慢心創痍(添練)__瓜二つの顔が、仲睦まじく話している。
「キバ、…じゃなかった、ええと……!」
「キバ、でいいよ。……レンの呼びたい呼び方なら、何でも。」
「…!き、キバ…!!!」
心底嬉しそうに話す、見知った知らない顔と、酷く優しい顔で相手を見る、知らない見知った顔。
……こう見ると、仕事中の練牙さんが、如何にコイツを意識してたのかが分かった。
「……練牙さ〜ん」
「…!て、添…!!」
オレがへら、と笑って手を降れば、練牙さんは犬のようにこちらに駆け寄る。
……あーやっぱ、誰にでも尻尾振るんだ。
オレはく、と練牙さんの肩を寄せる。オレの手を振り払わず、練牙さんは何にも理解してなさそうな顔でこちらを見た。…逆光になって、アイツの顔はよく見えない。
……得体の知れないヤツはやっぱ警戒しとかないと。…ほら、オレたちの大事なリーダーなんだし?
オレは貼り付けたような笑みを浮かべ、この眩しい太陽に声をかける。
……誰にでも尻尾振る犬だ、あんなにオレに心酔してるなら、一声かけたらこっち向くでしょ。
「…練牙さん、何処に油売ってたんですか。ほら、早く帰りましょ__」
「て、……添!今までありがとう!!……『練牙』とも、友だちになってくれよ!」
「………は?」
する、と練牙さんの体温が離れていく。練牙さんは誰にも見せたことないような、…それこそ太陽みたいな笑顔を浮かべ、日向に走っていく。オレには酷く眩しくて、顔を顰めた。
__光の向こう、瓜二つの顔が仲睦まじく話している。
光に目が眩む視界の隙間、瓜二つのひとつが、こちらを見て微笑む。
__その笑顔は酷く、オレの薄ら笑いと似ていた。
真っ白になる思考の中、呪うように呟く。アイツと同じ、薄ら笑いを浮かべて。
「……あぁ、何だ。あんたもオレと同じじゃん。」
__と言って、オレは現実に引き戻された。
オレ、夢見悪くないはずなんだけど?……なんて、誰に言ってんだか。
***
……うわ、最悪。
今日何度目かも分からない単語を心の中で呟き、薄暗い洗面台に視線を向ける。
映った鏡には、目の下に濃い隈を作った、青白い顔の男がいた。
元々、オレは隈をよく作っていた。
…というのも〝仕事〟中はどうしても真夜中の移動も増えるし、寝酒でだらだら飲んでる時もあるし、…とにかく、オレには夜の方が動きやすい。
隈があると心配されて鬱陶しいこともあるが、〝不眠症なんだ〟とか言えば簡単に女を引っ掛けられたし、オレも都合よく使っていた。
……けど、流石にこれは。
コンシーラー何処にやったっけ、と思いながら、冷たい水を顔に浴びる。
今朝の夢見は最悪だった。
……勘弁してくれよ。夢に振り回されるとか、笑えない。ただの夢だと思っても、…変に記憶にこびりついて、取れないような心地がした。
……練牙さんがオレを捨ててあっちに?いやいや、有り得ないって。あんなに「添!」「添!!」なんて犬みたいにじゃれてくるし。
……と、考え、ふと思考が止まる。
先程の夢の光景が、嫌でも浮かんでくる。
……いやいや、ないって。社長が引き留めてくれる?らしいし。…上手くやるでしょ、オレには関係ないし。
嫌な思考を振りほどくように、タオルで顔を拭いていく。
しかし思考は止まらず、ぐるぐるとまた同じことを考えていた。
……あー、今日は会いたくないな。
…とか言って、同じ寮に住んでるから顔合わせないことはないだろうけど。……適当に大学の講義、とでも言って外出るか……。
__と、思考していたのを止めるような、ぱち、と言う無機質な音と、嫌に明るい光。
「あれ、…っ、て、添!おはよう!!」
…手の動きが止まる。
顔なんて見なくても、その太陽みたいな明るい声じゃ、嫌でも誰かわかる。
……あーほんと、タイミング考えてくれないかなこの人。見たくない時にいつもいつも……。
オレは一息つくと、タオルを顔から外す。
…ほら、いつもの笑顔の出来上がり〜。
「…あれ、練牙さん。おはよーございまーす。」
「…!あ、あぁ、おはよう!!…せ、洗面所、何で電気つけてなかったんだ?びっくりした……」
「あー…はは、寝ぼけててつけ忘れました。」
オレが挨拶をすれば、犬は一際顔を綻ばせて笑う。……あー、なんだ。やっぱ誰にでも尻尾振るじゃん。……特にオレには顕著に。
友だちに会えて嬉しいです、みたいな顔をしながら、練牙さんは軽い足取りで洗面台へ向かう。ほんと、朝から眩しい。
ちら、とオレの顔を見る練牙さんに、へら、と笑っておく。…何か話しかけたそうだけど、会話すんの面倒臭いし、オレから助け舟出すのやめよ。
じゃあオレ大学あるんで、なんて呟きながらそそくさと洗面所を出ようとした。……いつもなら、「あ、あぁ!」なんて引き留めもしないまま、捨てられた子犬みたいな顔でこっち見てんのに。
寝起きでまともに思考が起きてないのか、…はたまた犬の直感か。
___練牙さんは、慌ててオレの手を掴んだ。
「…っ、添!その顔どうした!?」
「……は、」
思わず、練牙さんの方を振り返る。
……いやいや、いつもそんな俊敏な動きしないじゃん、急に何?
……しかし、まぁ、振り返ったのが運の尽き。
オレの青白い顔が光に照らされ、練牙さんはオレよりも顔を青くする。……あー、最悪。振り返らず、適当にあしらって逃げればよかった。
「隈っ、凄いし……顔も青いぞ!?た、体調悪いのか!?!い、今は季節の変わり目だし、崩しやすいだろ…!!」
ころころ表情を変えながら、練牙さんはオレの前であたふた手を動かしている。
……このままじゃ病人扱いされそう。それじゃあめんどいな。何か理由つけて適当に……、
……と、言う思考は隅に追いやり、口から出たのは違う言葉。
__あぁ、ほんと。
夢見が悪いのも、珍しく他人に掻き乱されてんのも、…全部あなたのせいだよ、練牙さん。
「……練牙さん、……友だちのオレなら、離れないよね」
「……え、」
ぐ、と練牙さんに一歩近づく。
……練牙さんの赤い、朝焼けみたいな瞳に、オレの青白い顔が、映っているように見えた。あーあ、ほんとアホ面。警戒心なさすぎ。
……だから、
オレのいつもの笑みが外れる。
…酷く無機質な顔で、オレは朝に似つかわしい、低い声で呟いた。
「……練牙さんはオレと、ずーっと友だちでしょ」
「……も、もちろんだ!…と、友だち、だしな!!……………………………っ」
オレの声に、練牙さんは明るく呟く。
その声はいつも通りで、…オレの思惑なんて知らないような声だ。
……あーほんと、この人に振り回されっぱなし。…かなり癪に触るけど。
じと、と練牙さんを見つめていると、練牙さんは何にも分からなさそうにオレを見つめ__やがてはっ、と何かに気づいたような顔をする。
急に何、と思ったオレの思考を吹き飛ばすように、到底朝とは思えない声量で、練牙さんは叫んだ。
「…っあっ!準備!!オレ朝から収録だった…ッ!!」
……うるせ〜。人のこと考えてくれませんかね。
耳鳴りする片耳を抑えながら、練牙さんを幾分か冷めた目で見る。そんなオレの視線も気にせず、練牙さんは慌てて顔を洗い、スキンケアを始めた。
……うん、もうオレと話すことは無いって訳ね。
オレは今度こそ後ろを向くと、ひら、と手をあげる。何か言いたげな練牙さんの視線を今度こそ無視しながら、オレは一言呟いて、洗面所を出た。
「じゃあね〜練牙さん。収録頑張って。」
***
先程の嫌な寝起きの重さは幾分かマシになり、オレは眠い眼を怠く擦りながら、廊下を歩いていく。
…なんかもうやる気も起きないし、このまま二度寝でも、と考えたその時。
__角に白い人影が映る。
背丈と歩き方から見るに、あれは。
「…あれ、社長〜。どうしてそんなとこに?」
「添。……随分酷い顔だね、寝れてる?」
「…あーはは、ぼちぼち?」
社長が顔を顰めながらオレを見る。オレがそんな顔を笑うようにへら、と笑えば、社長はそう、と呟いて視線を逸らす。…この人、察しがいいと言うか、……変に詮索しないのは、あの犬よりかは、幾分か楽だ。
社長はにこ、と笑みを貼り付けると、オレにずい、と詰め寄る。…あーこれ、めんどくさいやつか?
「…何か練牙と面白い話してたね?」
「…盗み聞きは関心しないなぁ。」
「偶然聞こえてきただけだよ。……添は、___練牙が、ずっと、ずーっとここにいると思ってるの?」
確信を突く質問に、内心、どきりとする。
……この何でも知ってます、みたいな社長の目、めんどくさいから好きじゃないんだよな。
オレは社長に負けない作り笑いを浮かべ、言う。あーほんと、朝からめんどくさい。
「……ここにいるも何も、社長が繋ぎ止めるんでしょ?ほら、あの時も言ってたじゃないですか。〝いきなりいなくならないこと〟、って約束。……あの練牙さんのことだし、オレらについてるでしょ。」
「………へぇ、添はそう思ってるんだ。」
「………………」
「…やっぱり面白いね、君たち」
くす、と笑って、社長は先を歩いていく。あ、今日昼頃のMTG、添も付き添いだから。Pechat見といてね。……なんて言う嫌な言葉を残して。
思考が回らないオレは、ただぼーっと、社長の後ろ姿を眺めた。
……何なんだ今日、厄日?
オレは堪えきれなくなったため息を重く吐くと、部屋に戻るため階段を上がっていく。
……あーほんと、さっきから何なんだ。
練牙さんがいるやらいなくなるやら、友だちやら、……アイツに取られるやら。
___ほんと、そんな訳ないって。
どいつもこいつも、めんどいなぁ。
オレは自室_というより相部屋_へ戻ると、2段ベッドの上、自分のベッドへ潜り込む。
……あぁほんと、嫌な目に遭った。あのまま起きずに二度寝しとけば……いやでも、あの続きを見るのは嫌だったし、あれが正解か。
……今度は見ないといーけど。
…ちら、と視線を横に向ければ、観葉植物がオレを覗く。……大人しく、此処にいればよかったんだ。じゃなきゃ、あんな思いもしなくて済んだのに。
「……ほんと、何してんだろーね。」
こんな、アホ犬にぐちゃぐちゃ振り回されてさ。
オレは観葉植物を見つめながら、ゆっくり瞼を下ろしていく。…気怠い朝は、オレには似合わない。もっと太陽が昇ってからじゃないと、…夢を見て仕方ないから。
練牙さんがわざわざオレを朝食に呼び出しに来るまで、オレは〝彼女〟と、嫌に明るい朝に微睡んでいた。
すぅ、と静かに朝の息を吸う。
その空気は、酷く不味くて、…あの人みたいに、変に暖かかった。
「……も、もちろんだ!…と、友だち、だしな!!…『練牙』が、戻ってくるまで…っ」