Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    mireoudon

    腐タマイ専用になりつつある
    成人向はパスワード

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 28

    mireoudon

    ☆quiet follow

    桧服 いのちのにおい

    「おや。来たんだ」
    日も落ちて暗くなった窓辺に、男が影を作って立っている。安静にしていろと言われているはずのその男は、針を通した左手を僅かに揺らして、来訪者を迎えた。
    「要らない世話だったら帰るが」
    「わざわざ空けて来たんでしょ?その分くらい居なよ」
    独特のあまったるいようなにおいを纏った病院の一室に、服部は一人で佇んでいた。与えられたのは個室だと話には聞いていたが、いつ来ても殺風景だと桧山は思う。その空間に、においに、よく馴染むこの男の存在も気に入らなかった。祖父の晩年に紐づいたそのにおいを、服部が当たり前のように隣に置く理由を、桧山は知らない。知るつもりもなかったが、終わりにするなら自分の知らないところで、勝手に済ませてくれた方がずっといい。
    桧山が備え付けの椅子に腰掛ければ、服部も大人しくベッドに戻った。掛布をかけるわけでもなく横になった服部の、部屋着の隙間から見えた肌はやけに青白く見えた。
    「この程度で回らないようには育ててないけど、こんなところ、三日もいたら鈍ってしょうがないからねえ。お前なら分かるでしょ」
    それは、今日も今日とて例外なく分刻みの予定をこなしてここにいる、不動産王に向けた発言だった。桧山自身は場所がどこであろうとその場でできる仕事をするだろうと自認しているが、警察官はそうはいかないのだろう。まして今回は刃物が内臓に届く程の重傷である。流石の医者も三日で追い出すわけにはいかない。
    「自業自得、と言う他ないと思うが」
    「可愛くない」
    これ見よがしに不貞腐れる服部に、内心ため息をついた。手に持った花をベッド傍の台に乗せて、桧山が足を組む。存外時間に余裕があるらしい。少しだけ意外に思って、服部は桧山を見た。
    「立ち止まるのがそんなに嫌なら、自己管理くらいしっかりしておくんだな」
    その言葉に、返事はなかった。無駄を嫌うこの男にとって、今の時間こそ持て余すものに違いないだろうに、その瞳に是の色は映らなかった。……それが、やはり気に入らない。
    「お前は来ないかと思ってたけど」
    じ、とこちらを見据える瞳が、不意に緩んで弧を描いた。慈しみでもなければ、失望の色を滲ませたわけでもない。こうした、どこか遠い場所に追いやられたような感覚を見つけるたびに、互いの身の置き所を見失う自分に桧山は気づいている。家族という言葉を手放さないのは、いつだって服部の方だと言うのに。
    「今までのことを言っているのなら、お前がさっさと退院するから時間の空けようがなかっただけだ。そもそもこの手の予定を頻発させるな」
    「それもそうだねえ」
    真面目に答えてやったつもりだったが、返答は随分とあっけらかんとしている。大抵のことは先を読めるし、読めないものに一々振り回されるような質でもなかったが、この男の掴みどころのなさには、桧山も毎度辟易していた。かつて自分が幼かった頃、度々邸に顔を出したその姿だけが、桧山が掴んでいられる服部の唯一だった。
    「死ぬにはまだ早いだろう」
    恐らく、服部は自身の死を、何の取り止めもないことだと思っているのだろう。それは人間であれば誰もが行き着く消失で、けれど死に近い場所にわざわざ身を置き続けて、その中で必要と感じれば簡単に手放せるのなら、それは。
    「心配?」
    「一般論だ」
    「簡単に死んでやる気はないから安心しなよ」
    以前、スタンドで追った事件の折に「死にたがりはいらない」と、部下を諌める服部の姿を見た事があった。死ぬつもりはない、というのも嘘ではないのだろうが、いつか取り零す自身の命を、それはそれで仕方がないと言えてしまうのなら、一体何が違うというのか。
    桧山は服部のことを、近しいと思ったことはない。けれど、かつての自分の希望であり、支柱であり、この男がいたから自分は今も此処にいるのだと、そう思っているからこそ。その喪失は、間違いなく桧山の人生の一部の欠落に値するのに、その裁量の上澄みすら自分には持ち得ないことが、桧山は気に入らなかった。
    一つため息をついて、桧山が徐に立ち上がる。服部も見送ろうと半身を起こしたものの、「病人は寝ていろ」と半ば強引に毛布を被せられて、大人しく寝台に収まることにした。
    「持ちのいい花を選んでおいた。此処を出るまでに枯らすなよ」
    そう言って目線を向けるのは、先程置かれた花束だった。黄と橙が映える小振のそれは、自分より桧山の方が似合うんじゃないかと、踵を返した後ろ姿を眺めて服部は思う。
    「全く無茶言うねえ。花瓶もないのに」
    扉が閉じるのを視線だけで見送って、花束を崩さないようにそっと持ち上げた。この場にあまり馴染みのない、控えめな甘い香りは、紛れもない生のにおいがした。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works