酷い男3(読ロド)引きこもりで力が衰えたとか抜かすアイツの体は痩せの域を超えてガリだし、よく死ぬ割に復活が遅いクソ雑魚おじさんだし、失礼な事をサラッと抜かしてきやがるし、唆る要素なんて何一つ無いはずだった。まあ作る料理は美味いし、ドラルクの持つ知識は役立つし、時折誘われるゲームは面白いから、仕事でもプライベートでも付き合いやすい相手ではあった。
しかしどんなに付き合いやすくとも、相手は吸血鬼。心の底から気を許すことはないし、吸血鬼退治人は、皆酒や毒に対しては多少の耐性を付けている。……だから、あの夜夕食で振る舞われたワインなんかじゃ少しも酔わなかった。
でもお前があまりにも無邪気に笑うから。無駄な気を張ってるのが馬鹿らしくなった俺は、つい、そう、ついそんなお前の余裕を崩してやりたくなってキスをした。その先も。
あれ以来、携帯に掛かってくる数々の連絡を無視して、俺は頻繁にドラルクを呼び出すようになった。実際どんな相手よりも相性が良く、骨と皮しか無いような、けれどもシルクの様に繊細で肌触りのいいアイツの体に無中になった。加えて具合も抜群にいい。ずっと中に収まっていたいぐらいだ。ドラルクはそんな俺を絶倫と言っていたが、他じゃやらねぇよとは終ぞ伝えなかった。
お前だけだよと言えていたなら、或いは。
そんな自分の言いように相手を使っていたツケは、突然回ってきた。
「どうして毎回私を呼ぶの?君ならそういう相手ごまんといるだろうに」
「そりゃお前、相性が良いからに決まってんだろ。何分かりきったこと言ってんだよ」
「でも、私と君の始まりはその、事故みたいなもので……一回限りならともかく、こんな何度もとなるとどうかと思うよ」
事故、事故ねぇ。そう思ってんのはお前だけだよと心の中でほくそ笑む。こいつがこうやって俺の言動で一喜一憂してるのが堪らなくおかしくて、得も言われぬ充足感にも似た何かが胸の中を駆け巡る。
「んだよかまととぶりやがって。別にこういうのは200年生きてるお前にとっちゃ、初めてでもねーだろ」
ーーー俺からすればなんて事ない、いつも通りの駆け引きだった。だけど、ドラルクは
「は、」
ぽろりと、赤い瞳から透明なものが一筋流れる。それは堰を切ったようにどんどんと増えてあいつの痩せこけた頬を濡らした。涙だと認識するのに、時間がかかった。
「初めてだよ」
「君が、全部」
「人を好きになるのも、こういうことも」
「あの日の夜の事だって、本当は嬉しかった。あの日の記憶さえあれば、もう何もいらないくらい幸せで……だけど君はそうじゃない。そんなこと、分かりきってたはずなのに……」
「たいじにんくんなんて、きらいだ……」
きらい。きらい。嫌いって事か?そうかお前、俺が好きだったのか。
じわりと心臓から温かいものが広がったのも束の間、それは腹の底で冷えていく。『血の気が引いていく音』を、初めて聞いた気がした。
それからの記憶は曖昧だ。どうやって帰ったかさえ覚えていない。ただ震える唇で「わかった、もう、お前の事は抱かねぇよ」と伝えた事。汚れた体もそのままに服を着て部屋を去っていくドラルクの背中。そしてハラハラと流れるアイツの涙が鮮明に脳裏に焼き付いた。
今まで見てきたどんなものよりも、美しく、綺麗な涙だった。シーツに染みた水滴の後をそっとなぞる。直接は、拭ってやれなかった。あれは、あれだけは俺の触れていいものじゃなかった。
とんだ、大馬鹿野郎だよ。