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    kipponLH

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    kipponLH

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    モブ視点です。カブトムシは...ツッコまないでください。ツッコんでもいいけど。ツッコまざるを得ないけど。自分でもカブトムシは無理があるなと思っているので...そのうち変えられたら😇

    友人 私の友人の話をしましょう。
     お望みのような、聡明で、勇敢な、あるいは冷徹なリーダーとしての彼女の話はできませんよ。私は私が知っている限りのことしかお話できません。え?そうですか......私の話が何のお役に立つのか見当もつきませんが、そうおっしゃるならお話ししましょう。
     
     友人と私は、訓練兵団で出会いました。彼女はとても変わり者だった。ほとんど浮いていたと言っていい。部屋の隅っこで窓の外を眺めたり、かと思えば地面に突っ伏したり、とにかく変わった子だった。眼鏡を何度も掛け直して、しかめっ面で本を読んでいる場面も目にしました。周囲とは全く馴染めていませんでしたね。
     当の私はと言うと、彼女のことを煙たがっていたわけではありません。ただ積極的に関わりたいとは思っていなかった。ふふ、そうですね。薄情かもしれません。
     
     あれは兵団に入ってから数ヶ月経った頃、季節は秋でした。その日は長期休暇の初日でした。みんなが滅多に帰れない故郷へ意気揚々と出発しました。当時私は彼女と同部屋で、ちょうどその日、忘れ物があって一人で部屋へ戻ったんです。まだほんの子どもです。みんな帰省を心待ちにしていたので、まさかまだ部屋に誰かが残っているとは思いませんでした。私は扉を開きました。
     彼女はそこに一人残っていた。窓際に椅子を持って来て、静まり返った部屋で本を読んでいた。彼女の背にイチョウの大木が黄色く美しかったことを今でも覚えています。私はほぼ反射のように声をかけました。
    「何を読んでるの?」
    彼女もまた、誰かが戻って来るとは思っていなかったんでしょう。肩をビクッと震わせた後、少し上ずった声で答えました。
     それは、有名な昆虫博士の伝記でした。私も好きだよ、実家にあるよ。そう言いました。彼女も奇遇だねと答えました。
    「帰らないの?」
    「帰るよ。これを読んだらね。続きが気になって、ここまでは読みたいんだ」
    「そう」
    その時の彼女と私の会話はそれきりでした。私は相変わらず変わった子だ、と思いました。でも何となくその景色を忘れられなかった。窓の外で色づいたイチョウと、そのそばに座る彼女という構図が印象的だったからかもしれません。
     
     
     彼女と再び言葉を交わす機会は、間を置かずやってきました。
     それは訓練から座学への移動時間でした。他の訓練兵たちが慌ただしく準備をするなか、彼女はまたも一人庭の隅に座り込んでいました。イチョウの木のすぐそばでした。
     脳裏に、イチョウを背景に本を読む彼女の姿が思い起こされました。そのせいでしょうか。私は彼女に言葉をかけようと、背中側から近づきました。それまで親しくどころかほぼ話をしたことがなかったのに、不思議ですね。でもなぜだかわからないけれど、話しかけたかったんです。彼女と話をしてみたかった。私は実は運命だと思っていますが.....内緒ですよ。
     ともかくその時、私は彼女に声をかけた。そして彼女がイチョウの木の下、一面黄色い葉で覆われた地面で何をしているのかを知りました。
    「それ、カブトムシの幼虫?」
    「うん。ここにいると危ないから」
    「あっちに移動させるんだ」
    「うん」
     
     そこは、まさに訓練場から座学の講義室へと移動する通り道でした。イチョウがぐるり一周して植えられ、秋には豊かな黄色い絨毯が敷かれる場所でした。どんなに大量で柔らかいイチョウの葉に守られても、数十人の訓練兵たちが一斉に踏みならせば、そこはどうなるでしょう──その下の命は。私はその時初めて彼女が地面に這いつくばる理由を知ったのでした。
    「手伝ってもいい?」
    「えっ?......うん」
    そう言った私に、彼女は最初驚いたようでしたが、その後は黙々と作業を再開しました。かと思えば、突然火が点いたようにこの間の昆虫博士の伝記の話をしたり、幼虫の様子を話したり。忙しない人でした。目まぐるしく変わる表情に、私はいつの間にやら彼女のペースに巻き込まれていった。
     そうこうして一緒にカブトムシの幼虫を運んでいると、私の肩にイチョウの葉っぱが一枚はらりと落ちました。彼女はそれを手にとり、微笑んだ。初めて言葉を交わした日にちを忘れても、声をかけた理由を忘れても、あの時から二十年以上経った今でさえ、私はその笑顔を忘れたことはありません。
     
     
     彼女と親しくなるのにもう理由は必要なかった。私と彼女はある時は本の貸し借りをするようになり、ある時は葉の下で眠るカブトムシの赤ちゃんの共同世話係となりました。
     同室のみんなが食事で出払っている間、部屋中に本を広げて読むのが私たちの休日の習慣になっていました。彼女は歴史、生物、化学、物理、おとぎ話、流行りの小説、あらゆるものに興味を示しました。
     ある時、いつものように本を広げながら彼女が言いました。自分は調査兵団に入りたいのだと。まるで打ち明け話のように、頬を上気させて「外の世界を知りたいんだ」と。私もそう思う、と答えました。すると彼女はレンズの奥の瞳をまるまると大きくし、ますます頬を赤くして微笑みました。その日も窓の外ではイチョウの葉がはらはらと舞い、果てがないように思えました。
     
     彼女は何かに夢中になると、なりふり構いませんでした。ボサボサの髪の毛、考え事をする時爪を噛む癖、つい靴のかかとを踏んでしまうところ。私が注意すると、彼女はそのたび「ごめん、ごめん」とはにかみました。
     そうそう、彼女は私より頭ひとつ分背が高かった。だから頭や肩に葉っぱが落ちるとすぐ気がつくんですね。頭の葉をとりながら、よく
    「君にはいつも注意されるけど、イチョウの葉っぱに気がつけるのは私だけだね」
    と笑ったものでした。
     
     
     季節は移ろい、秋をひとたびふたたび迎えるにつれて、だんだんと私たち訓練兵の耳にも各兵団の実態が届くようになりました。その中には当然、調査兵団のものもありました。その死亡率の高さは、巨人を直接目にしたことのない私たちにも、十二分に恐ろしさを伝えるものでした。多くの訓練兵が憲兵団、もしくは駐屯兵団を希望するなか、彼女の意志は揺るがなかった。
     けれど、私は違いました。自分以上に、彼女の命が失われることが怖かった。おかしな話でしょう。彼女には彼女の人生がある。私は彼女の人生の過程で一瞬すれ違ったに過ぎないのです。しかし、その時の私には彼女を喪失することが何より恐ろしかった。青春のひととき、永遠に一緒にいることはできないと子どもながらに知っていても、どうしても抑えることができなかった。私は自分と彼女を同一視していたのでしょう。
     
     所属兵団を決める日の前夜、私は調査兵団に入ることを諦めるよう彼女を説得しました。でも、彼女は頑として首を縦に振らなかった。焦った私は思わず口にしてしまいました。
    「そんなに壁の外に出たい?そんなに自由が大事?ばっかみたい!自由なんていらない、ここにいてよ!ここで安全に暮らせばいいじゃない。みんなそうしてる。なんで外にこだわるのか、私にはわからない!」
     それなりの時間を一緒に過ごせば喧嘩をすることもあります。くだらないことで口論になったこともある。彼女と私が言い争うことはこれが初めてではありませんでした。だけど、その時の彼女は私の言葉を聞くと束の間寂しそうな表情を見せ、席を立ち、そのまま戻ってくることはありませんでした。
     
     今ならもっと上手に伝えられたかもしれません。いえ、何度繰り返しても結果は同じだったかもしれない。彼女の不器用な優しさ、外に開かれた知的好奇心、直情径行に見えて誰より思慮深いこと、それらを知っているのは私だけだという自負は確かにあったのですから。本当の彼女を自分だけが知っている。その小さな優越感がある限り、結局いつかは彼女にそれを見透かされ、あなたのためと言いつつ彼女を囲おうとする私の幼稚さは、彼女を不自由にした気もします。それは誰にもわかりません。
     
     
     その後はご存じの通り。彼女は調査兵団に入り、やがて第四分隊を任されるまでになりました。そしてエルヴィン団長の跡を継ぎ、第14代調査兵団団長に。
     私は駐屯兵団に配属されましたが、数年のお勤めののち故郷へ戻り、今に至るというわけです。ええ、今は畑を耕し、農作物を育て、自然の恵みに感謝する日々です。私にはこの生き方が合っていたんだと思います。
     え?彼女──ハンジの最期がどうだったか......ですか?いえいえ、まさか。私も最近まで知りませんでしたもの。彼女とは訓練兵団卒業以来、一度も会っていません。だから新聞で読んで初めてその最期を知りました。それ以上の情報は何も知りません。
     
     ええ、そうですね。ただ──この間の第3次和平大使派遣の際に、お会いすることはできました。まさかわざわざ訪ねてきてくださるなんて。律儀な方ですねぇ。.....そんな方がハンジのそばに居てくれたと思うなら、少しは安心できるかもしれません。残された者の勝手な戯れ言ですけどね。でも何だか──あの方がハンジについて話す様子を見ると、そう思ったんです。そうです、リヴァイ兵長ですよ。今は兵長ではありませんが、そう呼ばせてください。
     
     あそこのイチョウ並木、ちょうどあそこにいる時でした。兵長がいらっしゃったのは。
     私はね、今でもイチョウを見ると思い出すんです。もうこれは性分なので仕方ないんですよ。ここで暮らしているのも、いつでもあのイチョウ並木を訪れることができるからかもしれません。
     
     あの日も、あそこのイチョウ並木を歩いていました。常に昔のことを考えているわけではないんです。だけどあの時分は連合国から3回目の大使派遣の真っ最中で、新聞もラジオもそのことで持ちきりでした。
     どうしたって思い出してしまいますよ。ハンジはオディハで壁の巨人の群れに立ち向かい亡くなった。イチョウの葉の下の小さな命ですら大事にしていたハンジは、地鳴らしをどう受け止めていたのでしょう。色々な憶測がありますが、今となっては知る術はありません。なかには耳を塞ぎたくなるような憶測もあるけれど、私が知っている10代前半の彼女の印象とは違うんですよ。彼女も様々な経験を経て、変わっていった部分もあったということでしょうか......そんなことを思いながら並木に沿って歩いていると、風がぶわっと吹きましてね。
     視界が一面黄色く塗り潰されたかと思ったら、その向こう側に人影が映りました。ハンジだ、と思いました。きっと彼女は私の頭にくっついた葉をとってくれる。あの頃のように笑いながら。
     しかし視界が開けて目の前に現れたのは、リヴァイ兵長でした。彼は車椅子に乗ってイチョウを背にこちらを向いていました。なぜ彼の姿とハンジの姿が重なったのか、理由はわかりません。
     
     私も兵長のお顔くらいは存じ上げております。どうやらその時の大使派遣に同行しているらしいという話も聞いていました。兵長はクーデターでイェーガー派が実権を握った際、亡くなったと思われていた。その兵長が実は存命だったというニュースが世界中を駆け巡った時、あれは衝撃でした。兵長も再びこの島の土を踏むまでに、随分と時間がかかりましたね。え?ええ、まあそのことは.....私は兵団を離れて久しい身とは言え、ここで彼のような要人の去就についてお話しするのは控えようと思います。それがたとえ個人的な考えであったとしても、です。
     
     話を戻しましょう。リヴァイ兵長はその時、目に見える限りではお一人でした。兵長は先にご自分から名乗ると、今度は私の名前を尋ねてきました。尋ねられた名に私が間違いありませんと言うと、自分は私に会いに来たと。言伝を預かってきたから聞いてほしいと。
     それは、友人のハンジの言葉でした。いえ、言伝と言うにはあまりに漠然としすぎていた。ふふ、実を言いますとね、私は兵長が何をおっしゃっているのか、最後まで聞いてもよくわかりませんでした。ただ、どうやら彼がハンジから私のことを聞いていたこと、彼がそのことを私に伝えなければと思ってくれていたことだけはわかりました。
     兵長がおっしゃるには、ハンジはイチョウが舞う季節になると、訓練兵時代の風変わりな友人の話をしていたということです。一緒にカブトムシの幼虫を引越しさせ、部屋中に本をばら撒いてああでもない、こうでもないと夢想した友人のことを。全く失礼な話ですよ。全てはハンジのほうからですよ。風変わりはどっちなんだか。
     ......ええ、兵長はそれらの話を一つひとつ丁寧にしてくださいました。そして、ハンジが進路の件で喧嘩別れしたことをその後も気にしていたこと、いつか会うことがあったならと漏らしていたことも話してくれました。
     
     真摯な方ですね。私たちが訓練兵団を卒業してどれほどの年月が経ったことでしょう。ハンジだって日々の生活の中で、責任ある立場で、そんな14、5歳の時のことを頻繁に思い出したとは思えない。でもふとした時に多感な時期の思い出を漏らし、兵長はそれを覚えていてくれた。彼女にとってそのことが、そんな人が自分のそばに居てくれることがどれだけ心強かったことでしょう。
     兵長はたったそれだけの話をするために、ここを訪ねて来てくれたんです。おそらく私のところだけではないでしょう。限られた時間の中で、彼女とゆかりのある人々に、彼女の言葉を伝えるためにやって来たんです。
     
     ......私はね、記者さん。彼女に特別な感情を抱いていたんだと思います。それは恋愛感情とは違うものだったけれど、私と彼女が過ごした時間は人生で最も感じ入り、最も揺れ動く時期でした。私は彼女に対して友人というにはあまりに大きすぎる感情を持っていた。彼女は私にそれまで他人とは共有しなかった面を見せ、その世界にいっとき私を入れてくれた。一瞬であっても、人生のひととき、彼女の世界を私に見せてくれた。
     多分本当であれば、進路を分つ時、私は自ら彼女の世界から出て行かなければならなかったんだと思います。私は自分で自分の世界を形成すべきだった。彼女は彼女の世界で生き、私は私の世界で生きて、その中でもう一度誰かと出会う。きっとそれが成長のためには必要だった。  
     
     今私は背伸びすることなく自分の足で立って自分の人生を生きています。今ならもしかして違う言葉で彼女と向き合えるかもしれません。大切なものを守るために外に出たかった彼女、壁の中で大切なものを抱えて生きたい私。違いを責めるのではなく、違いを認めて送り出せるかもしれない。残念でなりません。けれどそれが人生というものなのでしょう、今はそう思います。......いえ、大丈夫です。失敬......。
     
     
     ......長々と関係のない話をしてしまいましたね。でもこれが私の知るハンジ・ゾエの全てです。拍子抜けしましたか?えっ?そうですか......あなたもまた奇特な方ですね。まあ、お役に立てたのならよかった。
     え?あそこのイチョウ並木のことを?ええ、それはもちろん。先ほど私がお話したことは全て、本にしていただいて構いませんよ。ですが、イチョウの木の話なんて載せてどうするんです?
     はぁ、それならいいんですが......ええ、大事な思い出ですよ。不思議ですね。イチョウが黄色く色づくと、そこに今でもくっきり彼女の姿が浮かび上がってくるんです──彼女だけが。彼女だけが友人だったわけでもないし、彼女との思い出はイチョウだけでもない、良いことと同じくらい苦しいこともあったのに。可笑しいですね。
     いえ、こちらこそありがとうございました。本当にこんな話で大丈夫でした?......そうですか。そう言っていただけるのならお話した甲斐がありました。本になる時はぜひご連絡くださいね。私も読みたいんです。私の知らないハンジ・ゾエの物語を。
     
     あら、風が強くなってきましたね。......お気をつけてお帰りください。それでは。
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