Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    shiki_poi

    @shiki_dgs

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 20

    shiki_poi

    ☆quiet follow

    短い弟子(従者)×師匠ばっかりまとめました。
    カップリング色は薄いものから、ピロートークまで。

    #大逆転裁判2
    theGreatAceAttorney2
    #従バロ
    secondary
    #従者バロ
    squireBarro.
    #弟子バロ
    apprenticeBallo
    #アソバロ
    asobalo

    [弟子バロ]倫敦師弟小話 弐ここは譲ってあげない桜吹雪のごとく肖像、憎しみ、机とクッション鳥寄せの笛白薔薇の小道にて成歩堂、俺は、彼をもしもの幻視その肌の記憶祝いの酒、満ちて男道成寺碧い飴玉ガラス一枚隔てて鳴るねこ彼をなんと呼ぶべきかあいのことのは遠国よりマリアージュ時と場合による○○○狩ネコ深夜の訪問春にして君を離れまなざしここは譲ってあげない「いい子だ」
     そう言って目を細めながら、バンジークス卿が膝の上の猫を撫でている。猫も心地よさそうな顔だ。
     想い人の膝や視線、てのひらを独占している猫。触れたり触れられたり……俺が猫だったらできただろうか。だが俺は、決して猫になりたいなどと羨まない。
     最高の検事の一番弟子として、彼に学び追いつき、やがて肩を並べてその背を支えてみせるのだから。
     やわらかな毛皮で癒せなくとも、きっとバロック・バンジークスにふさわしい男になる。
    「んっ……くすぐったいな」
     …………こら猫、その男の指を舐めるんじゃない。羨ましいやつめ!
    桜吹雪のごとく「日本では花見といえば桜なのだが」
     突然何を言い出したのか、という顔で師匠がこちらを見ている。
    「なに、時期になると満開の桜の下で、花見と称して飲み食いをする宴が催されるのだ」
    「そういえばゲンシンたちも、バスケットに酒や食料を詰めて繰り出していた気がする……兄上に同伴を止められたので、どんなだったのかは知らないのだが」
     ――思わぬところで父たちの乱痴気騒ぎを察知してしまったが、深く追求しないほうがよさそうだ。
    「酒はともかく、近いうちにアイリス嬢たちを招いて花見の茶会など開いてはどうだろうか」
    「そうだな……それはいい」
     姪との茶会に思いを馳せて微笑む人は、まさか俺が、情人の首や胸やその他あらゆる場所に己が散らした薄紅色の跡を見て、故国に咲く満開の桜を連想した……などとはつゆほども思うまい。うとうとし始めた裸の肩に上掛けを引っ張りあげてやりながら、ほくそ笑んだ。
    肖像、憎しみ、机とクッション 初めての弟子が意気揚々と故国へ戻る船に乗ったのは、しばらく前のことだった。
     執務室に残ったのは、この国にはもう使う者のいない、低い机とクッション。カズマは、このロンドンで検事として正式に認められてからも、私の部屋の片隅を仕事場と定めていた。
     片付けましょうか、と尋ねてくれた職員もいたが、そのままでよいと断った。
    「君は大事な人が残した欠片を捨てられないのだな。それがどんな形であっても」
     いつかこの部屋が埋まっちまわないといいがね!
     探偵はそう言ったがきっと彼も同じ人種に違いない。
     愛した人の誰もが去っていくならば、思い出すよすがくらいは私にだって残してほしい。それくらいは許されよう。
    鳥寄せの笛我が弟子は口笛がうまい。早口は舌を噛むくせに、だ。
     下町の街路をステージとするバイオリン弾きに話を聞くために、口笛で演奏に参加して懐に飛び込んだこともあった。
     指を使って高い音をピュイイと鳴らし、警官隊の突入をアイズしたこともあった。
     いずれの時も、彼自身のように鋭く、気持ちのよい音をさせていた。
     私はといえば子供の頃から口笛がうまくない。というか、全く鳴らない。
     ためしにやってみせてゲンシンに笑われたとき、息子は得意なのだと聞いたことを思い出したが、確かにカズマの腕前はなかなかのものである。
     あまりに気分よさげに吹くものだから、私も鳴らしてみたくなってきた。くちびるを尖らせ、細く息を吹く――鳴らない。スースーというだけだ。
     意地になって吹き続けていると、さっと影がさし、何か、と思う間もなく、くちびるに何かが軽く触れた。
     ゆっくり身を起こしながらいけすかぬ顔で笑う弟子は、己のくちびるをトントンと指で叩いた。
    「くちづけをねだっているのかと思いまして」
    「ねだってなどいない。……口笛が吹けるなら、庭に小鳥でも呼ぶがいい」
    「我が師がそうお望みなら」
     午後の庭に高く済んだ音が響きわたり、やがて小さな羽ばたきが聞こえてくる。鳥寄せの褒美は何がよいか、尋ねるまでもなく。
    白薔薇の小道にて 庭師見習いの少年は、庭の小道に設置された白いベンチに人影を見つけた。屋敷の主たるバンジークス卿とその弟子であるアソーギ検事が、二人並んで腰掛けていたのだ。
     挨拶を、と踏み出しかけた足が止まったのは、主人が眠っているように見えたからだ。瞳を閉じ、アソーギ検事の左肩に頭を凭れかからせて。
     どうしたものかと固まっている少年に気付いたアソーギ検事が、人差し指をくちびるにあて『しずかに』という仕草をする。その目はとても優しく、すぐにその肩で眠る人に落とされた。
     庭仕事ばかりの少年でも、ロンドンが誇る最高の検事の多忙さはよく知っている。きびすを返し、小枝を踏む音もたてないようにそぉっと元来た道を戻っていく。
     だから少年は、眠る主人の頬にかかる髪をそっと払う指先がひどく愛おしげな様子だったのは――目撃していない。
    成歩堂、俺は、彼を 夜半に目が覚めた。
     暗がりのなか身を起こすと、まだ夜明けには遠い時刻だった。隣で眠るカズマの肩に毛布をかけ直してやると、そのくちもとが動いて何やら声が漏れた。
     寝言など珍しい。そう思って耳を傾けるが、寝言というのを差し引いても、何を言っているのかさっぱりわからなかった。きっと彼の母国の言葉なのだろう。ナルホドウ、と彼の親友の名が含まれていた気もする。
     懐かしい故郷の夢を見る彼を起こさないように、そっと私も横たわる。見たことのないその国を思い浮かべながら。
    もしもの幻視 もしも、あの電信に書かれていた標的の名前がバロック・バンジークスだったら。
     もしも、あの船上にいたのがバロック・バンジークスだったら。
     俺は狩魔を振るう手を、途中で逸らすことができただろうか。
     もしも、振り下ろしていたら。
     もしも……。

    「アソーギ検事」
     名を呼ぶ声にハッと顔を上げると、そこには師であるバロック・バンジークス検事が怪訝そうな顔をして立っていた。
    「ずいぶん待たされたが、開廷準備が整ったようだ……行くぞ」
    「はい」
     ――もしも、はない。
     死神は彼を連れて行かなかった。
     バロック・バンジークスは今も中央刑事裁判所で最高の検事として腕を揮い、俺はその隣にいる。彼に比肩する検事となるために。ありもしない幻を払い落とすように軽く頭を振り、翻る外套の後ろについて法廷への扉をくぐった。
    その肌の記憶 さよならの前に覚えておきたい。
     立ち上がる私の手をとらえてカズマが言った時、何をとは聞き返さなかった。手袋越しに薬指と小指を撫でるカズマの指を、肌を、私も覚えておきたいと思ったからだ。
     頷けば思いがけないほどの力で抱き締められ、次いでくちづけが降る。私も同じようにした。ボタンを外す指が強ばり、布の裂ける音がしたかもしれない。
     カズマはいつか祖国へ帰ってゆく。知っていたからこそ、互いの目に燻るものを無視してきた。どんな夜でさえ、二人の間の距離を飛び越えたりしなかった。だのに、いざその時が来てみれば、我々は二人して炎が広がるに任せてしまった。
     首筋、肩、胸……順に舌を這わせるカズマは、宣言どおり私の肉体を隅々まで記憶しようとしているかのようだった。私も裸の指でその背をゆっくりと辿り、いつもぴんと背筋の伸びた姿を刻み込んだ。
    「記憶など何かの拍子に失われる程度のものと俺は知っている」
     苦しげな声に、その黒髪を撫でて胸元に抱き寄せる。大丈夫だと、言ってやれたらいいのに。
    「それでも、魂に焼きつくほどのものならば、きっといつか……」
     私の肌に頬を寄せたカズマは、祈るようにそう小さく呟いた。
    祝いの酒、満ちて 故郷に比べれば、ロンドンの夏は過ごしやすい。窓を少し開けた執務室で、それでも額に汗をかきながら、ふと、自分はこの夏を過ごすのが二度目であることを思い出した。
    「どうかしたのか」
     手にした資料に問題があったのかと尋ねるバンジークス卿に、そうではない、と首を振った。
    「オレがこの国へたどり着いたのも、ちょうど一年前のこの季節だったな、と」
     ただひたすらに《内なる声》に従い、理由もわからずたどり着いたこの国で、様々な思惑に導かれて《死神》と呼ばれる男の従者となった。それからの出来事は、すでに過ぎ去った物語だ。しかし……あの頃の自分には、こんな未来はとても想像できなかっただろう。
     理由を述べてから無言で考え込んでいたバンジークス卿は、執務椅子からすっと立ち上がると、セラーから一本のワインとグラスを二つ持ち出してきた。とっておきだ、指一本触れるな、と騒がしい探偵に口をすっぱくして言い聞かせていた逸品だ。
     それを躊躇なく、それこそ止める間もなく開けると、グラスに注ぐ。馥郁たる香りが執務室に満ちていく。
    「一年遅れだが――貴公の、我が国への来訪を祝して」
     師たる男は、じっとオレの目を見て、グラスを取れと促す。
     ――それは、名も知れぬ漂流者でもなく、仇敵を狙う復讐者でもなく。法を学びに来た留学生として。
    「頂こう」
     そうして口にしたワインは、確かに格別の味がした。
    男道成寺※意味なく亜双義が蛇になります。
     私の弟子は、時折その姿を蛇に変える。代々そのような血筋なのだというが、詳しいことはわからぬ。
     白い蛇体となり(大きさはその時々でまちまちだ)私の指に巻きつきながら、「貴公は君が悪くないのか」と問いかけてくる。
     人の身のときは炎のごとく熱い男が、ひんやりとした肌……鱗をきらめかせて腕を這うのは不思議な気持ちがするが、それ以外は特に気にするところではない。
    「それに……蛇は執念深い」
     それは知っている。蛇が、ではなく、そなた自身の執念深さを。父の仇のありかを求め、海をとあまたの障害を越えてきた男。
    「違う!いや、違わないが……貴公が心変わりでもすれば……嫉妬のあまり焼き殺してしまうかもしれない」
     そう言う白蛇に、恋する男を鐘ごと焼き殺した姫君の話を聞かされた。そして、懸想などほかにしたことがないから、どうなるのかわからない、と。
     蛇となっても炎のようなのだな……といえば、シャーと牙をむかれた。真面目に聞けということだろうか。揶ったつもりはないのだが。
     せいぜい焼かれぬよう、心がけよう。
    碧い飴玉 買い物をする寿沙都さんのお供をして、僕と亜双義と三人で街をそぞろ歩いていたときのことだ。
     僕は、あ、と声を上げた。
     かわいらしい菓子が並ぶショウケースに、飴玉を詰めたビンを見つけたからだ。というか、その飴玉の鮮やかな碧が、ある人物のことを思い出させたからだ。
    「寿沙都さん、この飴玉、バンジークス検事の瞳の色を思い出しませんか」
    「まぁ、本当……お懐かしゅうございます。こんなような、美しい瞳の色をされておりましたねえ」
     僕らが懐かしい思いで飴玉を覗き込んでいると、僕らより遅れること数年、ようやく日本へ戻ってきた――件の検事の弟子でも会った男が「そうか?」と興味なさげに言った。
    「お前のほうが覚えてるだろ、バンジークス検事の瞳の色」
    「さて……どんなだったか」
     彼らはそれはそれは複雑な間柄であったから、僕も寿沙都さんも、そんなものかしらと首をひねりながら、店先を離れたのだった。
     それからしばらくして亜双義の下宿を訪れた僕は、机の上に小さなビンが置いてあるのを発見した。
     その中には――店にあった時に見たより半分くらいに減っていたが――あの碧の飴玉が、窓から入る陽を反射してひっそりと輝いていたのだった。
    ガラス一枚隔てて 朝、執務室に入ってきたバンジークス検事の顔に見慣れないものがあった。打ち合わせのために集まっていた検事、警視庁の刑事たちは、揃って声をあげた。
    「どうなさいました、検事」
    「……近頃ものが見えにくい、と言ったら勧められてな。作らせた」
     年だな、という物憂げな顔に鎮座していたのは、銀色の縁の眼鏡であった。
     居並ぶものたちがなんと言ったらよいやら、と煩悶している隙に、バンジークス検事の弟子である男がおもむろにその前に立つと、腕を組んで口を開いた。
    「それでは貴方の瞳が見えにくいな」
    「そうか」
     長年の付き合いで、他のものたちもわかっている。彼らはいつでもこのような調子で、別になにがしかの意味のあるやり取りではないのだと。ない、はずなのだ。――甘い言葉でなど……。
    「ホント、変なやつらだよね」
     肩をすくめるレストレード警部の言葉に、二人以外が内心で頷いた。
    鳴るねこ くー。ぷー。すー。ぷすー。
     膝に広げたブランケットの上で、不思議な音を立てながら眠る丸いねこ。ふくふくした腹の上下するのに合わせて、のんきな音が続いている。
     あしもとにいるすらりとしたもう一匹も、がんばってはいるけれど、うとうとと目を閉じかけている。
    「おいで」
     遠慮がちなそのねこをソファに手招きして、私もしばらく眠るとしよう。ティータイムには、きっと口うるさい目覚まし時計が鳴るだろうから。
    彼をなんと呼ぶべきか 従者、とはもう呼べまい。何より彼自身が、私に仕える気はもはやないだろう。
     親しげにファーストネームを呼ぶような仲ではない――特に今となっては。
     しかし、今日あきらかになったその家名は、あまりにもあの男を思わせる。私の大切なものを奪っていったあの男。
     この三月ほど、私も彼も知りたいと願っていた身元が明らかになったというのに、相応しい呼び名も、呼ぶべき相手も――ここにはない。
     去っていった白い背中に、私が呼びかける名などなかった。
     そのことに何故だか寂寥を感じながら、杯を傾けた。
    あいのことのは 仕事を終え、自室に戻って脱いだコートのポケットに、小さな紙片が紛れ込んでいた。
     淡いクリーム色に、エンボスで華麗な装飾がなされている――ひとめで上質さがわかるものだ。そのへんの紙のきれっぱしではない。
     この国で今日という日に送られるカードは、匿名であることに意味があるという。手の中のこれにも署名はない――だが。
    「バレバレではないか、全く」
     そこに記されていたのは、作ろうとしたしかめっ面も緩くほどけてしまうような内容だった。

    《おしたいもうしあげるぶれい、おゆるしねがいたい。》

     慣れぬ異国後、慣れぬ縦書き……これが出来上がるまで幾枚のカードを書き損じたのか聞き出すべく、コートを再び纏うと、部屋を飛び出した。
    遠国より ある年から、この日になると我が屋敷には、差出人不明の手紙が届く。宛先は私。封筒にはそれ以外の何も記されていない。郵便配達人の手を介しておらず、何者かが屋敷のいずこかに忍ばせていく。
     届き始めた当初は不審がり怯えていた使用人たちも、手紙の内容に事件性がないという私の言葉と、そして何より届くのが『匿名のカードが喜ばれる』特異な日であることで、やがてただそういうものとして、受け入れるようになっていった。
     かくして、今年も手紙は届いた。執事が恭しく掲げる銀のトレイに載せられ、手元に運ばれてきた封筒にナイフをすべらせると、一枚のカードが入っていた。不思議な手触りの紙は、東洋の技術で作られたものであろうか。
     明々と燃える暖炉の火に暖められた自室でグラスを傾けながら、遠い国から届けられたカードを撫でる。ほのかに鼻先を、懐かしい薫りがよぎった気がした。
     ――さて、今年は何が記されているのか。

     それは、我が弟子が帰国してから続く、聖バレンタインの夜の私のひそかなたのしみだった。
    マリアージュ「こちらでよろしいでしょうか」
     店の娘が差し出した箱の中には、小さな菓子が整然と並んでいる。艶々とした焦げ茶色。チョコレートだ。本邦でもこの菓子が一般に出回るようになって久しいが、このように手間のかかった繊細な細工のものは、やはり名の知れた洋菓子店ならではだろう。
    「それで頼む」
     手に入る中で最も美味なものをと、菓子の情報に耳聡い女性に教えてもらい、予約までして手に入れたものだ。貴族に生まれ、かの国の最高峰のものを口にしてきたであろう彼に、生半可なものは贈れまい。
    「どなたかへの贈り物でしょうか」
     包装紙で器用に箱を包む娘がそう言った。オレの手に薔薇の花が握られていたからだろう。
    「ああ――伴侶に」
    「もしかして聖バレンタインの贈り物ですか?」
     少し驚いた。この日に恋人に贈り物をすることは、英国ではよく知られていたが、我が国では未だ一般的ではない習慣だ。
    「菓子作りの勉強にと読んだ本で、紹介されていたものですから」
     自分が作るものに連なる文化まで学んでいるとは、感心なことだった。
     包みを受け取り、娘に礼を言って代金を支払うと、足早に店を出る。いい年をして《伴侶》などと浮かれて口にしたことが、いまさら面映くなってきたからだった。

     今日は早く帰宅する、と言っていた。きっと今頃、お気に入りのワインからとっておきの一本を選んでいるに違いない。ひょっとすつと、チョコレートに合うものかもしれない。もしそうだったなら、この箱を差し出してみよう。彼は喜ぶだろう。
     ――《伴侶》への贈り物なのだと言ったなら、どんな顔をするだろうか。
     彼と暮らす家への道を辿りながらする想像は、吹きすさぶ寒風さえ感じないほど、この身を暖めてくれる気がした。
    時と場合による 亜双義一真という男は、英国人から見ても実に礼儀をわきまえており、所作も美しい。彼の父に昔聞いた話によれば、亜双義の家は武門の家系で、そういったことにはたいそう厳しいのだという。
    「バンジークス検事のお弟子さんは、礼儀正しく、異国人ですが紳士ですな」
     しかし、客人にこのように言われた私は、弟子を褒められたというのに、思わずこう答えてしまった。
    「――時と場合による」
     背後にすまして立つ彼が、師であろうとも意見が合わなければ激しく噛みつき、暴漢に襲われたとなれば師であろうとも踏み台にする、などと余人は知るまい。外面がいいというよりは、時と場合と相手をわきまえている男なのだ。
     さらに昨夜などは――。
     あらぬ記憶に思い馳せる私をよそに、おや手厳しい、まだ師のお眼鏡にはかなわぬようです、などと歓談する客と弟子に気付かれぬよう、密かにため息をついた。
    ○○○狩「準備は整っているか」
    「当然だ」
     重々しい師の問いかけに、その隣に控えた弟子は頷いた。
    「此度の狩りは、万が一にも手落ちがあってはならぬ。最も優れたエモノを、よきタイミングで手際よく狩ることが肝要だ」
    「道具も最高のものを揃えたとも」
     窓際に並ぶ師と弟子は狩り場を眺めやり、微かに口許を上げた。この狩りのために、仕事の合間をぬってふたり、準備を重ねてきた。
     やがて、執事が待ち人の訪れを告げに来た。

    「バンジークスくーん!イチゴ狩りさせてもらえるって聞いて、お言葉に甘えて来ちゃったよ!」
     応接室に飛び込んできた春のごとき少女は、頬を上気させている。
     苗から育てた温室のイチゴは真っ赤に実り、きっと彼女を喜ばせるだろう。ジャムにケーキ、もちろんそのまま頬張るのもいい。練乳を入れた皿も用意してある。後ろでなにやら騒いでいる探偵にも、今日くらいは提供してやってもよい。
     ――さぁ、たのしいイチゴ狩りのはじまりだ!
    ネコ 今日は朝から、急遽行われたヤードの現場検証に立ち会っていた。おかげで午前に催された他の事件の捜査会議に出られなかったのだが、師がとったメモと議事録を借り受け、簡単に自分の手帳にまとめなおしていた。そんな時のことである。
    「――バンジークス検事、この記号は何ですか」
     メモに突然現れたソレは、何かの図解なのか……しかし、見取り図にも証拠品にも見えなかった。周囲に書かれた文字にも、それらしきものはない。
     なんの話だといった訝しげな顔の師に向けメモをかざして見せると、ハッと目を見開いた。
    「それは……事件とは無関係だ」
    「珍しいですね。手慰みのラクガキとは」
     ことさら美麗な手跡というわけではないが、読みやすく、無駄のない書き物をする男だ。
    「……邸の猫の一匹が、今朝からくしゃみをしていて」
     つまり、飼い猫の不調が気になって、会議中にラクガキをしていた、と。
     決まり悪げにそらされた顔が、微かに血の色を増したようにも見えた。
     それにしても――。
    「なるほど、これは猫でしたか」
     手先の器用さは現場のミニチュア作りにしか発揮されないのだろうか。ふにゃふにゃした線は言われなければそうは見えなかった、と言外に含ませれば、自席から不満そうな視線が飛んできた。
    「では、今日は早めに上がれるようにしましょう」
     ラクガキの原因に、常にないことをしてしまうほど頭を占められているのなら、今日は仕事になるまい。そう言うと、あからさまにほっとしたような顔になったので、笑みを噛み殺すのに幾分苦労した。
    深夜の訪問 三度続けて戸を叩く音で、眠りから浮上した。手探りで灯りをともしながら、扉越しに誰何する。
    「夜分にすまぬ」
     潜めた声は師、バロック・バンジークスのものだった。常ならば、こんな夜更けに弟子の住まいを訪れるような男ではない。
    「動きがありましたか」
    「ああ」
     扉を開けて交わした僅かなやり取りで、ピンとくる。このところ、ある事件の中心にいる貴族の尻尾をヤードが掴めるかどうか、綱引きのような状態が続いていた。それがどうにかなった、ということだ――しかも急を要する。
     部屋に引っ込んで寝巻きをベッドに放り投げると、素早く身支度を整える。手帳をポケットにねじ込み、腰にサーベルを提げれば終いだ。ふっ、と燭台の火を吹き消した。
    「お待たせしました」
     狭い下宿の廊下に寄りかかって待っていた男は軽く頷くと、身を翻して階下へ向かった。足音を立てぬよう気をつけながら、後へ続く。他の住人は夢の中だろうから。

     走る馬車の中で、バンジークス邸にヤードからもたらされた情報の説明を受け、今後の方針を検討する。検事局による布石があったとはいえ、ヤードはよい仕事をしたようだった。これから貴族当人との対決となるわけだが、そこでしくじりさえしなければ我々の望む結果を得られるだろう。

     弟子入りしたばかりの頃は、朝出勤すると前日まで膠着していた事件がすっかり解決していることもあった。未熟な検事を連れていく意義を感じなかったのか、それとも単なる気遣いだったのやもしれない。だが俺は、バロック・バンジークスの検事としてのすべてを知り、学び、越えていかねばならないのだ。そんな言葉で詰め寄っては、同行させてくれるよう迫ったものだった。
     それが今や、何も言わずともこうやって共にと呼ばれるようになったのは、なかなか感慨深いものである。少しは頼りにされているならばよいのだが。
     しばし物思いに耽っていると、向かいに座る師に声をかけられた。
    「どうした、まだ眠気が去らないか」
    「いや、目は冴えている。貴公こそ、先ほどあくびを噛み殺していたようだが」
    「……む」
     ただでさえよろしくない顔色で、さらに目の下の隈を濃くしていた。このところ夜遅くまで仕事をしていただろうことは承知していたので、これ以上の追及は控えてやろう。
     それに、馬車はいよいよ目的の屋敷のある区画に近づいてきたようだ。
    「さぁ、気合を入れていきましょう。これがすめば、我々には少しは落ち着いて眠れる夜がくるでしょう」
     件の貴族には、逆に眠れぬ夜がやってくるだろう。深夜の訪問者がどれほど心臓に悪いか、思い知ってもらおうではないか。
    春にして君を離れ 刺すように寒い夜明けだった。
     かつて友を見送った時と同じように、故国へわたる船が係留された港に立っている。
     あの時と違うのは、亜双義が見送られる側であること。そして、見送るのはただ一人、このロンドンで師と仰いだバロック・バンジークスだけだということだった。
     他の見送りは全て断った。
    「日本へつく頃にはもう春だ。きっと桜が咲いているだろうな」
     薄く明るんできた空の色が、霞のような花の咲く風景を思い出させたのかもしれない。二人の間に横たわっていた沈黙をやぶり、そんな言葉が口をついて出た。
    「――そうか」
     いつにもまして言葉少なな男の声が、聞いたことのない声色だったので、亜双義はハッと顔を上げた。
     そこには、困ったように眉をよせ、笑みのように唇を歪める師の姿があった。

     横浜港から東京へ向かう道すがら、桜並木に行き会った。英国でも似たような花を見かけたものだったが、久しぶりの故国で見た薄紅の花が列なる様は、《帰ってきた》ことを強く思わせた。
     生まれ育った国。父や母、育んでくれた人々やかけがえのない友との思い出がつまった場所。それなのに、ふと、身震いするような心もとなさが吹き抜けていくのを感じた。
     寂しい、と。
     風に舞い上がる花びらの中でころがり出た言葉に、亜双義は目を見張った。
     ――英国を発つときに思った桜。あれを俺は、あの男と共に眺めていたのかもしれない。きっとあの男は、それに気付いていたのだ。
     亜双義の心の中に咲いていた桜。春霞。並んで立つ、二人の姿。
     けれど、今バロック・バンジークスは英国にいて、この桜を眺めているのは亜双義一人だ。

     隣にあの男は、いない。
    まなざし 私が選択に迷うような局面で、じっと見つめる視線がある。
     そのブラウンの虹彩は、光の加減で金属のように鋭く、私を射抜く。

     普段は自分の意見を躊躇なくぶつけてくる多弁な男がじっと口を閉じているさまは、少しだけ過日の従者を思い起こさせなくもない。だが、あの沈黙とは意味が異なっている。

     ――あの日、憎しみや悲しみに目を曇らせ正しいものを掴み取れなかった私が、再び同じ道を選び取らないか。

     その視線で、私の中の天秤を揺らすことはないだろう。
     ただ、値踏みでも試すでもなく、己を見ているものがいることを肝に銘じて今日も選び取る。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works