月に告げる 〜想楽&九郎〜おててつないで みなかえろ
からすといっしょに かえりましょ
昔、兄さんと手を繋いで帰り道を歩きながら歌った思い出がある童謡と違って、夕暮れ時では無いし帰りでもないけれど夜道を歩いていた。
僕の一歩前を歩いているのはカラスじゃなくて九郎先生だ。……Crowじゃないよー?
「星空がとても綺麗に見られるという場所を教えてもらったのですが、良ければ一緒に行ってみませんか?」と誘われて、夕陽が沈む前にまっすぐ帰って休むのもまぁ良いけど、興味があったのでついて行く事にした。
少し離れた所にある森の中、というか小さな山に近いかもしれない。明かりが無くてこの時間に歩くのは危険じゃないかなと思ったけど、その分星もたくさん綺麗に輝いて見えるのだろう。
道は木の根っこに邪魔され歩きづらいという事も無く散歩コースとしても丁度いいと思った。今度、太陽が昇ってる時間にも来てみようかな。
風の音、その風で揺れる木々の音、その木々にいる虫達の声は聴こえるけど、人は僕達以外に誰もいなかった。
「あ……着いたみたいです、北村さん!」
木に囲まれた道と途中からあった階段を進んだ先は少し開けていて、展望台の様になっていた。
空を見上げた瞬間、わあっ……って声に出た。
明かりはそろそろ寿命なのだろう、豆電よりも弱い気がするし時折点滅もしてる外灯2つだけ。
そこから見る星空は、凄く綺麗だった。こんなにもたくさん星が集まって、空に浮かぶイルミネーションの様に光っていたんだ。ビルの照明にも照らされた道を歩く最近だったので久しぶりにそう思った気がする。
「これは……凄く綺麗ですね……!」
「うん……誘ってくれてありがとう九郎先生、良い場所教えてもらっちゃったー。」
誘う相手、僕で良かったのかなー?僕は嬉しいけどー……同じユニットメンバーのキリオ先生とか翔真先生とか、もっと仲の良い人が他にもいるでしょー?……[僕だから]良かったって、思っても良いのかな。
「…………ねぇ、九郎先生ー。」
顔が見たくなった、それだけの理由だった。
「はい、どうしましたか? 」
こちらを向いてくれた顔をじーっと見つめる。
「北村さん……?」
「…………」
ああ、今この場所で見れた物が思った以上に美しくて、嬉しくて、口元ににまりと三日月を浮かべてしまう。
「今日も月が綺麗だねー。」
目の前の月を見つめて、そう言いたかっただけだ。
「あの……ここから月は見えないのですが、」
「ふふ、いいのー。」
今の九郎先生にその月は見えないと思う。
だって、鏡が無いと自分の顔は見れないでしょう?
(……月色の 瞳見つめて 燃える想い。)
僕はこの人の眼が好きだ。月の様に落ち着いて優しい色で、形を変えていく表情豊かなその眼が好き。
最初は見ていても特に何も思わなかった筈なのに、いつからか目が合うと一瞬だけドキッとする様になって……後から僕はその月とそれの持ち主の九郎先生を好いていると自覚した。
不思議だよねー?何を隠しても見抜かれそうな鋭さが見えるというか……クリスマスの時から、九郎先生はそうだったね。
「……北村さん、今の言葉の意味はもしかしてその……夏目漱石の、」
ほら、こうやって月は見ている。
双つの月が僕だけを見ているこの時、月に萌えて、月に焦がれ、月に手を伸ばしたくなった。
「……九郎先生、そっち行っていいかなー?」
「は、はい。」
ずっとが無理でも、今だけは
こうして近付いて、両手を握って──
「……北村さん……」
「九郎先生……僕は…………」
……音が止まった。
違う。僕は、声に出そうとしてしまった。
何を?僕があなたに感じている本心を?
言ったらこの先どうなるのか分からないのに。
「……北村さん。」
「…………」
顔が見れなくなって、下を向いてしまう。
僕の想いは、さっき言葉の裏に隠して告げた。
気付くかなーとは考えたし、彼は気付いた。
「月が綺麗ですね」という言葉で包んだ想いを、
九郎先生は……受け取ってくれるだろうか。
……あなたがそれを受け取らなくても、これまでみたいに、たまに話をしたりお茶を飲んだり出来る関係でいれたら……それで良い。僕が怖いのは……それが今ここで終わってしまう可能性だ。
「……私からも、よろしいでしょうか。」
「…………うん、いいよー。」
「私は……この素敵な景色を北村さん、貴方と見たくてお誘いしてみたんです。……私は、貴方が良かったんです。」
「……っ!」
僕から握ったその両手が僕の手を握り直す。
「どうか顔を上げてください。北村さんの顔をまっすぐ見て伝えたい言葉が、私にはあるんです。」
その声色こそが、僕はまっすぐだと思った。
覚悟を決めて僕は顔を上げる。
綺麗な星空を背景に、綺麗な月色の瞳と顔をしている九郎先生が見える。表情はとても真剣で……僕に大事な事を教えてくれた時のそれだった。
「……いつ、この想いを告げようか迷っていました。ですが先程の[月が綺麗ですね]という言葉を、月が見えないこの場でそれを言った意味を考えて……私は今、貴方に伝えたいと思います。」
握っている手に力が込められる。
「北村さん……貴方が好きです。
私は貴方を愛しています。」
僕があの言葉に包んだ想いを、九郎先生は僕の前に出してくれた。貴方が隠した物はこれですか?と言うように、自分も持っていた同じ物を包み隠さず出してくれた。
「……九郎先生、本当に僕で、良いのー?」
「私は北村さんじゃないと駄目です。……北村さんは……? あの言葉の意味は、貴方が綺麗だと思った月は何処にあるんですか?」
……九郎先生が僕の目を見てそう言ってくるんだから、もう……
「……僕の目の前に、あるよ。
とても綺麗で、まっすぐな月が。」
嬉しくて……嬉しくて仕方ない。
「月明かり……秘めた想いも、照らし出す。
九郎先生、僕も……あなたの事が好きです。」
「……っ 北村さん、ありがとうございます。」
目の前の月が柔らかく微笑んだ。
ほんの少しだけ、月の雫を落としながら。
「……僕の方こそ、ありがとう。……ねぇ九郎先生、九郎先生も僕が綺麗だと思った月、見てみたい?」
「……私にも見えるのですか?」
「ふふ、多分見えると思うよー?
こうやって──」
手を握るだけじゃ足りない、もっと近付いて。
体はぴったりと密着して、顔に息がかかるくらいの近い距離であなたを見つめる。
──九郎先生、見えるかなー?
僕の瞳の中に、とても愛しいお月様が。