Happening(ミコジョン)__前略。
起きたら目の前に僕そっくりの人がいた。
「うっわ本当にそっくり……あ、でも所々違う……??」
ぶつぶつ呟きながら、目の前の僕…と言っても多分別人だろうけど、その人の顔を間近で見る。見つめる僕が映る彼の瞳は、気まずそうに泳いでいた。
__監獄内でいつも通り就寝した後目を開けたら、全く知らない電車の中で、僕そっくりの顔の人がいた。
普通に考えたら意味の分からない状態だけど、目覚めた僕は早々に〝夢〟だと気づいた。だから混乱もせずに受け入れてる。夢だと気づいた僕のことは少し褒めてあげたい。普段の僕なら混乱してるか逃げるかしてると思うし。
とにかく夢の中だと気づいた僕は、夢の住人であろう僕そっくりの人の顔をまじまじと観察していた。だって夢の中と言っても、全く同じ顔の人が驚かない?ドッペルゲンガーだと困るけど、きっと夢の中だし害はないでしょ、…多分。
ちなみにこの人は僕が起きたら、酷く驚いた顔をしていた。流石にそっくりの顔の人がいたら、夢の中の人でも驚くらしい。
暫く見つめていた僕を見て、彼は突き放すどころか視線を泳がせている。僕と同じ顔とは言っても、性格は全然違うらしい。
流石に鬱陶しくなったのか、彼はようやく口を開く。その表情は、困惑やら戸惑いやら、複雑そうな顔をしていた。
「……な、なぁミコト、」
「うわっ、やっぱ声も似てる!…ん、でも君の方が声低い?」
「……………」
「あ、ごめんごめん話していいよ!!僕ばっか話してるよね!?」
僕がそう言えば、彼は少し黙る。そうして小さな声で「ミコトが話しているのは別にいい」なんて言った。そうは言っても話しすぎてる自覚はあるし、彼の話も聞くべきだ。……というか僕、彼に自己紹介したっけ。何で名前知ってるんだろ。
首を傾げる僕を他所に、彼はぐ、と拳を握る。そうして泳がせていた視線を僕に向けると、意を決したように口を開いた。
「…っみ、ミコト、俺は……ッ!」
「…へ、」
ぐ、と彼が1歩僕に近づく。そのせいで、やけに真剣な表情をした彼の顔が僕の間近に来た。彼の瞳に映る僕の顔は、間抜けな顔をしている。……嗚呼だって、まさかこんな急に近づくなんて思わないんだもの。
突然揺れた車内と、近づいた彼に驚いたせいか、僕の身体はぐらりと後ろに倒れていく。体幹どうしちゃったんだ、学生の頃はもうちょっとマシだった気がするのに。…なんて現実逃避はいいとして。
「う、わ…っ!」
「っ、ミコト…!」
間抜けな声を上げながら、僕は倒れていく。目を丸くする彼は、慌てて僕に手を伸ばした。でももう、間に合わない気がする。衝撃に備えて、僕はぎゅっと固く目を瞑った。
__甲高いブレーキ音が響く。
「…ん、っ」
ふに、と口元に柔らかい感触がした。…それ以上に、思ったより衝撃が来なかった驚きの方が勝って、僕は衝撃のなさに戸惑いながら恐る恐る目を開ける。
目を開けるとそこには__茹でダコみたいに顔を真っ赤にした彼がこちらを見ていた。倒れた衝撃がなかったのは、どうやら彼が僕の頭に手を添えて衝撃を和らげていたらしい。僕より反射神経あるなぁ、…なんて見当違いなことを考えている場合じゃない。
__唇の感触と彼の反応。
明らかに彼と僕は、いわゆる事故チューした、らしい。
ようやく状況を理解した僕は、あー、なんて気まずそうに声をあげて視線を泳がせる。何なんだこの空気。夢なのに逃げたいし何なら起きたい。……それでも、顔の赤さからどうやら耐性の無さそうな彼の代わりに僕が動かなきゃ。
僕は顔を赤くしたまま固まる彼に、へらりと笑って言う。
「……だ、大丈夫?」
「…ぁ、……み、ミコト!怪我な…っ!?」
「うわっ!?」
僕の声でようやく我に返った彼は、僕の顔を見るなり心配そうに言う。……が、突然の電車の揺れにより、バランスを崩して僕に倒れてきた。顔の位置はズレたからまだいいけど、彼が倒れてきたせいで抱きしめてるみたいになってしまった。
このままじゃ、また電車の揺れで移動…というか、今度こそ怪我をするかもしれない。とりあえず上半身を起こすため、フリーズしたように動かない彼の身体も抱きしめながら起こした。僕はガチガチに固まる彼の背中を摩りつつ、優しく言う。
「け、怪我ない?びっくりしたね、突然揺れるなんて……。」
「…………………」
「お、おーい?大丈夫〜??」
流石に反応がなく、不安になり声をかける。事故とはいえ、流石にキスからのハグは驚くだろう。……さっきの反応見た感じ、こういうの慣れてなさそうだったし。
僕の声にようやく我に返った彼はぎぎ、とロボットように鈍い動きで僕から離れる。彼は僕の上に乗ったまま、ゆっくり顔を上げた。
__電車の窓から、車内に光が指す。
僕はその顔を見て、息を飲んだ。
「…み、ミコト…………」
__その真っ赤な顔で僕の名前を呼ぶそっくりな彼が、思いの外ぐさりと刺さってしまって。
鼓動が少しずつ早くなる。何だか顔も熱い。突然の電車の揺れで驚いたから、 ……なんて言い訳、まだ通じるかな。
僕は心に従うまま、ゆっくり彼に手を伸ばす。彼は少し肩を跳ねさせたが、しかし拒まずに僕にされるがままになった。彼の頬に手を添える。顔の赤さとは違い、その頬は少しだけ冷たい。…僕の手が暖かいだけかもしれない。
__電車がまた大きく揺れる。
僕はその揺れに背中を押されるように、真っ赤な彼に口づけをした。