その涙は花になる《花吐き病…『嘔吐中枢花被性疾患』
遙か昔から潜伏と流行を繰り返されてきている奇病。
片思いを拗らせると口から花を吐き出す様になる。それ以外の症状はない。
吐き出された花に接触すると感染する。
根本的な治療法は未だ見つかっていない。但し両思いになると白銀の百合を吐き出して完治する。》
なるほど…。確かに、この病の内容は自分が罹患している症状に近い。
ただ、自分は決定的に1つだけ症状が違う。
それは………
「ぅっ、いった……」
はらりと瞳から涙…ではなく、花びらが落ちる。
そう自分は涙が花びらになり、落ちていくのだ。
手の平に落ちた複数の花びらを指先で摘んでその花をくまなく観察する。
大きめの黄色の花弁は良く知っている…鑑賞する花としてなら自分も好きなチューリップ。
その花言葉は『希望のない恋』『望みのない恋』
「どうあがいても、叶わないじゃん…。」
ふっと自嘲的に嘲笑う。
今、ここに友人たちがいなくて、本当によかったと心から思った。
脳裏に掠めた黃と黒のツートンカラー、広く逞しいローブ姿の背中。それを、思うだけで胸が苦しく息ができない。再び目が熱くなり痛みがはしる。
「こんな、情けないどころか…罪深い弟でごめんなさい…」
痛みを伴いながら流れるのは温かな雫でなく、冷たい白い花弁に黄色の筋がはいった花。
ぱさり、ぱさりと膝の上に落ちていく。
「……」
自分が生み出した美しい綺麗な花たちが語るのは、すべて叶わぬ想いを綴った唯一人の最愛の人へ届くことのないメッセージ。
「……すきなって、ごめんなさい」
顔を覆った指の隙間から逃れるように溢れ落ちていく小さなピンクの蝶の形をした花々。
「…兄様」
次いでぽとりと落ちたのは紫の花。
『愛の後悔』をあらわすその花を目にして、自分勝手さを自覚してまた花を流す。
次に流れた同じ形をした色違いの花びらが大きめの花々…
それらの意味は『はかない恋』『恋のくるしみ』
「あなたを愛してる…」
その言葉と同時に溢れでた涙の花はピンク色の大きめの蝶のような形をした花だ。
フィンは溢れんばかりに膝やローブの裾に散らばる花をかき集めて、ぎゅっと抱きしめた。
誰にも見られず、愛でられず、咲いた自分の花…
せめて自分だけは取りこぼすことがないように、大事にしなければ。
ふいに、遠くで生徒のざわめく声が聞こえた。
フィンは急いで花を集めて、ローブの中にしまい込んでパタパタと足音を立ててその場を離れた。
フィンが離れてから、ほんの僅かな差でフィンがいた場所に立ち寄る1つの影。
壁の影になった片隅に落ちていたピンクの小さな蝶のような花。
おそらくフィンが気づかずに、落とした花だ。
「…………」
その影はそれを手にしてじっと見つめたあと、その花を自分のポケットにしまい辺りを見回して、今度こそ何もないのを確認した後、フィンがはしった方向とは逆のほうへと去っていった。
【その涙は花になる】 了
補足
※花と花言葉について(描写順)
チューリップ(黄)…『希望のない恋』『望みのない恋』
夕顔…「はかない恋」「罪」
ボロニア…「許されぬ恋」
クロッカス(紫)…「愛の後悔」
アネモネ(全般)…「はかない恋」「恋のくるしみ」
胡蝶蘭(ピンク)…「貴方を愛しています」
最後の人影がもっていったのはボロニア。