[虎兎]カウントダウン 凍えるような風の中、ビルの屋上から見下ろす夜景は数時間前の『去年』と変わらず美しい。まさに宝石箱をひっくり返したような、っていうヤツだ。
2部の俺たちまで駆り出されるような大規模な立て篭もり事件が起き、新年早々……というか大晦日からぶっ続けで、俺とバニーは現場の隣のビルで待機中。ゴーサインが出たらいつでも飛び出せるようにと、スーツを纏ったままの年越しになった。HERO TVや警察のヘリがバラバラと爆音立てて飛び交っているが、まだ動きはないようだ。
「虎徹さん、いくらヒーロースーツだからって、開けてたら顔から冷えませんか?」
フェイスオープンして街を眺めていると、背後からバニーの声が掛かった。
俺に付き合ってか、バニーも小さな音を立てて素顔をさらしたけれど、地上を遠く離れた高層ビルに吹く風に、何度も瞬きをしている。ああ、涙目じゃねぇか。
「だってよぉ、こんな贅沢な眺め、ディスプレイ越しだけじゃもったいないだろ?」
「もったいない、ですか?」
そういやこいつ、元々住んでた部屋から夜景が見られるようなとこだったもんなー。あんまり新鮮味がないのかね。
そう思っていたら、俺の隣に立ってちょっと眉を寄せて眇めた目を夜景に向けて、ぼそりと呟いた。
「僕、裸眼だと完全にぼやけますからね……」
あ、そか。
「でも、なんだかいろんな色の光がぼんやりキラキラして、夢の中みたいな風景になってます。きちんと見えるより、光が増えて見えるからかな」
景色をきちんと見るのは諦めたのか、ちょっとしかめっ面だった顔から力が抜けて穏やかになり、口元や声はちょっと楽しそうだ。
――…夢の中ねぇ。
長く悪夢のような記憶に苦しめられて、眠りに落ちることさえ苦痛だったようなこの男が、キラキラした綺麗なものを『夢の中みたい』、だってさ。
コンビを組んでいた時間が、そして離れていた一年の時間が、こいつにそんな風に言わせるようになったのかな。だったらいいな。
夜景を眺めるバニーの目が、光を映したようにキラキラしているのを見たらちょっとジーンときてしまって、鼻から大きく息を吸い込んだら、空気が冷たすぎて鼻の奥が痛くなってしまった。
「ぶえっくし!」
「ちょっと、やっぱり寒かったんじゃないですか。新年早々、風邪なんかひかないでくださいよ?」
呆れたような視線をよこし、自分はひくものかとでも言うようにフェイスが下ろされてしまった。
「ひかねーよ!……頑丈だけがとりえだからなー?」
「……どうだか」
それでも、聞こえてきたため息はやはりどことなく優しい響きだった。
『バーナビー、タイガー!犯人側に動きがあったわよ!』
アニエスの声にはじかれたように顔を上げると、隣のバニーがスーツ内に送られてきたデータをチェックし始めていた。
「確認しました。じれて人質を害すると伝えてきたんですね。要求を飲んで、屋上にヘリを降ろすんですか?」
『そう。警察が動いたら同時に突入。カウントはこちらで出すわ、OK?』
「りょーかい。打ち合わせどおりな」
俺はワイヤー、バニーは自慢の脚で、隣のビルに直接突っ込む手筈になっている。スカイハイはもう少し離れたビルに潜んで、直接飛んでくるはずだ。他の面々もそれぞれスタンバイしていることだろう。俺もフェイスを下ろして、夜景はディスプレイ越しになった。
「ようやっと出番だな、ヒーロー」
拳を手のひらと打ち合わせてバニーを振り返ると、憎まれ口が返された。
「ええ、おじさんが風邪を引く前に動けそうで、何よりです」
「このヤロ、可愛くねぇな!」
小首かしげんな!ヒーロースーツで!可愛くないけど、なんとなく可愛いような気がするだろうが!
「可愛くなくて結構ですよ。復帰して最初の大きな事件ですからね。思いっきり活躍しないと」
ターゲットのビルに向かって、ヘリが降下していく。
「とりあえず、ばっちり解決して、酒でも飲もうぜ。熱燗とかいいよなぁ!」
「僕はどっちかといったら、お腹空きましたね。でも食べたら寝そうです……」
「んじゃ、とりあえず俺んちだな。お前、まだ荷物片付けてねぇだろ」
アニエスのカウントを待ち、緊張感を高める一方で、俺とバニーはくだらない会話を途切れなく続けていた。一年前と同じように、けれど決して同じではない俺たちが、ヒーローとして再び飛び出す時を待っている。
俺が1分の限界を背負って戻ってきたのも、バニーが何かを吹っ切って駆けつけてきたのも、『絶対』なんかじゃなかった。奇跡なんて言ったらかえって安っぽいけど、もしかしたらそのまま失ってしまうかもしれなかったものがこの手の中に戻ってきたんだから、俺はやっぱり大事にしたい。
去年は俺もバニーも自分の過去とそれぞれ向き合って、これからどうしようかって考える年だったと思う。始まったばっかの今年は……二人で迎えた今年は、どうしようか?
さぁ、アニエスのカウントが聞こえてきた。
3、2、1――…