マント/カイロ読ロド/ドラルク視点
マント
今宵もヴァンパイアハンター・ロナルドに呼び出された真祖ドラルクは、洋館に住み着いた敵性吸血鬼の退治に、その強大な力と知恵を駆使し、解決へと導くのであった。
「ーーーていう書き出し、どう思う?」
「吸血シロアリの駆除だなんて誰も思いもしないだろうねぇ」
殺鬼剤をひたすら撒く退治人くんを、離れた場所で眺めながら雑談を交わす。
今日は来る前に二度死んでいることもあって、着いて早々「オメーはあっちで待機」と相方命令が下された。確かにうっかり一吹き浴びようものなら次はいつ復活出来るか分からないし、私の塵がシロアリ達の塵と混ざっても困るもんね。そう言うと何故だか退治人くんはゲッソリとした顔をして「あんなのは二度と御免だ」と答えた。恐らく先日の依頼の事を指しているのだろうが、最後の方の記憶が曖昧なのでいまいちピンと来ない。ただ清々しい気分だったのは覚えている。
「ーーーおう、終わったぜ」
そんな事を考えていたらいつの間にか黒いゴミ袋を両脇に抱えた退治人くんが目の前に立っていた。お疲れ様と労って、彼の全身をざっと見やる。怪我は…無し。所々帽子や肩が埃と吸血鬼の塵とで白く薄汚れている。
「コートと帽子、預かっておけば良かったね」
「いや、これは防具代わりでもあるからな。退治の間は脱がねぇんだ。それに、そろそろクリーニングに出そうと思ってたから丁度いいわ」
帰るぞとマントを翻す退治人くんの後ろ姿に、胸の辺りがもやっとした気がした。
「……?」
ペタペタと胸を触ってみるけど、違和感はない。いつも通り真っ平らだ。
「気の所為、かな?」
「おい。早く行くぞ」
「あ、うん」
……まあ、いいか。大したことじゃないし。今しがたのことは頭の隅に追いやり退治人くんに促されるまま洋館を出ると、肌を突き刺す様な寒さに襲われて思わず死にそうになる。「おい!今絶対死ぬんじゃねぇぞ!」という声でなんとか堪えられたけど、耳が少し砂ってしまった。
「ううう……寒い!!!なんか来た時よりも寒くなってるんだけど!?」
「夜は冷え込むって予報で出てただろーが!ちゃんと防寒してこい!!はー……せめて俺の手が空いてる時に死んでくれ。そうすれば、絶対受け止めてやれるから」
「え、」
あれ?なんか、いま、凄いこと言われた気がする。そして色々な衝撃で頭が混乱する私に追い討ちをかけるように、退治人くんはゴミ袋を置いてマントを脱ぐと私の肩に羽織らせた。
「これでちったぁマシになるだろ。汚れてんのには目を瞑れよ」
「でも、これじゃあ君が寒いよ」
「お前と違ってこちとら鍛えてんだ。これくらい屁でもねぇわ」
「防具代わりだって言ってたのに、私の前で簡単に脱いじゃうし」
「あ?何が問題なんだよ」
本当になんでもない事のように言う退治人くんの顔に、今度は心臓がツキンと痛んだ。なんだか私、変だ。彼の言葉に振り回されてる気がする。でも不思議とさっきより嫌な気はしない。何でもないと言うと、変な奴と笑われた。
君に言われたくないよ!
読ロド/ロナルド視点
カイロ
「なんだこれ」
最早勝手知ったるこの城で初めて目にする“それ”は、テーブルの上でシャンデリアの光を反射し、キラリとその存在を主張していた。
俺を出迎えようとして躓き塵になった腕の中の家主をそうっとソファに置き、自分も腰掛けて“それ”を手に取る。
見た目はオイルライターのようだが、サイズは二回りほど大きい。ケースの側面は緩やかな湾曲を描いていて、ツルリとしているのに滑ることなく手に馴染む。蓋を開けると凹凸した突起が付いており、中には黒いフェルトのようなものが詰まっていた。何となしに触れ、グッと親指に力を込めてみる。
パカッ
「あ」
カバーだったのか、これ。容器の方にも白い綿が入っている。微かにオイルらしき匂いが漂った。
「ハクキンカイロだよ」
写真を撮って検索を掛けようとした所で、タイミング良く再生したドラルクが、俺の求めていた答えをくれた。
「ハクキンカイロ?」
「100年ほど前に富裕層向けに発売されたカイロでね。軍需品としても高い価値を見出され広く普及されたんだよ」
「ほー」
「プラチナ触媒とベンジンで触媒燃焼を起こして、その熱を利用したカイロなんだけど保温性が抜群でね。デメリットもあるけど今でも愛好家は多いし結構便利なんだ。今ほど暖房器具が発達のしてない時代では、それは重宝したよ」
過去のことを語るその口調が、瞳が、生き生きとしている。きっと、このカイロには楽しかった思い出が沢山詰まっているのだろう。それにこういう知識はいつかロナ戦で使えるかもしれねぇ。もっと情報を引き出すつもりで口を開いたがーーーすぐ閉じられることとなる。
「ここ数年は引きこもってたから外出する機会もめっきり減って仕舞いこんでいてね。すっかり忘れてたんだけど、最近寒くなってきたし君の仕事の同行をする事が増えてきただろう?それで思い出して引っ張り出してきたんだ」
「ふふ、100年前にこんないい物をプレゼントしてくれたアレックスには感謝しなきゃ」
誰だそいつ。
「誰だよそいつ」
「私の幼馴染だよ。彼は新しい物好きなんだけどね、手に入れた物は私と共有したがるんだ。このハクキンカイロもその1つさ」
幼馴染。プレゼント。共有したがる…そのキーワードだけで何か知らんがムカムカしやがる。それに、ドラルクがこのカイロを使う所を一瞬でも想像しようものなら腸が煮えくり返りそうだ。くそっ!こんな感情に振り回されるなんて全くロナルド様らしくねぇ。どうすればいい。どうすればドラルクにカイロを使わせないで済む。
「……寒いなら、俺がもっといいカイロを買ってやる」
「え?」
「いや、これだけじゃあダメだな。コートも買いに行くぞ」
「え?え?」
「まだ足りねぇか?なら手袋とマフラーも新調だ!」
「ちょっと退治人くん!?どうしたの!!?」
「アレックスにはぜってぇ負けねぇ!!!」
「急に闘志燃やし出して怖いんだけど!!!??何なのこのバトルジャンキー!!!」
後日、週バンにドラルクと二人で買い物する様をすっぱ抜かれて色々噂されたが、そんな事よりも無事カイロは使わせずに済みそうになったので俺的には満足だ。
何故だかドラルクはげっそりしていたが、今度いい血液ボトルを差し入れてやるか。