二月◇背中を押すのは空からの色◆
「…………どう、でしょうか」
いままでの私だったら着る機会は来なかったであろう雰囲気の、今回のお仕事で着る私の衣装。それを着て試着室から1歩2歩進み、私が着替え終わるのを待っていた目の前の人に声をかける。
「どこかおかしなところはありませんか……?」
「うーん、もう少し近くで見させてもらうねー」
その人からも私に少し近付いて「へぇ……」「こういう風になってたんだねー」とぽつぽつ呟きながら私をじっと眺め周りをくるっと1周していた。な、なんだか緊張しますね……
「……うん。僕の目にはちゃんと着れてるように見えるよー」
「そうですか? 良かった……安心しました」
「まぁ僕は衣装係さんじゃないし、実際は少し変な部分もあるかもしれないけどねー」と語っているのは私と同じくスケートボード大会のプロモーションを務めることになっている北村さんです。
私たち以外にも、御手洗さんと神楽さんがこのお仕事に関わっているのですが、今ここにいるのは私と北村さんだけみたいです。カーテン越しに聞こえていた会話の内容からすると、飲み物を買いに出ているのでしょう。
「にしても……なんか新鮮な感じがするよねー、こういうストリート系な九郎先生って。いままでの九郎先生を見てきた人たちはみんなびっくりするんじゃないかなー? 翔太くんたちが戻ってきたときの反応が楽しみだよー」
「そうですね……私自身も驚いていますし、似たようなことを感じていました。試着室の中で着替えている際も、鏡に映った私がいつもの私と違う私に見えてきて……」
そして、鏡の向こうにいる私は微笑んでいた。
新しい私を見つけてくれたことを祝うように。
「でも、嫌な気はしなくて、『私はまだ変われるんだ』とこの衣装を纏った自分の姿を見て勇気を貰えた気がしたんです。衣装の力ってすごいですね」
「へぇー……あ、それって色も関係してたりするんじゃないー?」
「色、ですか?」
「ほら、こっち側の色。深めの緑でお茶の色みたいだなーって、実はさっきから浮かんでたんだけどー……九郎先生の身近にある、九郎先生の好きなものの色だから、九郎先生は無意識でそこから力を受け取ってるのかもよー?」
(色……私が好んでいるのは空色ですが……)
着物の色もそうだけれど、昔から見ていて心が落ち着く色がそれだった。涼しくて、開放感もあって、雲ひとつ無い綺麗な空の色。
お茶の緑色も、もちろん私は好きですよ。
私の“好きなもの”の色……
北村さんの言葉を頭の中で繰り返しながら、私はもう一度鏡の方を向く。鏡に映る私の隣に今度は北村さんも映っていた。
北村さんの墨を吸った筆のように白と黒が混ざった髪、深いと感じる赤の瞳。
「あ……」
(今、やっと気付きました……)
そんな偶然があるのかと驚いた。
こんなうれしい偶然があったのかと、思わず顔がにやけてしまいそうです。
「……九郎先生ー?」
「――そうですね。きっとそれも大きいです」
鏡の向こうにいる方ではなく現実の私の隣にいる北村さんを見つめると、北村さんも不思議そうに私を見つめ返してくれた。
「なんだか更に力が湧いてきました。このあとの練習も上手くやれそうです」
「九郎先生の心にいい感じの火が灯ったのなら良かったよー」
「はい、これは私だけでは気付けなかったことだと思われます。素敵な助言をありがとうございました、北村さん」
「……そこまで感謝されること僕したかなー? ふふっ、どういたしましてー」
本当に、貴方がいてくれたおかげですよ。
北村さんが今日も私の近くにいてくれたから、今の私は大好きな色に包まれているのです。
「あ、そうだ。これを伝えるの忘れてたよー」
「なにかあったのですか?」
「今が絶好の機会な気がするから、最初に言う役は誰にも譲りたくないって思っちゃってねー」
そう言って北村さんは内緒話をするかのようにそっと呟いた。
「――よく似合ってる。格好良いよ、九郎先生」
「あ……ありがとうございます。北村さんも格好良いと思いますよ」
「本当ー? ふふ、ありがとー」
北村さんに限らず色々な方からお褒めの言葉を戴くのはうれしいけれど、北村さんからのそれが私にとって一番うれしい魔法の言葉だった。
「ねぇ九郎先生、本番の撮影も終わって少し落ち着いたらなんだけどー」
「はい」
「今度――」
「たっだいまー! あ、九郎さんも着替え終わってる!」
「自販機の前でたまたまプロデューサーさんと会って少し話をしたんだが、それで戻ってくるのが遅くなってしまった」
「あっ……おかえりー」
「御手洗さん、神楽さん、おかえりなさい」
北村さんがなにか言おうとしたところで御手洗さんと神楽さんが戻ってきた。
「……九郎先生、あとでLINKに送るねー」
「えっ……? はい、わかりました」
北村さんが話そうとしていたことは私たち以外に誰かがいると話せないことなのだろうか。
……そういった話に心当たりが無い訳ではない。私の予想が当たっているなら、これは私たちだけの秘密のお話ですから。
◆
『お仕事が終わって落ち着いたら、今度
九郎先生の家に遊びに行ってもいいー?』