花束を君に 王都での研究報告は滞りなく終了した。さらなる発展のため、次のフィールドワークの計画も立て、あとは家族の元に帰るだけだ。お土産を選ぼうと商店街へ立ち寄ったフォラスの目を咲き誇る薔薇が引きつけた。
「いらっしゃいませ」
「えっと、その薔薇は」
「ええ。この前仕入れたばかりなんですよ。ご自宅用ですか?それとも贈り物?」
「妻と娘への土産を探していてな」
「まあ。きっとお喜びになりますわ」
如才なく花をすすめてくる店員へ、もう少し他の店も見てくるといって断るとフォラスは王宮へ向かった。
王宮でポータルの使用許可をもらい、アジトへ向かう。
「いてくれるといいんだが。お、いたいた」
眼鏡の奥からアジトの共有スペースを見渡すフォラスの視界が、探していた赤を見つける。
「カイム、いま空いてるか?」
「私めの時間は全て我が君のためにございます」
青年はなにやら書き記しているようだ。
「王都への報告書か?手伝いとかいるか?」
「特にはございませんが、せっかくの学士殿のお申し出。無下にはできませんね」
念のため誤字などがないか見てほしいとカイムは頼んだ。内密にと言われているが、カイムは異端審問官としてハルマ麾下の組織で働いていたという。整理整頓の類が苦手なメギドや追放メギドにしては珍しく、書類の整理や作成にも長けているので王宮の求める報告書の作成などにも関わっている。
「わかった」
整った字は読みやすく、誤記は見当たらない。フォラスは書類の束を返した。
「大丈夫だぜ」
「ありがとうございます。では、こちらが最後になります」
先程まで書いていた書類を受け取る。こちらもフォラスが見る限り、誤字は見当たらなかった。
「完璧だ」
「それはよかったです。で、私に何か頼みでもおありですか学士殿」
「よくわかったな」
「わざわざ恩を売りに来られましたので」
ややトゲのある、そして他者と距離を置くような物言いも既にカイムの性格と皆わかっている。フォラスはふうと息をついた。
「娘への土産に花を買おうと思ったんだが、よくわからなくてな」
フォラスがカイムの胸の薔薇を指した。
「で、誰か詳しそうな奴に聞こうと思ってたらお前さんがいたんで」
「ククク、薔薇には棘があるし、毒のある花も多いぞ」
居合わせたデカラビアが混ぜっ返す。
「それは貴方でしょう。毒草を食堂に飾らないように頼みますね」
カイムは冷ややかに切り返した。
「忘れなければな。だが、毒草でも美しい花はたくさんあるぞ」
「お前さん達仲いいな。よし、デカラビアにもつきあってもらうか」
「お断りだ!誰がコイツと仲良しだというんだ」
「こと贈り物選びというのでしたらデカラビアほど不向きな者もおりますまい」
(そういう言い合いができること自体仲がいいと思うんだがなあ)
一見誰に対しても丁寧な物腰のカイムだが、実は誰からも距離を置いている。デカラビアもそうだ。彼はこの前露見した計画のこともあったと思うが、あまり積極的に交流を深めるタイプではない。だが、口にしたが最後二人から何を言われるか予想がついたのでフォラスは苦笑するにとどめた。
「まあいいさ、お前さん達一緒に王都の花屋まで来てくれよ」
「そうですねえ。ああ、デカラビア」
カイムが小声で尋ねる。
「あるにはあるが」
「では、少し学士殿に分けて差し上げられますか」
「今日の俺は機嫌がいい。貴様が俺に頼み事というのも面白い」
デカラビアが笑いながら頷く。
「話が見えないんだが」
「後で説明しますので、ついてきてください」
カイムはドアを指さした。
ポータルを使って王都へ向かうのではなく、外へ出る。少し歩くと、花が道端に咲いている。
「どこへ行くんだ?」
「すぐですよ」
案内というほどのこともなく、草むらへ案内される。季節の花に混じってモーリュの花がいくつも白い花を咲かせていた。
「モーリュの花ならうちの近くにも咲いているぞ。他の花もだ」
フォラスがずり落ちた眼鏡を直しながら尋ねる。
「ええ、だからいいのです」
「フン、毒も棘もない花ばかりだ。つまらん」
「そんなことを言っているとそのうち花の棘に刺されますよ」
「バティンのことか?」
彼女のメギド体は花に似た姿をしている。
「看護師殿は確かに鋭いですね。ですが、そんな話をしに来たわけではありません」
カイムはモーリュの花を一輪摘んだ。飾るにしてはやや短い。
「学士殿、こんな感じで好きなだけ摘んでください」
「ああ」
フォラスが摘み終えるとカイムは来た道をひき返した。
アジトに戻ると蓋のついた容器に花を入れる。デカラビアが居室から何やら青い粉のようなものを持ってきた。
「ほら、持ってきてやったぞ」
「ありがとうございます。では、この中に」
白い花弁が見えなくなるまで粉を入れる。きっちりと蓋をした容器をカイムはフォラスへ渡した。
「これは?」
「花を乾かすのです。この粉は乾燥剤で、この中に入れるとドライフラワーとして長く楽しめます。あとはピンをつければブローチなどにできます」
カイムは自分の胸を指さした。
「なるほど」
「娘さんと一緒に作ったらいかがです?仕事仕事でろくに遊んであげていないのでしょう?」
「痛いところをついてきやがるな。でも二人ともありがとう。恩に着る」
「どういたしまして」
「まあ退屈しのぎにはなったかな」
カイムとデカラビアの口元には確かに笑みが浮かんでいた。