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    kurautu

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    kurautu

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    みのりさんを撮る名もなきカメラさんたちの話。みのりさんお誕生日おめでとう!

    桜、笑う「ヤマさんヤマさん、今日差し入れすごいっすよ」

     トレイからはみ出しそうなぐらいに差し入れを乗せて控室に戻ってきた俺を見て、ヤマさんはいつものように低い声で笑った。

    「あー、そうか、315さんの現場初めてか」
    「いつもこうなんすか?」

     空調があまり効いていない控室はうっすらと冷えていた。廊下から伝わる冷気を遮るように扉を閉めて、トレイを差し出す。ヤマさんはビーフシチューの入った丸い容器とケーキの乗った紙皿を二つ取った。予想通りだ。体を動かす日だから甘いものを食べてもいい、がヤマさんの持論だった。いつもは控えめにしているかといえばそういうわけではないけれど、それは黙っておく事にする。

    「おう。せっかくだしたくさん食っとけよー」

     そう言ってヤマさんは長机の上に置いたセトリへと視線を戻した。俺はヤマさんの向かいに置かれたパイプ椅子に座ってビーフシチューの容器のふたを外す。ビーフシチューなんて一人暮らしの家で食べる事はほとんど、というか、ない。貴重な一杯に思わず手を合わせる。プラスチックのスプーンなのは味気ないけれど、ありつけるだけで大満足だ。

    「うわ。うま……どこの店のだろう……」
    「俺も初めて聞いた時驚いたんだが……315さんのアイドルが作ってる」
    「えっこれアイドルがですか!? レストランとかやった方がいいっすよ」
    「やってる」
    「え!?」

     スマホを取り出して検索をかける。315プロ、レストラン。ヒットしたのは聞き覚えのあるユニット名と同じ店名だ。

    「どうなってんだ……」
    「すごいよなあ」

     ヤマさんはセトリから目を離さずにそう言った。手元のペンで何かを書き込んでいく。仕事モードだ。開演まではまだ余裕があるけれど。俺はまだまだ見習いだから、今できる事はそれほどない。始まったら体力勝負だから腹を満たして、休憩をして、準備運動をしておくぐらいだ。

    「あ、そうそう」
     
     残り一つになったサンドイッチから顔を上げる。差し出されていたのはセトリを印刷した紙だ。俺も持っているけれど、それよりももっと色が多い。蛍光ペンだとか、ボールペンだとか、それこそ衣装にでも使われるような鮮やかな色が目に映る。

    「アンコール明けの一曲目始まったら、渡辺さん撮るから」

     渡辺さん、は、髪の長い人だ。今回は三人だし、それぞれの特徴が全然違うから覚えやすくてありがたい。

    「わかりましたー。何かあるんです?」
    「ファンがサプライズ企画をやるらしい。ペンラ一斉点灯」
    「へー……誕生日とか?」
    「そう。当日ではないけどな」

     とりあえず俺の手元にあるセトリにも同じ書き込みをしたけれど、正直なところ本番が始まってしまったら見ている余裕はほとんどない。アンコール明け渡辺さん、アンコール明け渡辺さん。頭の中で繰り返して、刻んでいく。ついでに他の注意点も復習しておく。
     ヤマさんは返ってきたセトリを受け取ると、ケーキを口へと運んだ。視線はまたセトリに向いていたけれど、その目元はほころんでいた。俺はふと思い立ってスマホを取り出してSNSを開いた。渡辺さんはメンバーからは名前で呼ばれていた。多分、ファンもそうなのだろう。みのり、企画。そう入力して検索をかけたら、一番最初にその投稿は現れた。

    『みのりさんのお誕生日を満開の桜でお祝いしませんか?』

     拡散された数も、賛同された数も一目でわかる。アンコールの後の一曲目が始まったら一斉にピンクのペンライトを灯すというのだ。その光景を思い浮かべてみたけれど、それだけの事だった。初めて見たペンライトの光の群れにはそれなりに心を動かされたけれど、何度も何度も見ているうちに感動も薄れていくものだ。……それにこれ、本人も知ってるんじゃないか? エゴサをしていないわけがないだろうし。

    「俺だったら『知ってた』って顔になるな……」
    「全部顔に出るもんなあ。大人なんだからもうちょっと堪えろー」

     独り言に答えてくれたヤマさんに気の抜けた返事をして、食べ終わった紙皿たちを回収した。トレイを持って控室を出る。開演が少しずつ近づいて、廊下を行き交うスタッフたちも心なしか早足だ。本人たちもそろそろ舞台袖で準備を始める頃だろうか。リハーサルはもちろん確認していた。それなりで済ませるグループもあるけれど、そうではないタイプのグループだ。リハーサルの時点でもうアイドルだった。……みのりさん、は、俺みたいに全部顔に出したりはしないのだろう。きっとペンライトの桜を見て、微笑む。本当の王子様みたいに。頭の中にその笑顔を思い浮かべながら、俺は満足げに腹を膨らませているゴミ袋の口を少し開いた。



     ライブは順調に進んで、俺たちの目の前を駆け抜けるように通り過ぎていった。ステージに誰もいなくなる。照明が落とされる。うっすらと青い光の中に声が浮かぶ。アンコール、アンコール。その声はあっという間に膨れ上がって会場中を満たしていく。アンコール前に告知映像でもあれば俺たちも休憩ができるけれど、残念ながらこのタイミングでの告知はないという事を俺たちは先に知っている。体を縮めて、隠してあったペットボトルの水を飲んで汗を拭う。ケーブルを捌くために屈み続けていたから、体のあちこちが軋んでいる。ついでに軽くストレッチもしておく。そうしている間にもアンコールの声は絶えず響き続けていた。

     元の場所に戻って、次の段取りを思い出す。アンコール明け、渡辺さん。一斉に咲く桜を受け止めるその表情をヤマさんが捉える。動きのイメージをして、深呼吸をした。引き寄せられるように客席へと目を向けた。ペンライトを掲げているのと反対側の手の中に、声に合わせて打ち鳴らす手の中に、ピンクの光が隠れていた。まるで宝物のように。このうえなく大事なもののように。……なんだか俺の方が緊張してきた。俺は無関係のはずなのに。本人でもないし、ファンでもないし。

     ステージにまた明かりが灯る。それを合図にアンコールの声は歓声へと塗り替えられる。Tシャツに着替えた三人が手を振りながらステージの上に現れた。まだだ。まだだぞ。曲が始まってからだからな。思わずそう考えてしまったけれど、客席にいるファンたちは俺なんかよりもずっとよくそれを知っている。ピンクの光たちはまだ息を潜めていた。

    「みんな、アンコールありがとう!」
    「まだまだ一緒、ライブ、できる! ボク、嬉しい!」
    「最後まで楽しんでいってくれ」

     短い挨拶の後、三人は立ち位置につく。イントロが流れる。その瞬間に、頬に熱を感じた。まるで火が放たれたかのように。客席へと向きかけた顔をぐっと留めた。ヤマさんが渡辺さんを撮る。多分、今、客席でピンクの明かりを掲げている人たちのために。炎かと思うほどの熱を掲げている人たちのために。そのために走るのが俺の今の役目だ。ヤマさんの動きを遮らないようにケーブルを引く、延ばす。客席から一際大きな歓声が上がった。ヤマさんの向こうにステージ横のモニターを見た。狙った通りの画がそこには映し出されていた。狙った通り、なのだけれど。

     王子様じゃないじゃん、全然。そう思ったら自然と口の端が上がるのがわかった。モニターいっぱいに映し出された笑顔は、思い浮かべていた穏やかな微笑みではなかった。嬉しいのだと誰が見てもわかるような満面の笑みだ。細められたその目が開かれる。少し潤んだ目の中で光が瞬いていた。カメラが切り替わる。それを確かめて、客席へと目を向けた。満開だ。この明かりは確かにあの目に映って、星のように光っていたのだろう。俺はやっぱり無関係のカメラマン見習いだ。けれど、それでも、よかったなと思った。これだけの人に祝われた渡辺さんが、この場所で祝う瞬間を待っていた人たちが。ふと視線を感じて、客席を向けていた顔を戻した。ヤマさんが首をわずかにこちらに向けて俺を見ていた。目が合った。ヤマさんは小さく手を上げて、ぐっと親指を立てて見せた。

    (END)
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    Replies from the creator

    kurautu

    DONE2020年4月頃の話。こちらの世界と同じ事が起きています。
    REBOOT 部屋はもうすっかりキレイになっていた。まるで雨彦さんが掃除をしてくれたみたいに。テレビもつけずに、スマホを手に取る事もせずに、僕は畳の上に転がって天井を眺めていた。少しだけ開けた窓からは爽やかな風が流れ込んでくる。今すぐ電車に飛び乗って、あてもなくふらりと、どこかへ。そんな気分になる季節だった。それが叶うだけの時間もあった。だけど、できなかった。目に見えないそれはどこを漂っているのかなんてわからないのだから。
     大学の授業は休講になった。決まっていた仕事も軒並み延期か、中止になった。予定していたライブも……やりたい、だなんて、言えるはずがない。レッスンすらできずに僕たちはそれぞれの場所にいた。こうなる前に、最後に丸一日家から出なかったのはいつだっただろう。何をしようかと楽しみにしていたあの時の気持ちは今の僕の中にはなかった。読みたい本はたくさんあるけれど、観たい映画もあるけれど、今はそれを心から楽しめる自信はない。こんな気持ちで触れるのはどうしても気が進まない。そうやってたくさんの選択肢を潰した結果、僕はこうして何もせずに転がっていた。時間が過ぎていく。焦るというよりももっとぼんやりとした、けれど大きな何かが体ごと押さえつけているようだった。
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    kurautu

    DONE王子様としての一歩目の話です。みのりさん誕生日おめでとう!
    おうじさまのはじまり 足の裏に伝わるのは硬い床の冷たさだ。大きな窓から降り注ぐ光は明るいけれど、広々としたこの場所の空気を温めるのには時間がかかる。開場して人が集まれば消えてしまう温度を存分に味わう事ができるのは、出演者である俺たちの特権だ。俺たちといっても、今ここにいるのは俺だけだけれど。
     夢の中だった。裸足で歩いている俺も、スタッフさんの声一つ聞こえないこの場所も、ありえないのだと知っている。それならばいっそ、この空間を楽しむだけだ。願えば床を一蹴りするだけで簡単に飛べそうだけれど、俺はそれを選ばなかった。それよりもここを歩いていたかった。
     穏やかな日差しの中に並ぶフラワースタンドを一つ一つ眺めながら歩いていく。夢の中のフラワースタンドたちは、俺が目を覚ました世界のどこにもない。だからこそ目に焼き付けたい。作り出しているのは俺の記憶だとしても、それを作り上げているのは今までに触れた花たちだ。もらった花、贈った花、誰かが贈るための手伝いをした花。花の中には俺たちの名前も、俺の名前も掲げられていた。それを当たり前のように思い描けるほどに、たくさんの気持ちを受け取ってきた。手を伸ばして花に触れれば、水を含んだ冷たさが伝わってくる。大事な舞台を前にした緊張と高揚をそっと鎮めてくれるような温度だ。
    1937

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