名無しの贈り物(ミコジョン)「……ん?」
囚人達の支給品の要望に目を通していたところ、ある囚人の回答が目に留まる。
その紙を1枚取り見てみれば、少し癖のある字で書かれた009番_ミコトの書いた用紙だった。日用品が挙げられている中で、1番最後の項目が引っかかる。
その字は、癖のある丁寧な字とは打って変わって、乱雑で震えた字で書かれていた。その字だけ見ると、幼子が書いたような印象を受ける。
殴り書きのようなその5文字を書いた人物に、心当たりがあった。漠然とした要望に、ため息を着く。さて、どうしたものか。
「……あまいもの、な。」
あまいもの。漠然とした要望は、この字を書いた本人_ジョン・ドゥ自身が望んだものとは考えにくい。きっとこれも〝僕〟の__ミコトの為なのだろう。大方、〝甘いものでミコトのストレスを多少和らげる〟ために書いたと予測できた。
しかし、甘いもの。漠然とし過ぎて、要望されたこちら側も困る。以前、紙尋問でタピオカが好きだと答えていたが、この場合の〝甘いもの〟とは多少ズレるだろう。
あまいもの……と考え、はた、と止まる。そうだ、アレなら。あの不器用な問題児の要望に沿うかもしれない。
俗物的なイベントに興味は無いが、たまには乗っかるのも悪くない。時の流れが分からないこの監獄じゃあ分かりにくいかもしれないが、どうか〝彼〟が気づくことを願って。
僕は小さく溜息をつくと、乱雑なジョンの文字の横に、〝ある六文字〟を書き加えると、次の書類に移った。
***
朝、…と言っても時間経過はよく分からないけれど。
ぱち、と目を覚ました僕は、部屋の前にダンボールが置かれているのを見つけた。支給品はこうやって、部屋の前に置かれていることが多い。時間が合えば、看守くんが「取りに来い」なんて言う時もあるけど、今回は運んでくれたみたいだ。
支給品何頼んだっけ、と思いながらダンボールを開ける。タオルやら歯ブラシやら、日用品が詰まったダンボールのその上に、見覚えの無い箱が鎮座していた。
僕は首を傾げながら、箱を手に取る。青いリボンが掛けられたその箱は、まるでプレゼントのようだった。箱を回転させながら、手がかりを探してみる。他の囚人の支給品が混ざってるのなら返さなきゃ。
すると、箱の後ろ、リボンと箱の間に何やらカードが挟まっているのが見えた。僕はリボンが解けないように、ゆっくりとそのカードを抜きとる。
無地のカードを表に返してみれば、文字が書いてあるのが見えた。僕は目を凝らすと、その文字を読んでみる。読み上げて、目を丸くした。
「……Dear、ミコト……From………?」
丁寧な字で書かれた文字は、僕の名前が確かに記されてあった。しかし、肝心な送り主が空白になっている。
どうやらこれは僕に宛てたもの…らしい。丁寧で読みやすい字は見たことがなかったけど、この字の感じといい、送り主は看守くん…だろうか。あの真面目で堅い看守くんが、囚人に贈り物とは少し考えつかないけど……うん、貰えるものは貰っておこう。メッセージカードも僕宛てって書いてあるし。
そう解釈して、ゆっくりと青いリボンを解く。12月25日の朝の子どものようにわくわくしながら、僕はゆっくりと箱を開けた。
__途端にふわりと香る、甘い甘い香り。
「……わ、チョコレートだ…!」
箱の中には、綺麗に並べられたチョコレートが9つ入っていた。ハートや正方形、ダイヤモンドの形等、精巧に作られたチョコレート達は、少し高級そうに思える。
僕はその中でも、犬の形をしたチョコレートを手に取った。犬の横顔をイメージしたようなチョコは、きりりとした顔つきにも、ちょっととぼけた顔つきにも見える。
……看守くん、随分可愛いチョイスするなぁ。あ、そういえば前に犬飼ってるみたいな話したっけ。犬好きなのかな、看守くん。後で聞いてみよう。
僕は上がる口角を押えながら、犬のチョコレートを1つ、口の中に入れる。上品な甘さのチョコレートは、僕の口の中でじんわり溶けて行った。
「…あのガキ、余計なことしやがって。」
***
「看守くん!チョコレートありがとう~!ほんっっとに美味しかった!!!」
「…!…ミコト、」
「何かバレンタインのチョコみたいだったよね!……あ、もしかしてあの日本当に2月14日だったりした!?看守くんもそういうイベントやるんだね?」
「……盛り上がってるところ悪いが、あれは僕が渡した物じゃない。」
「え!?じゃああれ誰からのだったの!?」
「……強いて言うなら、__お前の友、か?」
「…え、誰?……というか看守くん、何でそんな嬉しそうなの?」
「……いや?ただ、……漠然とした要望を書かれた仕返しが成功したから、つい。」
「え、看守くんなんて?」
「何でもない。……あのチョコレートは、断じて僕からでは無いからな。覚えておけよ。」
「……?わ、分かった……?」