酷い男5反射的に身を翻そうとした私を、退治人君は引き止めてきた。
「頼むから」
「え?」
「……ここに、いてほしい」
退治人君は自覚してるか分からないけど、彼は時々今みたいな物寂しい顔をする時がある。いつもの豪胆な気迫は也を潜め、顰め面が剥がれた彼は…年相応の素直な青年という感じで、私はそのギャップに大層弱かった。突き放しきれない私の態度を是と捉えたのか、退治人君は私のマントの裾を引っ張り、強引にベッドに腰掛けさせた。裾はまだ離してくれなかった。
そう言えば、こんな風に何もされない2人きりの状況は久しぶりだ。今まで退治人君とどうやって会話してたんだっけ。仕事の話と、ゲームの話。あとロナ戦のネタになりそうな吸血鬼の豆知識を少々……そうか。私達の共通の話題なんて、これっぽっちしかなかったんだ。でも、そのこれっぽっちで回っていたんだな。一体いつから歪んでしまったんだろう。それからいくら考えても掛ける言葉が見つけられず、やっぱり帰ろうと立ち上がりかけた時。今まで静かだった退治人君が口を開いた。
「やっぱり嫌か」
「え?」
「俺なんかの顔見るのは」
「……」
「ずっと目、合わねえから」
完全に無意識だった。だって頭の中は全く整理つかないし、目を合わせたらまた泣いちゃいそうだから。でも、嫌かと言われたら違う。それだけははっきりと言える。
「違うよ。嫌なら……ここに来てない。ただ私が、その、勝手に気まずさを感じているだけで」
そうだ。これは私の身勝手な恋なのだ。到底釣り合わぬ恋心を勝手に抱き、期待をし、傷つき、子どものように泣いて彼に当たった。ただそれだけのことだ。ーーーああでも、文句を言いながらなんだかんだ私の復活を5時間もまってくれる、優しい彼の事だ。気にしてくれていたのかもしれない。ずっと退治人君の前では、なんでもない様に振舞っていたから。
「君は何にも気にしなくていいよ。もう終わったことだから」
「……」
「でもやっぱり暫くはまともに顔を見るのは難しいから、少し距離を置きたいというか。やっぱり私も気持ちの整理がまだついてないし。ロナ戦は……不定期の出演だったし、フェードアウトしたって誰も気にしないでしょ」
「俺は気にする」
突如起き上がった退治人くんが、今度はマントの裾ではなく私の手を握る。ぎゅう、と熱く大きな手で握られて砂になりそうと思ったけど、私の触り方をよく知っている彼が力加減を間違えるはずがなく、死ぬに死ねなかった。
「退治人くん?」
「お前が隣りに居ないと、落ち着かないんだ」
「…でも、私は」
「今後も仕事の事でしか呼ばない。だから……コンビの解消だけは、勘弁して欲しい」
頼む、と。頭を下げた彼の旋毛を見た瞬間ふつふつと湧いてきたのは怒りだった。
ーーー結局、この男は私の意見なんざ、一言も聞いちゃくれないのだ。
「ふざけるな!!!」
今までに出した事がない声が出た。退治人くんも目を丸くしている。ああ、全然こんなのおノーブルじゃない。でもそんなのどうでもよかった。
「もううんざりなんだ!君に振り回されるのは!!!好きな気持ちをひた隠して傍に居るのはもう辛いんだよ!!」
「どら、」
「仕事の事でしか呼ばない?当たり前だろ!本来私達はそれ以上でもそれ以下でないんだ!だけど、その仕事ですらもう嫌なんだ!!」
「君の…!顔を見てしまったら、きらいになれないだろ……」
息を吐く度に出てくる退治人くんへの憤りは、徐々に勢いを無くしていく。それでもまだまだ言い足りなくて馬鹿とかアホとか、思いつく限りの言葉を投げつける。言いたいこと言って少しだけスッキリした。これだけ言えば、私とコンビを続けようだなんて気持ちも萎えるだろう。その証拠に退治人くんは顔を俯かせて黙りしている。そう、顔を真っ赤にして息を荒くさせ、額に脂汗をかきながら……
「え?え?退治人くん!?」
ぐらりと、彼の体が私に向かって倒れてきた。当然支えきれず下敷きになってしまい今度こそ砂になってしまう。良かった。今日はまだ一回目だから再生も早く済む。抜け出しながら上半身だけ元に戻した。
「た、退治人くん」
私はなんて事を!彼は怪我人で安静にしなければならないのに、大声で一方的に責めて!とにかく人を呼ばなければとベッドから降りようとした時、弱々しい声が聞こえた。
「ごめん……ごめんなドラルク」
「俺はどうしようもない馬鹿だから、お前の気持ちに、苦しみに気づいてやれなくて」
「お前の優しさに漬け込んで、尊厳を踏み潰して、許されない事をした。でも……離れたくないんだ」
「他の女達とは、別れるよ。全部精算する。そんで、俺の全てをドラルクに渡すから」
「……好きなんだドラルク。傍に、いさせて欲しい」
退治人くんの謝罪に私がどう答えて良いか迷っているとギルドのメンバー達が何事かと駆けつけてきた。そして仲間の前だと言うのに構わず私に謝り続ける退治人くんをみて「ホントにさいてーだよお前は」「恥を知れ恥を」と容赦なく頭にゲンコツやら蹴りやらを入れて去っていく。まるで嵐のようだ。撃沈して漸く静かになった退治人くんを見下ろした。
譫言、だよね。離れたくないとか、女とは別れるとか…………好き、とか。汗に塗れた額を、そっとハンカチで拭う。やっぱり私は君に振り回されてばかりだ。
それでもーーー
あれから3日後。久しぶりに退治人くんが城に訪ねてきた。両頬いっぱいに紅葉を携えて。
「随分と男前になったね」
「お陰様でな」
「情熱的だ」
「揶揄うなよ」
2人して軽く笑いあった後、広間に通そうとした私を退治人くんが制して、マントの下から一輪の薔薇を差し出してきた。
「最低なことをしてきた自覚も、最低な男だって自覚もある。それでも、お前の隣りに立つ権利がほしい」
「熱の、戯言じゃなかったんだ」
彼は苦笑いをすると「全部覚えてる」と言った。
「……わたし、もうラブホの前で呼び出されたくない」
「もう絶対呼ばねぇ」
「君とゲームがしたいよ」
「お前の好きなゲーム、全部買ってやる。クリアするまで何時間でも付き合うぜ」
「久しぶりに料理を食べて欲しい」
「いつでも呼んでくれ。絶対、全部食うから」
「あと……あと君の好きな本や、趣味、何でもいい……。退治人くんと、沢山お話がしたい」
「……っ」
「5分でもいいんだ。面白いと感じたこと。嬉しかったこと悲しかったこと。ロナ戦には載せられなかった没話。どんな些細な事でも良い。君の事を、沢山教えて欲しい。」
「夜が明けても傍にいて欲しいよ、ロナルドくん」
名前を呼んだ瞬間、私の大好きな赤に包まれた。そういえば、ロナルドくんから煙草の香りがしなくなったのはいつからだったっけ。後で聞いてみよう。
ポタリと肩に落ちてきた水滴には、気付かないふりをする。その代わり恐る恐る背中に手を伸ばせば、ロナルドくんの腕が答えるように力を込めた。ドクドクと、私にはない熱い鼓動が伝わってくる。
好きだよ、ロナルドくん。嫌いになんてなれないくらい。
完