度の鋭い目つきで睨みつけようとしたが、懸命にそれを抑えて穏やかな微笑みを見せる。

    「おや、まだ司くんに用があったかな?」
    「あ、あの、えっと……!」
    「?」
    「その、私達、神代先輩にもお伝えしたいことがあって……」
    「僕に?」

     もはや、類にはこれらが女子生徒の顔ではなく女の声を発するスピーカーにしか見えていない。もはや首より下の制服から全てを判断しているに過ぎなかった。そこから急に聞こえてきた自分の名前にピクリと口元が引き攣る。後ろの教室の扉からひょこっと顔を出した司が「なんだ、先程言ってくれればすぐにでも呼んだのに」と呑気なことを口にした。

    (呼ばれたってお断りだよ、楽しそうに女と話す君を間近で見るなんて虫唾が走る)

     女子生徒2人はもじもじと瞳を右往左往しながらも勇気を振り絞って類に想いを伝えた。

    「た、体育祭の演出、えっと、青組の……っ。あれを考えたのが神代先輩だったって聞いて……。本当に、凄かったです……!」
    「とても素敵でした、さすがフェニックスワンダーランドのキャストさんだなって!」

     隣に立った司がパァッと笑顔を咲かせながら「そうだろう‼︎」と、まるで自分が褒められたかのように反応し、冷めきっていた類の心にほんの少しだけ日差しが差し込んだ。

    「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいな」

     ふわりと笑えば小さな黄色い歓声がキンキンと鼓膜を刺激する。司の鈍感さに嫌気が差していた類は仕返しと言わんばかりに女子生徒と話を続けた。

    「よかったら今度、僕達のショーを見に来て欲しい。体育祭以上に君達を楽しませることを約束するよ」
    「……!は、はい……!」

     華奢な肩をぽんぽんと叩いて、「またね」と甘ったるい声で呟きこの場を去る。「待ってるからなー!」と手を振る司に今度こそ盛大な舌打ちをかましてしまった類は、聞こえてしまったかと慌てて彼の顔を見た。

    「?」

     またこの表情か、となにも伝わっていない司の様子にほっとすると同時に拳で壁を思いきり叩きたくなる衝動に駆られる。

     誰もいない廊下。2階と1階をつなぐ階段を降りる2人の足音だけがやけにうるさく響き渡っていた。

     
    「わざとだぞ」

     
     ——ふと、悪戯が成功した子どもの声が、隣から聞こえた気がした。金縛りにあったかの如く類の身体が硬直する。ほとんど同時に、もう1つの足音が止んだ。

    「類に聞こえるような場所で彼女らと話したのも、頭を撫でたのも、全部」

     階段を数段降りた類を見下ろす形で、司はその顔色を覗かせた。子どもとも大人とも違う、恍惚とした曖昧で熱を帯びた瞳が類を射抜く。

    「嫉妬したか?」

     数秒間、息すらできなくなっていた類はようやく声を吐き出した。溜まりに溜まった負の感情がドロドロと流れていくが、なぜか口元は弧を描いている。

    「それはもう、相手をぶち殺したくなるくらいには。いつのまに浮気してたのかなってね」
    「あれだけで浮気と表現するとは、随分心の狭い奴だ。本気で浮気するならもっと徹底的にやるぞ、オレは」
    「は?」
    「というか、それを言うなら目の前で女に触れたお前の方がオレよりたちが悪いじゃないか。あれこそ浮気だろう」
    「僕の苛立ちに気づかないふりをして愉悦に浸っていた君よりはましだと思うなあ」

     一歩近づいたことで段差1つ分の距離となった類は司の頬に片手を添えた。親指で目尻をさすれば、司はくすぐったそうに目を細める。

    「もしも本当に浮気をしていたら、僕は今頃君の腕を力いっぱい引っ張ってここから突き落としていたかもしれないよ」
    「そしたらオレはお前にしがみついて道連れにしてやるぞ!」

     ギュッと、頬に添えた方の手首を掴まれた。

    「…………どうしてそんな、僕を最高に苛つかせる真似をしたのかな?」
    「〝注目行動〟って知っているか?親からの愛情を満足に得られない子どもは、大人の気を引くためにわざと危険な言動や困らせる行動をして自分だけを見てもらおうとするらしいぞ」
    「…………僕からの愛が足りていないとでも?」
    「体育祭で随分色んな奴と仲良くなったらしいじゃないか」
    「フフ、怖いなあ。嫉妬していたのは君も同じということだ」

     全身が沸騰しそうなほど熱くなっているというのに、なにも抑えられない。純粋だなんてとんでもない解釈違いであり、司は純粋の皮をかぶった悪魔だと肌で感じた類はぐっと顔を近づけた。

    「好きだよ、司くん。本当に」
    「オレもだ」
    「浮気、しないでよ。僕だけを見て」
    「当たり前だ。したとしても、それは全てお前を繋ぎ止めるための手段にしかならない」
    「…………しないで」
    「——んッ」

     類は軽く背伸びをして司の唇と自分の唇を重ねた。すると、司はすぐに両手を類の首に回して身をかがめ、一層交わりを深くした。今まで何度も交わしてきたキスだが、今回の交わりが最も愛を感じられるものだと柔らかな感触を味わいながら類は思った。確実に、口内を蹂躙する自分の舌の動きに応える司はいつもより懸命に、そして積極的に快感を貪っている。

    (あのうざったい声にも、感謝しないと。こんな最高の舞台を用意してくれたのだから)

     誰もいない放課後の階段。窓から差し込むあたたかな光。体育祭によって2人に興味を持ち始めた生徒達。それらは全て彼らを輝かせるために用意された、大事なモノ。天馬司と神代類にとって周りの環境や他人は、互いの愛を共有し、深め、自分達を照らすための舞台装置である。

     どう使えば相手が自分に執着してくれるかを考えながらそれらを動かす、2人の役者。愉悦に塗れるためにとる、最高で最悪な手段だった。
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