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    mito_0504

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    センチネルバース第三話 進捗報告 後半も書き終わったらまとめて推敲してぴくしぶにあげます

    #くりつる
    reduceTheNumberOfArrows

    忘れ草③進捗 耳を劈く蝉の鳴き声、じめじめと肌に纏わりつく湿気、じりじりと肌を焼く灼熱の陽射し。本丸の景色は春から梅雨、そして夏に切り替わり、咲いていたはずの菜の花や桜は気付けば朝顔に取って代わられていた。
     ここは戦場ではなく畑だから、飛沫をあげるのは血ではなく汗と水。実り色付くのはナス、キュウリ、トマトといった旬の野菜たち。それらの世話をして収穫するのが畑当番の仕事であり、土から面倒を見る分、他の当番仕事と同等かそれ以上の体力を要求される。
    「みんな、良く育っているね……うん、良い色だ。食べちゃいたいくらいだよ」
    「いや、実際食べるだろう……」
     野菜に対して艶やかな声で話しかけながら次々と収穫を進めているのは本日の畑当番の一人目、燭台切光忠。ぼそぼそと小声で合いの手を入れる二人目は、青白い顔で両耳を塞ぎ、土の上にしゃがみ込んでいる鶴丸国永だ。大きな麦わら帽子に白い着物で暑さ対策は万全、だったはずの鶴丸だが仕事を開始してからの数分間でしゃがんで以来立ち上がれなくなり、そのまますっかり動かなくなっていた。燭台切が水分補給を定期的に促していたが、それでも夏の熱気には抗えなかったようだ。
    「鶴さん、本当に大丈夫かい? 日陰で休んでおいでよ」
    「いいんだ……俺は真面目に働かなくちゃいけないからな……」
    「でも結局働いてないじゃないか。どうしたんだい、急に。前は逃げて追いかけられてばかりだったのに」
     春の頃、鶴丸は燭台切の指摘通り当番仕事をボイコットしてばかりで、更にそんな鶴丸を当番に従事させるために探し歩く刀たちからもセンチネルの聴力を活かして悉く逃げ回っていた。最後には教育番長の一期やそのボンドパートナーの三日月に捕らえられて手合わせの道場に連行されて打ち負かされるのが常だったわけだが、それでも鶴丸は懲りずに毎日逃げ続けていた。
     そんな鶴丸だが、ここ数日は馬当番にしても畑当番にしても定刻通りに現場に入っている。結局暑さに負けて倒れているがそれはそれ、やる気だけはあるらしい鶴丸に燭台切は感心し、同時に少しばかり心配もしていた。畑に現われた鶴丸は顔色も悪ければ唇を噛みしめて何かを思いつめているようにも見える有様だったからだ。
     燭台切からの問いかけに、鶴丸は土を指先でいじりながら小声で答えた。
    「それが良くなかったんだ……俺は反省したんだよ、燭台切。これ以上本丸のみんなに嫌われたらと思うと恐ろしくて夜も眠れん……ちなみに現時点で眠れぬ夜を三度明かしている。おかげで昼間にぐっすりだ」
    「不眠症じゃないなら夜に寝なよ」
     だから日中にふらついていたのか、と合点がいって頷いた燭台切だったが、よくよく鶴丸の言葉を反芻してみると引っかかるものがある。白い指を土に埋めてどこか虚ろな目をしている鶴丸には哀愁が漂っているが、数日前にはご機嫌で本丸内をにこやかに歩き回っていたはずだ。確か、一期との手合わせで初めて一本とることができて、ご褒美をもらえるんだとか何とか言っていたような気がする。それがどうしてこうも沈み込んでいるのか、燭台切には全く心当たりがなかった。
    「ねえ、嫌われるっていうのはどういうことだい? 伽羅ちゃんや一期さんたちと何かあった?」
    「いや……これは話せば長くなるんだが」
    「長話かい? それなら休憩にしようか。お茶を飲みながらゆっくり聞かせてもらうよ」
     パン、と手を叩く音が響く。耳をふさいだままだった鶴丸にもその音は響いたのか、反射的に肩を揺らしてぎゅっと瞼を閉じた。そして恐る恐る目を開く頃には燭台切は既に収穫した野菜を荷車の上に並べ始めていて、見るからに撤収の準備をしていた。
    「休憩? でもまだ仕事は残って……」
    「いいからいいから。どうせ鶴さん動かないんだし、作業効率は変わらないよ」
    「う……燭台切、きみって意外と辛辣だな……でもまあきみの言う通りか。俺、今日も役立たずになっちまった……おっと」
     ひゅうと風が吹きつけて、しょんぼりと肩を落として立ち上がろうとした鶴丸の頭から麦わら帽子がふわりと浮き上がる。そのまま宙に浮いて飛んで行ってしまいそうに見えた帽子だったが、空高く舞い上がるより先にくるりと楕円状の軌道を描いて鶴丸の手元に戻った。
    「よっ、と。ありがとな~」
     両手で帽子を掴んだ鶴丸はそれを深くかぶり直し、空に向かってひらひらと片手を振った。眉間のしわは薄まって穏やかな笑顔が戻り、青白かった頬もいつのまにか血色が良くなっている。
    「鶴さん、空に何かいたの?」
    「おう。大倶利伽羅の龍が、こいつを回収してくれたのさ」
    「へぇ。良かったね。伽羅ちゃんの龍って、どんな見た目なんだい?」
     燭台切はミュートだ。センチネルやガイドと異なり、スピリットアニマルを視認することはできない。昔馴染みの守護霊ともいえる存在がどんな姿をしているのか興味が尽きることはなかったが、当の本人に尋ねても「黒いな」としか言わなかったし、かつて鶴丸に尋ねた時も「でかいな」としか言わなかった。案外似た者同士なのだろうと微笑ましく思うと同時に、きっとこれを歌仙兼定あたりが聞いたら語彙の少なさを嘆くだろうなぁと呆れたのをよく覚えている。果たして今その龍に笑いかけている鶴丸は、なんと表現するのか。興味本位で尋ねた燭台切に、鶴丸はにぃと口角を上げて自慢げに胸を張った。
    「黒くてでかくてかっこいい、立派な俱利伽羅龍さ!」
     俺が本丸のどこでぶっ倒れても必ず見つけて連れ帰ってくれる、優秀なやつさ。燭台切と並んで荷車を押し歩きながら誇らしげに笑う鶴丸だが、おそらくそれは必ずしも龍が優秀だから連れ帰るというわけではないのだろう。だがそれを指摘するのも野暮な気がしたので、燭台切は「そうなんだ、かっこいいねぇ」と笑って相槌を打つにとどめた。


     遠足、という名の遠征任務への出陣許可が出てから、鶴丸は編成を組むために固定編成の大倶利伽羅以外の刀に声をかけることにした。一期からは親しい刀に声をかけてみるように言われたが、記憶喪失以前に本丸でどの刀とどう接していたのかを思い出すことができなかった鶴丸はとりあえず自身の来歴を振り返り、縁のありそうな刀に声をかけることにした。そして一振り目。
    「遠足、かい? うーん……僕はきみのことを知らないからなぁ。せっかくのお誘いだけど、お断りするよ。子守りなら他に適任がいるはずだよ」
     源氏の重宝が一振り、髭切。安達家にて鶴丸と縁があったセンチネルの刀であり、彼のボンドパートナーであり弟でもある膝丸と一緒に来てほしいと伝えてみたのだが、にべもなく断られてしまった。しかも知らないとまで言われてしまったのでは困惑するしかない。編成が決まっているのも鶴丸と大倶利伽羅の二振りだけで見た目の幼い短刀は含まれていないのだから、子守りと言うのもおかしな話である。
    「えっ。きみ、鶴ちゃんを知らないのかい? あれぇ? おかしいな……きみを見たことがある気がしたんだけどなぁ……」
    「多分気のせいだよ。じゃあ僕は弟とおやつを食べる約束があるから、失礼するよ」
    「えぇ……そんなぁ……」
     じわりと瞳を潤ませて廊下に立ちすくむ鶴丸を置いて、髭切は自室に戻ってしまった。知己であるはずの刀からあからさまに他人のフリをされてあしらわれた鶴丸はその晩、動揺と不安と寂しさのあまり一睡もできなかった。
     翌朝。そういえば髭切は弟の名前すら忘れているのだし、きっと鶴丸のこともうっかり忘れてしまったのだろう。それに三日月と似てマイペースな平安刀だから、遠足にも気乗りしなかっただけで、決して鶴丸を嫌っているわけではないはずだ。そう思うことにして気を取り直した鶴丸は、二振り目に声をかけた。
    「遠足? 悪いが近頃は鳴狐と手を組んだ遊具開発で手一杯だ。俺はお前のことも知らないし、きっと他に適任の刀がいるだろう」
     粟田口の太刀、鬼丸国綱。北条家で縁があったような気がするのだが、これまた髭切同様に他人のフリをされてしまった。
    「えっ。きみも鶴ちゃんを知らないのかい? あれぇ? おかしいな……何度か同じ場所にいた気がしたんだけどなぁ……」
    「気のせいだろう。俺はこれから山伏国広や同田貫正国と木材の調達に行くことになっているから、失礼する」
    「えぇ……そんなぁ……」
     今朝からある目の下の隈を更に濃くして立ちすくむ鶴丸を置いて、鬼丸は山へ出かけてしまった。鶴丸はこの晩も不安で眠れぬ夜を過ごした。
     翌朝。鬼丸と北条家で邂逅したのは多分一瞬のことだっただろうし、親類の多い粟田口の出だから他の刀の名前を覚えるのは苦手なのかもしれない。そう思うことにして気を取り直した鶴丸は、三振り目に声をかけた。
    「遠足? 悪いな、俺っちは左文字の連中と一緒に作った薬草園の世話で手一杯だ。一兄の教育番長の仕事も手伝いたいし、せっかくのお誘いだが今回は遠慮するよ。他に適任もいるんじゃないか?」
    「えーっ! きみ、弟だろう?! 一兄ばっかりじゃなくてたまには鶴兄のお願いも聞いてくれよ」
     粟田口の短刀、薬研藤四郎。織田信長のもとで縁があったような気がするのだが、鶴丸にとっては一期や三日月と並ぶ兄弟としての印象が強かった。しかし薬研はこれまでに声をかけた二振りと同様に、心当たりがないと言って首を傾げた。
    「俺、いつから鶴丸の弟になったんだ? 初耳だな。まあ鶴兄ってのは呼びやすそうだから、たまになら呼んでやってもいいぜ」
    「本当か?! それ、一期にも言っておいてくれよ。あいつこそいい加減、俺を兄だと認めるべきだ」
    「いや、一兄だって別にあんたの弟じゃねぇわけだが……まあいいか。それじゃ、俺はこれから乱と厚と一緒に薬品の調達に行くことになってるから、失礼するぜ」
    「おう……はぁ、結局遠足は断られちまったなぁ……ふわぁぁ、眠た……」
     颯爽と歩き去る薬研を見送った鶴丸は、あくびをしてよろよろと自室に戻った。そのまま夕方になるまで寝こけていた鶴丸は隣室の大倶利伽羅に叩き起こされて無事夕餉にありつくことができたのだが、昼間に寝すぎたせいで夜に眠ることができなかった。
    「というわけで、俺は三日間眠れなかったし、仲間も集められていない。困ったもんだぜ」
     収穫した野菜を厨に預けるついでにおやつの饅頭を与えられた鶴丸は、庭に面した縁側に燭台切と並んで腰かけて茶を啜りながらここ三日間の出来事を語り聞かせた。話の腰を折らないようにと時折相槌をうつだけで何も言わずに聞いていた燭台切だが、最後まで聞き終えるとありとあらゆる疑問が噴き出て来た。
    「あのさ、鶴さん。色々と突っ込みたいところはあるんだけどさ、初手で髭切さんに声かけたってすごくない?」
    「そうかい?」
     あっけらかんとして首を傾げる鶴丸に、燭台切は頬を引き攣らせた。
    「そうだよ。僕、鶴さんと髭切さんが話してるところ、軍議中と戦闘中しか見たことなかったよ」
    「そうなのか……そりゃ驚きだ。安達の家で一緒にいた気がしたんだが。俺、もしかして本当に髭切から嫌われているんだろうか……当番サボったから……」
    「嫌われてるわけじゃないと思うけど……まあサボるのは良くないよね、実際」
    「うん……だから頑張ろうと思ったんだ。失敗続きだし、今日もろくに動けなかったがな……」
     すんと鼻を啜ってめそめそと目元を拭いながら肩を落とした鶴丸だったが、燭台切に差し出された饅頭はしっかり食べて「美味いな、これ」と顔を上げた。気分の変動の激しさはまるで子供のようだ。上機嫌になった様子の鶴丸に、燭台切はもう一つ問いかけた。
    「一緒にいた気がした、っていうのもちょっと変な言い方だよね。鶴さん、藤森さんのところにいた時より前のことはちゃんと覚えてるんじゃなかったっけ。どうしてそんなにあやふやなんだい?」
    「ああ……フジノモリで世話になったことははっきりと覚えているんだが、それ以前のことに関しちゃどうにも他人事みたいな感覚が拭えなくてなぁ。上手く言えないんだが、昔のことを思い出そうとするとこう、日記を読んでいるような、それか芝居か夢でも見ているような感覚になるんだよ」
     自分が安達の家にいたことも北条の家にいたことも、その後織田やらその家臣やらの手を渡って藤森神社に辿り着いたことも、知っている。多くの人を斬ったことも、神事に使われたことも、知っている。けれど鶴丸には自分を「使われた」という実感がなかった。
    「飾られて、いろんなやつが俺を見に神社に来た。俺はずっと、宝物殿に遊びに来る人間たちを見たり近所を散歩して周ったりして、のんびりすごしていた。そんである日昼寝から目覚めたらここにいて、戦えだの強くなれだの言われてわけがわからなくなって、すっかり参っちまったってわけだ」
    「えぇ……それ、伽羅ちゃんや主には伝えてあるの?」
     思いの外重大なことを打ち明けられてしまった燭台切は冷や汗をかいて目を丸くしたが、鶴丸は平然と首を横に振っている。
    「いいや? ま、あやふやでも問題ない。ちゃんと一期から一本とれたからな!」
     あれは会心の一撃だったぜ。そう言って胸を張る鶴丸は、やはりどこか幼い印象を燭台切に抱かせる。古い刀のわりに、貫録というものが皆無なのだ。
    「そうかい。鶴さんがそれで良いなら良いけど……それと、薬研くんが弟っていうのは僕も初耳だよ」
     突っ込みどころの三つ目。鶴丸が一期や三日月を兄弟扱いしているところは見たことがあったが、薬研に対しても同じだったということを燭台切はこの日初めて知った。昏睡から目覚めて以降の鶴丸の面倒をよく見ていた一期や三日月はともかく、薬研と親しくしているところは見たことがない。鶴丸の兄弟の基準が、いよいよもって謎めいてきている。しかし当の鶴丸は「ふふん」と自慢げに鼻の下を擦っている。
    「今この本丸にいる連中だと三日月が兄で、一期と薬研は弟なのさ。鶴ちゃんは二番目のお兄ちゃんなんだぜ。みんな何故だか知らん顔するんだけどな……俺、やっぱり嫌われてるのかな……逃げ回ったから……」
    「嫌われてないってば。それにしても兄弟かぁ、なんだか妬けるね。僕や貞ちゃんは弟にしてくれないのかい?」
     鶴丸に記憶がなくとも、燭台切や太鼓鐘は鶴丸との縁を感じている。伊達の家で入れ違いになった燭台切はともかく太鼓鐘は鶴丸と長いこと共に過ごしていたのだから、鶴丸が兄弟として挙げた刀たちよりも余程強い縁があるはずだ。だが鶴丸は他の刀を兄弟扱いするわりにいつまでも伊達の刀たちに対するよそよそしさや遠慮が抜けない。これには燭台切にも思うところがあったので思い切って指摘してみると、鶴丸はぱちくりとまばたきをして目を丸くしてから、不意に手を伸ばして燭台切の頭をわしゃわしゃと撫でまわした。
    「ちょ、鶴さん、髪の毛が乱れちゃうじゃないか!」
    「はははっ! きみ、可愛いことを言ってくれるじゃないか。平成か令和あたりに遠征する機会があったら親父殿の夢枕に立ってお願いしておくよ!」
    「えぇ? それってどういう……」
    「おっと……しぃ、静かに。燭台切、残りの饅頭はきみの好きにしてくれ。俺は昼寝の時間だから急いで部屋に戻る。じゃあな」
    「昼寝? あ、ちょっと、鶴さん!?」
     鶴丸は燭台切の頭を存分に弄った後にちょいちょいと撫でつけて整えたかと思えば、音もなく立ち上がってすたすたと歩き去ってしまった。話したいことや確認したいことはまだ山ほどあったのだが、追いかけようと立ち上がった燭台切の背中にまた別の刀が声をかけたので立ち止まった。
    「光忠。鶴丸はどうした。当番だったんじゃないのか」
    「ああ……伽羅ちゃん。ごめん、さっきまで一緒だったんだけど逃げられちゃった」
     燭台切が振り返ると、内番用のジャージ姿の大倶利伽羅が歩いて来るところだった。おそらく鶴丸には彼の足音が聞こえていたのだろう。逃げる理由は不明だが、二人がボンドパートナーとして他の刀たちほど良い関係を築けていないことは燭台切も知っていた。それをどうにかするために一期が「遠足」という話を持ち出したことも知っていた。しょぼくれる鶴丸に「だったら僕が貞ちゃんと一緒に参加しようか?」と言ってやりたかったのを我慢して黙っていたのはそのためである。
     大倶利伽羅は眉尻を下げる燭台切の顔を見つめてから視線を下げてお盆の茶器や菓子を一瞥し、はぁとため息をついた。
    「……何故謝る」
    「だって伽羅ちゃん、鶴さんと話したくて探してたんだろう?」
    「単に、遠征任務の伝達事項があって探していただけだ。急ぎではない」
    「そうかい。それなら……ああ、なるほど」
    「何だ?」
    「ううん、なんでもない。お饅頭、少し残っているから食べていきなよ。美味しいよ」
     燭台切も視線を下げてお盆の上の饅頭を見たところで、それが丸々二つ綺麗に残っていることに気付いた。もしかすると鶴丸がこれを好きにして良いと言っていたのは、大倶利伽羅に食べさせろという意味だったのかもしれない。燭台切が座りなおして隣をトンと叩くと、大倶利伽羅も「いただく」とだけ言って大人しく座った。
    「遠征って、遠足のことだよね。行き先は決まったのかい?」
    「遠征だ。時代は江戸前期、場所は京都。任務は藤森神社のお守りを授かることと、貴船神社の神水を授かることの二つ」
    「へぇ。つまり鶴さんの里帰り兼、温泉宿でのんびりまったり、ってことかぁ。結局二振りで行くんだろう? 鶴さんはいろんな刀に断られちゃったらしくてがっかりしてたから、伽羅ちゃんがとびきり良いデートにしてあげてね」
     江戸前期であれば、鶴丸はまだ藤森神社に納められている頃だろう。一振りで修行に出て過去の己を見つめ直すことはよくあることだが、もしかすると今の鶴丸が過去の彼と出会うことは何かしら記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。更に一期の思惑通り大倶利伽羅と鶴丸の絆も深まれば一石二鳥だ。
     燭台切がにこにこと笑いながら饅頭を差し出すと、大俱利伽羅は眉を寄せながら受け取った。
    「任務だと言っている……鶴丸が持っていたお守りは以前主が藤森神社で授かったものに細工をしたものだったそうだが、鶴丸が一度折れたことでその効力が失われたから新たに調達して来い、とのことだ。水は夏の水遊びの安全祈願にもらってこいと」
    「ふぅん。ついでに縁結びでもしておいで、って言われたんじゃないの? 主はそういうの、好きそうだよね」
    「それも言っていたが……あいつが二度と折れぬよう縁を繋ぎなおして来い、とのことだ」
     神妙な顔つきで告げる大倶利伽羅に、燭台切もごくりと息をのんで真顔になった。静かになったところで大倶利伽羅は手にしていた饅頭をようやく口に運び、「美味いな」と呟いた。言い方は違えど鶴丸と全く同じ感想を抱いた大倶利伽羅がなんだか微笑ましくて、燭台切はついそれまでの真面目な雰囲気を忘れて「ふふ」と声を出して笑ってしまった。
    「なるほど、それは大事な任務だ。しっかりこなさないといけないね」
    「ああ……そうだな」
    「……うん、そうだね。応援しているよ」
     意外にもすんなりと頷いた大倶利伽羅に驚きつつ、燭台切も深く頷き返す。
     黙々と饅頭を食べる間、風鈴の涼やかな音が何度か耳に届いた。この音が、今昼寝で忙しいらしい鶴丸にも聞こえていたらいい。そんなことを思いながら、燭台切は饅頭の程よい甘味を堪能した。


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    mito_0504

    PROGRESS三月の新刊その2 忘れ草が書き終わらないので代わりに間に合えばこれを出します ババンババンバンバンパイアのパロディです ついにやりました タイトルは書き終わったら考えます 今日書いた部分なので推敲前ですがサンプルとして一度のせてみます
    タイトル未定吸血鬼パロ()くりつる よっ。俺は鶴丸国永。平安生まれの吸血鬼だ。と言っても、青い彼岸花を躍起になって探したりそのために不同意で仲間を増やしたりすることはない、安全な吸血鬼だ。年齢は永遠の二十九歳ということにしている。実年齢が自分ではわからないので相談したらそういうことにしておけと言われたのでそうした。わからないというのはどういうことかというと、俺は自分がいつどうやって生まれたのか自分ではあまりよくわかっていない、ということだ。
     こんなことを言っても信じてもらえないだろうが、俺は長生きの吸血鬼なので、日本史でいうところの平安時代からの記憶がある。流石にそこまで遡ると昔すぎておぼろげだが、現役で活躍していた鎌倉時代以降の記憶ならわりとちゃんと残っている。これがまた波瀾万丈な人生だった。安達という家に仕えていたらもっと偉い人から謀反の疑いをかけられて一家全員皆殺しにされてしまったし、俺も殺されるもんだと思っていたら美人すぎるからという理由で捕まって北条という家に仕えることになったし、その後何故か神社に放り込まれてしばらくして、今度は伊達の家、そして皇室。俺が美人すぎるばかりに色々なところに引っ張りだこだったというわけだ。
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