【後夜祭/鍵開け】最後の食事も、君と「最後の日には何が食べたい?」
そう言い出したのは燭台切で、元を辿れば防人作戦という何の先触れもなく始まったそれの痕跡を引きずり、いつとも知れない最後の日を誰ともなく憂い始めたのが切欠だった。七年も過ごしていれば切替えも早いもので、投げられた正答等ない戯れに皆くすくす笑ってああでもないこうでもない、と話に花を咲かせていく。何より肉の器とは、こと食に関しては正直なものだ。
「伽羅坊は何が食べたい?」
鶴丸が、傍らの大倶利伽羅に訊く。カップのバニラアイスを黙々と食べ進めていた大倶利伽羅は、顔を上げ鶴丸を見たままじっと考える素振りをすると、そのまま鶴丸を指差した。
「人を指差すのは行儀が悪いぜ?」
「アンタもするだろう。」
「ところでこれは答えなのか。」
「ああ。」
どうでもいい、くらいの反応だろうなと踏んでいた鶴丸は簡潔なそれに面食らう。
「驚いたな、まさか君が腹上死をお望みとは。」
正直に述べれば、大倶利伽羅は何言ってるんだ此奴と言いたげな顔をした。それはこっちの台詞だと、鶴丸は視線で返す。それを無視して大倶利伽羅は、さも当然と言わん態で「お前の肉だ。」と返した。
「最後の日というなら、もう躰は不要になるんだろ。」
だから食わせろ、と何て事ない顔で言う。断られる事など想定もしていない、そんな顔で。そしてそれに、黙ってはいそうですかと頷く鶴丸ではない。
「えええ、何だ君それ、ずるい!それが有りなら俺だって伽羅坊の肉を食べたいに決まってるだろう!」
「五月蠅い、アンタは光忠特製ずんだ餅なんだろ。」
「だってなあ、皆いる手前っていうのが…ん?待て、これだとどっちかが食えなくなるのか…?」
「腕を落とせばいいんじゃないか。」
「そうか。あ、いや待て、それだと食べづらい。足にしよう、両手がある方が食べやすい。」
「ん。」
「いや何て会話だよ。」
大倶利伽羅が再度バニラアイスを口に運んだところで、太鼓鐘が口を挟んだ。彼が手にしているのはソーダ味の棒アイスだ。因みに鶴丸はチョコアイスを早々に食べ終えている。
「最後の食事についてだろう?」
「そうなんだけどさぁ。そこでカニバリズムになるって流石に思わねーよ。」
不思議そうに返す鶴丸に、太鼓鐘が呆れたように溜息をつく。その七割方の対象であるところの大倶利伽羅は、完全に我関せずで溶けかけたアイスを掬う方に意識を向けていた。
「かにばりずむ?」
「鶴さん知らなかったか。人が人肉を食う事だよ。民俗とか宗教とか、本当はそこ辺りが絡むから趣味とか趣向ってことだけじゃないらしいけど。」
「へえ、よく知ってるな。」
「テレビの受け売りだよ。」
心底感心したと頷きながら、鶴丸がかにばりずむ、かにばりずむかぁ、と刻み込むように復唱する。
かにばりずむ、かにば、かに。
「「…蟹味噌…。」」
重なった声は二つ。確認するまでも無い、鶴丸と大倶利伽羅だ。そうして各々好きな方向を向きながらも脳裏に同じものを描き見ているだろう二振を見て、太鼓鐘は心底呆れながらアイスの最後のひとくちを齧った。
「もう最後は二人で蟹鍋でもつついてろよ。」
「それもいいな。その時は貞坊も一緒にどうだい?」
「美味そうだけど龍に蹴られたくないから遠慮する。熱くて甘いんじゃ胃もたれ起こしそうだし。」
ごちそーさん。言って、太鼓鐘が棒を片しに立ち上がる。それを「おそまつさま」と見送った鶴丸は、ついにこみ上げるものが耐え切れず、むにむにと口元をゆがめた。
「…何だ。」
それを不思議そうに見遣る大倶利伽羅に、何もないと返そうとして、口を噤む。
「(なあ、君は)」
大倶利伽羅は、気付いているのだろうか。この他愛もないたとえ話の中で、彼が何の疑いも無く最後の日に鶴丸が傍にいることを想定したこと。そしてその事実が、どうしようもなく鶴丸を満たしているということを。
正直なところ、鶴丸は何を食べるんだっていいのだ。燭台切特製のずんだ餅だろうが、アイスだろうが、蟹だろうが、躰そのものだろうが。そこに大倶利伽羅が在るならば、何だって。
伝われば良いと思う。最後の食事だろうが何だろうが、君がいればそれでいいのだと。
だから、鶴丸は。
「しあわせなんだ。」
そう言って、素直に笑った。