夕方のアキ司「ふふ…アキラ、喜んでくれるといいな」
ほかほかのホットドッグが入った紙袋を抱えて、夕時のレッドサウスストリートを歩く。司令としてのとあるお仕事があったのでここに来ていたが、終わる事にはすっかり夕方だったみたい。
元々手ぶらで帰る予定だったけど、ふとしたらアキラの顔が浮かんで、そういえばパトロールで疲れてるかも…なんて考えて、好物のホットドッグをお土産に買っていくことにしたという訳。これならきっと喜んで受け取ってくれると思ったから。
初めて差し入れした時は「ホットドッグ!?ありがとな司令!」なんて凄く喜んでくれて、そんなに喜んでくれると渡した側も嬉しいなぁ…なんて微笑ましくなったのを覚えてる。何よりあの笑顔が私は好き。ぽかぽかの太陽みたい。
「早く持って帰らなくちゃ…――」
「あれっ?お嬢さん今ひとりなの?」
「…えっ?」
紙袋から視線を離して声が聞こえた真正面に顔を向けると、なんだかチャラそうな男の人が話しかけてきたようだった。パッと見でチャラそうなんて失礼かな…。レッドサウスの市民なのかな、街を歩き回っていそうなイメージだ。そんな人がなんで……というか、『お嬢さん』?
「買い物帰り?ちょっとだけ俺と遊んで帰らねえ?」
わざとらしい抑揚、明らかに何か裏がある喋り方に思えた。初対面なのにお構い無しでずいずい近付いてくるし、なんなら腕を組まれそうになる。でも私は今、両手で紙袋を抱えてるし、中のホットドッグも心配なんだから、絡まれるのは良くない。早く帰らないといけないのに。
「い、いえ、結構です…!これからまた用事というかお仕事もあるので――」
「え〜?こんなかわいこちゃんが夜からまたオシゴトとかブラックじゃね?そんなのやらないでさ、俺と遊ぼうぜ〜」
「いいです…!やめてください!」
私の力では振り払えないくらいの力でぐいっと引っ張られる。思わず足に力を入れてしまった時、抱えていた紙袋が落ちてしまった。中身のホットドッグが地面に叩きつけられて潰れる音が聞こえる。ああ、せっかくアキラの為に買ってきたのに……。
それでも尚、男の人は私の腕を掴んで無理やりに引っ張る。『ヒーロー』でもないただの司令の私は人並みの男性に勝てる力なんてある訳もなく、ずる、と足が引きずられてしまう。
「ほらほら行こうぜ〜」
「いや…っ!離して……!」
「おい」
私の声じゃない、目の前の男の人でもない、低い声が響いた。同時に腕を掴む力が弱まる。その隙を見て急いでその場から離れようとするけれど、今度は後ろから別の誰かの腕が伸びてきて、肩を抱かれた。
びっくりして勢いよく振り返ると、そこには見慣れた真っ赤な髪。その下の翡翠の瞳は、キッと真っ直ぐに男の人を睨みつけている。
「あ…アキラ……」
「お前、うちの大事な司令に何してくれてんだって聞いてんだよ」
いつもよりワントーン下がった声で、鋭い目付きで男を威嚇する。私よりも少しだけ背の高い彼は、私の頭上でその言葉を放つ。その声を聞いた男は酷く焦った表情を浮かべながら慌てて街の渦へ走り去っていってしまった。
ようやく解放された安堵感から、ふっと体から力が抜けてしまう。するとすかさず支えてくれた彼が、私の顔を覗き込むようにしながら言う。
「…大丈夫かよ司令」
「う……うん、ありがとう。まさかアキラが都合よく居たなんて思ってなくて…」
「ったく……オレが来たから良かったけど、あんなの絶対危ないっての」
ぶつくさ文句を言いながらも、アキラは私を抱き寄せてくれる。彼の温もりを感じられて、さっきまでの恐怖心はすっかり消えていった。むしろ安心すら感じられた。
時刻は既に17時近く。人通りも減ってきた頃だ。
「……にしても、こんな時間に何で一人でサウスなんかに居たんだよ。朝言ってた仕事は夕方前に終わる予定だったよな?」
「…そう、だね…ほんとは特に寄り道せずにタワーに帰るつもりだったんだけど……」
私は少し震えた声でアスファルトの道に落ちてしまった紙袋に目を落とす。涙が出そうだ、せっかくアキラに喜んでもらおうと思ったのに、落としてしまう挙句に、助けてもらうなんて。…結局迷惑をかけてしまった。
「これ……アキラに食べて欲しくて……パトロールで疲れてるかなと思って……でも……もう無理だよね……ごめんね……」
視界がぼやけてくる。だめだ、ここで泣いちゃいけない。泣く資格なんて無いんだもの。それなのに止まってくれない。ぽろりと零れた雫が頬を伝っていく感覚があった。
アキラはそんな私の顔を見つめた後、頭を二回ほど撫でたと思えば紙袋を拾い上げる。そしてそのまま中身を取り出して一つを口に含んだ。
「あっ……き、ら……?」
「んっ!美味いなコレ!」
「えっ……?まって、それ…」
「なぁ司令、知ってるか?サウスにはな、こんなうめぇホットドッグを売ってる店が沢山あるんだよ!司令にもオススメしたいし、なんならこれだってオレのお気に入りだしな!」
「っ……」
涙が止まらない。こんな状況なのに、嬉しいと感じてしまっている自分がいる。嬉しさのあまり嗚咽まで出てしまいそうになるのを必死に抑え込んで、なんとか口を開いてみる。彼はそれを見て、食べる手を止めてくれた。
「……あり、がとう…ごめん、今度はちゃんと持って帰る、から…」
「……いいんだよ、オレの為に買ってくれたってその気持ちだけで。…それに!ちゃんと袋に包んでくれてたからあんま具も溢れてねーしな、普通に食える!」
そう声高に言うと、彼はまた美味しそうにホットドッグを頬張ってくれる。その笑顔を見ていたら、なんだか泣くのも馬鹿らしくなっちゃって、いつの間にかその笑顔に夢中だった。
……
「な、今度は一緒にホットドッグ買いに行こうぜ。んでもって一緒に食おうな!」
「…!うん、そうだね!」
指切りなんていちいちそんなことはしないけど、きっとこの約束はお互い忘れないしきっと叶う。
わくわくで気がちょっとだけ昂るのと反対に、だんだん冷たい風が吹いてくる。もう太陽も家に帰る時間みたい。掌を合わせて冷えかけの指先に熱を込めようとすると、突然何かに包まれるような感覚を覚える。
「え、あれ、アキラ!?」
「はは、なに驚いてんだよ。寒いだろ」
アキラの手のひらが私の手を包み込む。【サブスタンス】のおかげかもしれないけど、じんわりとしたアキラの体温を感じられる。「これからもうちょっと冷えるし、早く帰ろうぜ」と、そのまま手を引いてくれる。
裏腹に、私はぎゅっと握られる手に力を込めた。アキラはこちらを振り向いて、「どうした?」と首を傾げてくる。
「ううん、なんでもない」
私は笑って誤魔化して、アキラの隣に並ぶ。
やっぱり好きだなって、改めて実感しながら。