弁シェリでオメガバースをやってみた【2話目】attention
弁護ぴ α /シェリー Ω
・現在、シェリーにごぴじゃない番がいます。
兄松と弟松組に分かれて三人兄弟設定です。やっと決定した。
おそ(レスキュー)、チョロ(医者) α /十四、トド β (職業未定)
1話目にも書いたと思うんですが、ごぴが非っっっっ常に常識人です。かなり大人しい。サイコみは0です。むしろ、マイナスなんじゃ…。テンション激低です。まだそれほどシェリくんにも優しくない。発展途上。
そういうわけでサイコごぴ好きな方には向かない一品になっております。
繰り返しますがほんとに、弁護士ってのと喋り方くらいしか名残はない。確実にダレオマ状態。
私が書く中で公式の次男に一番近いのはポエくんだと思う。2回しか書いたことないけど。
1話目 https://poipiku.com/4498496/6531178.html
それでもよろしければ。2話目です。↓ ↓
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2話目【同居開始編】
選択の余地なく拾わざるを得なかった一松くんを成り行きで保護するはこびになったが、それでも午後に回した仕事を片付けなければならないのは変わらない。そのため一旦、保護した当事者を家に連れて帰って一通りの説明をし、しばらくは生活していけそうな枚数の紙幣を渡してそのまま出てきたが…。
それを持って他所へ行くならそれでもよかった。
万が一、盗られて困るようなものはまとめて書斎に押し込み施錠してきたため、それについての心配はしていない。
しかし、そうは言っても以前に一度話しただけの赤の他人を一人自宅に置いておくという特異な状況で落ち着けるはずもなかった。
おかげで普段ならありえないようなタイプミスをし、必要書類をシュレッダーに押し込みそうになったりと…。正直仕事にならなかったため、途中で諦め早々に帰った自分の家の玄関ドアを開けたところで。室内から漂ってきた予想もしてなかった匂いに一瞬眉を顰める。
「…あ…あの、おか……おかえ、り…??」
…でいいのか??という戸惑いをありありとその表情に浮かべている一松くんがおずおずとリビングのドアから顔を出して一言。
耳慣れないそれがどうにも奇妙に思え、一瞬グッと言葉に詰まってから口籠るように「ああ」と返したあと、タオルを手にしたまま立ち尽くす相手をそこから退かすために手を横に振った。
「……おれ、犬じゃないんですけど…」
「そこにいられると邪魔だ」
途端にムッとした彼自身は追い払う動作が気に入らなかったようだが、入り口を塞がれてる状態で取るべき対応とすればまずは退いてもらう他にないだろ。
特に間違った行動を取ったつもりもなく、なんで機嫌を損ねたのか計りかねている中でも下げている鞄の重さが気になり始めもう一度軽く手を振って口を開く。
「退いてくれ」
それにようやくノソノソと身を翻した彼が不満そうにしながらも振り返って言った。
「…メシ…、作ってあるけど…」
ボソボソ告げられ、腑に落ちた。
「その匂いか。…悪いがまだ仕事が残ってるんだ。君は先に…」
「あ、うん。あと…さ、」
人の言葉を落ち着きなく遮ったくせに、やけに歯切れの悪くなった一松くんがその場で足を止めて俯く。その格好のまま指先をすり合わせ始めたため、あまり良くない話であることが察せられてため息をついた。
「なにかあったのか?」
昼間行き倒れていた相手を威圧するのもどうなんだという気持ちから、少しだけトーンを和らげて尋ねたことにもすぐに返事はなく。
「……あの、あの…さ。色々、ちょっと…」
さらに盛大に泳ぎ出した両目と、どうにか濁そう誤魔化そうとしている様子がわかりやすいまでに窺えて額を押さえた。
「…被害状況の報告を簡潔に頼む」
なにか壊したか、燃やしたか…。そんなところだろうと当たりをつけて諦め半分で問い尋ねたことに、怪訝そうに細められた眼差しが向けられる。
「……あんた、どこの役所の人…?」
反省してるのかすら怪しい返答を耳にして再び気を落ち着けるため息を吐き出した。
「早速なにをやらかした」
苦々しく感じる自分の声に一瞬ビクッと肩を竦めた相手が、相変わらず広範囲に振れている視線を徐々に徐々に床に落とす。つられるようにその口から出る言葉の勢いもなくなっていった。
「…や、…そんなたいしたことじゃないと…思うけど…」
「それは君が決めることじゃないだろ。なにをしたんだ」
「…あー……、その…」
いつまで経っても明確な答えが返ってこないことに焦れて、自然と向ける己の視線の剣呑さが増す。
キツく睨まれ、観念したのか数歩足を進めた彼が心底嫌そうに人を手招きした。
仮にも保護された立場で家主を手で呼ぶとかあり得るのかとも思ったが、今そこを追求してもかえって話が進まなくなる気がして渋々口を閉ざす。
結局なにも言わないことを選択して鞄を置き、肩を落としてトボトボ歩いていく一松くんのあとを追った先。
ランドリールームに置いてある洗濯機を無言で指さされて、特に異常を認められないそれに視線を向けた。
「これか?」
確認のため自分もそれを指し示してもう一度問うとやはり頷かれて、マジマジとそれを検分しながら近づく。
間近まで足を進めて内部を覗くと閉まった扉の中の半分ほどが泡に埋め尽くされ、顔を上げてよくよく見てみれば洗濯途中にもかかわらずプラグが抜かれた状態で完全に放置されているようだった。
「……言われたから、自分の分だけでも洗濯しようと思ったんだけど……洗剤の量がわかんなくて…」
「…なんで、プラグまで抜かれてるんだ?」
力なく項垂れる相手を詰るでもなく、単なる事実確認のために尋ねただけだったが責められてるとでも感じたのか若干顔色を悪くした一松くんが床を指差す。
「…まわりに、溢れてきてたのに……どうやっても止まらなかったから…」
たしかに、変にベタつく床から微妙に片足を浮かして、なんとも言いようがなくて嘆息した。
「…あと、ごめん。食器も、…割った。思ってたより重くて、手が滑ったっていうか……ごめん、なさい」
借りてきた猫とでもいうべきか…。ファミレスであれだけ息巻いてたくせに、今になって急に沈み込んだ彼を頭ごなしに怒鳴りつけるわけにもいかずに眉間を指で揉み込む。
「だから……いったじゃん……。めんどいって…」
言葉を探している間に不貞腐れた口調で呟いた相手が子供じみた仕草で唇を尖らせた。
たしかに悪いとは思っているんだろうが、どうにも反省よりもイジけや不機嫌の方が全面に押し出されていて、呆れつつまた深く息を吐く。
自分がだいぶ譲歩して告げた最低レベルできればいいに返された言葉が、『吠え面かくな』と『その言葉を取り消させてやる』…だったか?
取り消す前に最低レベル以下のことをしでかして、吠え面をかいたのは言った本人だったな。
拭き取ったにしろ、まだ洗剤がまとわりついているであろう床の状況からも、どれだけの被害があったかが知れて正直頭を抱えそうになっていた。
そんな中でまたボソボソ小声で囁かれたなにかが耳に届き、そちらに胡乱な視線を流す。
「……なに、なんだよ…。そんな不満なら…よ、夜の相手でも…すればいい…?いいよ、好きにすれば?」
不安定に揺れる目が見上げてきていたが、歪な笑みを浮かべている口元が投げやりに吐き出したセリフに何度目になるかわからないため息をついた。
「…なんでそうなる…。それに関しては変わらず断固拒否し続けるが、…なんなんだ?掃除洗濯より、ほとんど知らない相手に抱かれる方が簡単なのか?まずは反省してくれ。…一体、どんな思考回路をしてるんだ」
「だから、してるじゃん。それに……だって、好きにやらせりゃそのうち終わるし…」
困惑が極まっているところに口先だけの反省を繰り返された上、あまりに捨て鉢な言葉が聞こえて思わず眉を寄せる。
「あのな…。…簡単に言うが…もし、相手が特殊な性壁でも持ってたらどうする。それにも付き合うのか?」
このまま流して放置した場合、先々面倒なことに巻き込まれてそうな気配がしたため忠告ついでに問うと、
「え、…あんたそういう人?」
一歩後ろに退いた一松くんから疑わしげな視線を投げかけられた。
「違う。なんでだ。妙な疑惑を向けるんじゃない」
「いやだって…、相手が特殊な性壁持ってたらっていうから…」
即座に否定したはずが、さらに畳み掛けられて声を荒げる。
「単なる例えだろ!」
「……でも、あんたなんかほんと…ネチっこそうな感じするわ…」
冷めた目を向けられつつまた付け足された歓迎できそうもない感想を突きつけられ、疲れも相まってさすがに脱力した。
「まさかのこっちに余計な流れ弾が飛んでくるとは思ってもみなかった…」
一人くらいならなんとかなるだろうくらいの軽い気持ちでいたはずが、面倒事を増やされてこのあと残っている仕事を片付ける意欲さえ一気に削がれて天を仰ぐ。
…厄介だな、と思えども今さら追い出すわけにもいかずにひとまず会話を打ち切って相手に背を向けた。
「明日、業者を呼ぶからそれまで手を触れるな。…ヘタすると感電したんじゃないか、これ…。どういう状態だ?……初めて見たぞ。なにをしたらこうなるんだ?」
筺体の目地から薄まった洗剤やらが滲んで流れ落ちていてどうにも…素人では手には負えないのは一目瞭然だった。
「……まわりは、さすがに拭いたけど……ぅ、ごめんなさい…」
唖然とする以外に言いようのないそれを眺めていると、後ろから縮こまった声が申し訳なさそうに謝罪の言葉を紡ぐ。
そうはいっても、こちらもどうしようもなくてまた小さく息を吐き出した。
「謝ってどうにかなるものでもないだろ。あと、全く拭き取れてはいない。…明日も家にいるよな?それなら業者の対応を頼めるか。時間帯が決まり次第連絡するから」
メーカーに依頼するにしても今の時刻的にウェブ対応のみか…。
実際、修理や補償対象に入るのかすら怪しいこのケースでは、直接担当者に問い合わせなければならないだろうな…というか、最悪買い替えだろ。
検索していたスマホを閉じて一松くんに目を向けると、あからさまに顔を引き攣らせ大袈裟なまでに両手を振っていた。
「…………え、無理。…知らない人と2人とか…ないわぁ…」
言えた立場かと思うと共にトゲトゲしい声が口をつく。
「…留守番してる子供や犬猫の方がよっぽど役に立つな…」
そこまでバカにされてやっと、小さく顎先を下げた相手から苛立ったような「…わかった」という了承の言葉を引き出せた。
「…そういえば、スマホくらいは持ってるよな?」
連絡を入れるにしてもその先をまだ把握していなかったため確認ついでに話を振ると、そっぽを向いて年甲斐もなく頬を膨らませていた彼が一言簡潔に返す。
「……ないですけど」
「ん?ないと不便だろ。普段はどうしてたんだ?」
「…いや、別に…持ってないわけじゃなくてさ。家出る時、置いてきたから…」
モソモソ囁くような返答に納得して、
「じゃあ、家の電話にかけるから出てくれ」
「は??…本気で言ってる??出て、万が一あんたじゃなかったら…どうすりゃいいわけ…」
「……番号が表示されるからそれを確かめてからでもいいが…、なるべく早く頼む」
こっちも暇じゃない。という思いと、そこまで警戒するかという呆れとが入り混じった感情から口を噤んで首筋をさすった。
「ああ、あとな。食器は別に気にしなくていい。それほど高いものは置いてなかったはずだ」
特に破損することもなく、使いもしないまま仕舞い込まれているものが大多数な現在。一つ二つ壊されたところで、どうでもいい。
持ち主が気にするなと言っているにも関わらず、まだ何事か引き摺っているらしい相手が難しい顔をして俯いていた。
「…まさか、そっちもそのままじゃないよな??」
その態度を見るにつけ急激に嫌な予感が迫り上がってきて、先ほどの脱力感が嬉しくもなく蘇る。
「片付けましたぁっ…!悪かったなっ、拭けてなくて!!」
拭けばいいんだろ、拭けば!!
ヤケになったようにがなり立てる一松くんの初めて耳にするような大声を聞いて片耳を塞いだ。
「うるさい。それならいい。それと、先に夕食を頼めるか。…なんか、疲れた」
普通に家に帰ってきただけで、ここまで疲労度が爆上がりした経験があるはずもなく。判断を誤ったか、と早速後悔し始めてた俺に今度は真っ直ぐ、揺らぐこともない視線を向けてきた彼が聞き取れるか取れないか微妙な小声で、「…魚か、肉…どっち」と問いかけてきた。
聞かれたからといって、即答できるかどうかは別で。
「…出来を見てから考えてもいいか」
しばし、考え込んだあと。どうやっても払拭できない不安があったため、なんとかリスクを減らすために先送りした結論に対しては…作り手である一松くんから忌々しげな舌打ちが返された。
※※※※※※※※※※※※
生活全般において平均以下だと思っていた相手が、過剰な自己卑下はともかくとして案外物事の飲み込みが早かったり学習能力が高かったことに若干安堵を覚えていた。
家の電化製品をことごとく破壊されるんじゃないかと危惧した一件から2週間近くも経つと、お互いの保つべき距離感だとかペースも見えてきて多少は過ごしやすくなった気がする。…気がするだけな点も多々あるが、そこにいちいち目くじらを立てていたらキリがないし身がもたない。
家族以外とここまで長期間に渡って四六時中一緒に過ごすことなど終ぞなく、どうなることかとも思っていたが。一言でいうと、いても邪魔にならなかった。
基本静かに隅っこの方で小さくなっていることが多く、それにそもそものパーソナルスペースが広いのか気になるほどに近づかれたこともない。
たまに、気まぐれにボソボソ話す内容は大抵猫に関することで、それ以外で口にすることといえば今日はこれが安かったとか明日なにか買うものはあるかとかそんな感じの事務的な一言二言。あとはこちらが話していることに、ところどころで興味なさそうに頷いたり短い相槌を打ったりするくらいなものだった。
それから、初日あれだけ無駄に警戒していたのがバカらしく思えた、朝夕用意される食事について。
気分次第でだいぶ偏る傾向はあるもののそこそこまともなものが毎日数品目並ぶ。
手慣れた様子で料理している一松くんの姿があまりに意外すぎて、驚きを隠さず感想を述べた際に「…まあ、弟がいるんで」との答えをいただいた。その時の表情が、今まで見た中で一番穏やかだったこととわずかに寂しさがのぞいていたことに気づいてはいたものの、「兄弟だけにでも居場所を伝えたらどうだ?」とかほとんど無関係な自分がこれ以上踏み込む方がどうなんだ。と一瞬よぎった迷いのせいで今日まで彼の本音は聞けていない。
家に帰る気なら、もうとっくに出て行っているであろう相手が一瞬見せた神妙な様子に調子を狂わされたまま、再び問うこともできずに、その点に関してだけはいまだに距離を計りかねていた。
心にかかることがあったとしても、その他にもやるべきことはあるわけで。その中には当然面白くもないものが含まれてくる。
どうにも進まなくなった話にうんざりしながらリビングのドアを開けると、さすがに耳にするのも慣れてきた一松くんからの「おかえり」の一言がおざなりに飛んできた。
それに返事をしたあとで、深々と息を吐き出す。
ソファに鞄を放り投げるように置くと、その反対側。端っこで膝を抱えて座っていた彼が不意に顔をあげてこちらを見て言った。
「…なんか、今日…機嫌悪くない?」
態度に出過ぎていたかと反省ついでに謝罪する。
「ああ…悪い」
そこまで口にしたところで、まるっきり機嫌の悪さを肯定しているような自分の言葉にまずは苦笑した。
「…機嫌が、じゃなくてな。すまん、悪かった。ちょっと、仕事で煩わしいものが出てきただけだ」
誤解されそうなものを言い直してからネクタイを緩めていると、下から躊躇いを感じる声がかけられる。
「…ん、と。聞いていいのかわかんないんだけど、愚痴ぐらいなら…聞けますけど」
言った本人が戸惑っているのも気にはなったが珍しく一松くんの側から向けられた関心に、迷いつつ口を開いた。
全てを話せるはずもなく、かなり掻い摘んだ内容に瞬時彼が首を傾げる。
「……つまりさ、離婚裁判の泥沼化?…ってことでいい…?」
「そうだな、それ以外に言いようがない」
「めんどくさいんだ…いや、まあ他人の揉め事なんか、めんどくさいしかないんだろうけどね」
冷めた表情のまま低く笑った相手が続きを促すように視線を上げた。
「最初こそ、双方穏便に話し合いでとか言ってたはずが、調停不成立で結局初めからやり直しだ。なにがそこまで気に入らないのかこっちにしてみれば全く理解できないが、もしかすると本人もわかってないんじゃないか?話を聞いてるとそんな感じがする」
「…ふーん」
完全に興味を無くしたような気のない相槌を打った相手だが、返事はともかくとしてわりとしっかり内容を把握しているのを知っていただけに今さら気分を害されるなんてこともない。
「別れたい側と別れたくない側で始まったはずの話だったはずが今じゃお互いを罵り合うまでに拗れてる。結婚当初はそういう目につく短所でさえも織り込み済みで婚姻契約を交わしたんだろうにな。まるでそこが鼻につくとでも言わんばかりだ」
我ながら、本当に愚痴でしかないなと思う話を続けて、昼間のイザコザを思い出して腕を組んだ。
「毎回毎回泣くわ喚くわで、慣れているとはいえ地味にキツい」
「ふひっ、珍しい。でも…巻き込まれる方は、マジでキツそう…」
弱音とも取れるようなセリフを吐くと、重そうに半分閉じた目でこちらを見上げていた一松くんの双眸が愉快そうにわずかに細まり小さな笑い声がその口からこぼれる。
「いい加減にしてくれ、くらいは俺だって思うぞ」
「…いや、あんた…好きでそういう仕事してんじゃん。なに言ってんの…」
「逆だな。仕事だから仕方なくやってるんだ」
「……はいはい。どっちでもいいけど、…メシは?あと?」
「今食べる」
言い切った途端、呆れ顔に変わった相手から適当にいなされ、ムッとしかけたところに問われて返事しついでに脱いだジャケットを鞄の上に放った。
「ん」
短い一音を返してきた彼がノソノソと立ち上がってキッチンへと向かう途中、その背中にまた話しかける。
「拗れたケースをよく見るせいか、よくこいつと結婚しようと思ったな。とか、たびたび思ってるぞ。実際、縁を切るためにうちに依頼にくるわけだしな」
続きというか、なんだか話し足りなくて意味もなく告げたセリフになぜか一松くんがそこで足を止めた。
「…んと、あの…だからさ、おれが前から言ってるのってそういうことなんだって…。好きで結婚した同士でもだめになんのに、無理矢理噛まれて嫌いじゃないので一緒にいましょう。なんてさぁ…うまくいくわけないじゃん」
嫌そうに顔を顰めて振り返った相手が主張したことがヤケに引っかかり言葉を返す。
「うまく行く行かないはそれぞれだろ。なんの問題もなく、死後離婚さえすることなく過ごす夫婦だっているじゃないか。まあ、総数でいけば少数派なんだろうが」
「…問題が出てきた時点で、おれみたいなゴミ……即捨てられるでしょ…。いつかそうなるに決まってんだから、番とか…ほんと勘弁しろよって話でしかねぇ、ていうか…」
フォローしたつもりの自分の言でさえ、勝手に沈み込んで悪くとる彼にとっては悪手でしかなかったらしく、その場で闇を背負ってパーカーの裾を握りしめていた。
「あのなぁ。君はちょくちょく自分を卑下するが、どこがゴミなんだ?」
めんどくさいな。ともかすかに思ったものの、このままどんよりした空気を垂れ流される方がよほど面倒でしかなく一松くんの近くまで足を進めてその顔に指先を突きつける。
「そりゃ、最初は料理以外はみれたもんじゃなく、とんでもなく厄介なものを拾ってしまったと死ぬほど後悔もしたが…」
呆気に取られた様子で目を見開き指を鼻先に突きつけられた状態で気圧されたようにのけぞってた相手が、俺の言い分をそこまで聞いてからまた半分瞼を下ろした。
「だからさ…、あんたちょいちょい貶しが強いんだってば。それで褒めてる気なのが逆に怖ぇわ」
「なんでだ。ちゃんと褒めてるだろ」
そういうならまずは全部聞いてからにしろ、としかいえない中途半端な状態で言葉を止められた自分をじとっとした目で睨んでいた彼がハッと息を吐き出す。
「…一個も褒めてないんですよねぇ…気付け、ボケ」
「どこが。褒めてる」
「褒めてないって…。別に無理して褒めてくれなくてもいいわ…褒めどころのない人間なんで…」
「褒めどころ、あるだろ」
誰にだって一個くらい。
不満に思って見下げた冷めた顔が、表情ひとつ変えずに括りを加えた。
「……じゃあ、料理以外でお願いします」
「以外……。…難しいな」
考えたがすぐには出てこなかったため、まだ彼の眼前にあった指をゆっくり引き戻して腕を組む。
「…やっぱじゃん。まあ、クズでゴミなんで当然でしょ」
「君はどこまで卑屈になれるんだ??」
それでも、先ほどよりはマシになったように感じる雰囲気を見て取り、問い尋ねながらもどうにも思い付かない一松くんの長所を考えるのを止めた。
「…自分の働くバイト先でさえ、全然見つからないとか…マジでクズだと思いますけどね…ひひっ…」
また一つ余計に付け足された、彼の言うところのクズな部分を聞かされて…それには曖昧に頷く。
「まあ…そこはな」
「…否定しろよ」
即座に不服そうな視線を投げかけてきた彼に、自分で言ったんじゃないか。と、その理不尽さに眉を顰めた。
「否定したって見つからないのは事実として変わりないだろ。また適当に職場を選ばれても、こっちも困るしな。続かない環境で働いたとして、あとで泣きを見るのは君の方だぞ。一松くん」
辞めて探してを無駄に繰り返されれば、それこそこの共同生活がいつまで続くことになるやらと不安と悩みが尽きなくなる。
自分としてみれば、一刻も早く問題を片付け、費用を完済して出て行ってほしいところなんだが。
「…どこでも続きそうな気がしないですけどね…」
当の本人からはなんとも頼りない答えが返ってきた。
「そこは頑張ってくれとしか言いようはないが。…当面やることがないなら、バイト先を探しながらうちの雑用でもするか?労働に見合った額の賃金は支払うぞ」
まあ、君には無理かもな。などとのんきに言っていられる場合でもなく、苦く笑って折衷案を出す。
「なに…。あんたから給料もらってそれをあんたに支払うの??なんか根底から間違ってない??」
怪訝そうに見つめられ困惑の色濃く浮かぶ言葉をかけられたが、出どころがどうであろうと0よりはよっぽどいいだろ。それだけ期間も短くなる。
「そうはいうが勤め先が見つかるまで無為な時間を過ごすよりはまだマシだろ。君のは高い報酬金の見込まれる類のものじゃないからな。それともなんだ、相手に対して賠償請求でも起こすか?」
それならそれで、くらいの気分で告げたことには素気無く首が振られた。
「……それは、やだ…」
小さな声でなされた否定が興味深くて顎に指を添える。
「君にとっては嫌か嫌じゃないかの問題なのか。金銭だとしても今後一切相手と関わりたくないとかじゃなくて」
「だって……、やっぱおれも悪いし…」
ボソボソさらに小さくなって聞こえたそれに耳を傾け、どうあっても加害者と共に自分を責めることをやめない相手を下目に見て呟いた。
「……もっと、被害者意識を持ってもかまわないと思うがな。とりあえずはわかった。それで?働く気はあるか?」
この引け目の強さがどこからくるのか理解できそうもなかったが、差し当たって不都合があるわけでもなくさっさと本題へと話を移した。
おどおどと、数度視線を床と自分の間で揺らしていた一松くんが言いにくいのか唇を歪ませる。
「ん…まあ。じゃあ、…お願いします…」
「それなら、明日からでいいな」
また一言「やだ」とでも言われるものと思っていただけに、多少面食らいながら日時の算段をつけ始めた自分をシパシパ瞬いて見上げてきた相手が見る間に顔を顰めてみせた。
「え……あんたって、なんでいっつも即日なわけ…せっかちかよ」
「時間が無駄だろ。いつまで居座る気だ」
不満そうにブツブツ文句を垂れ流していた彼に対して、同じように顔を顰めて見返してやるとブスくれた表情に変わった相手が聞こえよがしなため息を吐いた。
それ以来、バイト探しの合間に事務所にやってきては指示された雑用をこなす一松くんから、不意に問われたのが「先生って、運命の番とか信じてる方?」とかいう与太話に近いもので一瞬耳を疑った。
「は?…非科学的にも過ぎるだろ」
まともに論じ合うのもバカらしくて早々に切り捨てたそれにも諦めることなく声がかかる。
「…非科学的、ね。へー…、αでそう言ってる人かえって珍しくない?」
「珍しくはない。今時そんなバカな話があるか。それをいうなら君は運命の人とか運命論までをも盲目的に信じるのか?」
「……それとこれとは、違うでしょ…」
腑に落ちないとでも言いたげに表情を強張らせた相手が不機嫌そうに囁いた。
「言ってることは同じだ」
「じゃあ、…全く信じてないわけ…?」
この無駄な会話はまだ続くのか?思いつつも、彼が向けてくる普段と異なる真剣な眼差しになんだか切り上げることすら難しそうな気配を感じて細く長く息を吐き出す。
「運命の番?あいにくそんなものは信じていない。というか、信じる根拠がない」
話しながらではうまく進まない事務処理を一旦止めて、かわりにカップへと手を伸ばした。
「手放したくない自分の番を聞こえのいいように言語化しただけだろう。そもそも、αとΩが100%番うと思うな。αとα、αとβ、βとΩ。……ΩとΩも少数ながら聞いたことはあるが、ケースバイケースそれぞれでしかない」
いつの間にか冷めきっていたコーヒーを半分ほど勢いよく飲み干してから、意図のわからない質問を振ってきた一松くんへと視線を向けると、傷ついたとも違う微妙な顔をして彼がぽつりと呟く。
「先生ってさ…。前から思ってたけど、Ω嫌いだよね…」
小さな声だったが、ざらりとした違和感を伴い耳に残ったその言葉を振り払うように相手を視界から外した。
「……そうか?好きでも嫌いでもない」
大学入試の際、抑制剤すら持ち歩いていなかったΩのせいで電車の運行が遅れた時は死ぬほど腹が立ったが。
そこが滑り止めでしかなかったことと、違わず遅延証明が出されたことでことなきを得た。なんてこともあったなくらいのぼやけた記憶だ。
努めて平静に出した返事だったはずが、ますます表情を暗くした彼が憫笑に近い笑い声を漏らす。
「……それって、関心すらないってことじゃん」
言われて、返す言葉もなく黙り込むしかなかった。
たしかに、それ以来Ωとは一線を引いていた気がしなくもない。関わったとして得もないというのもあった。
Ωがいたとして、α用の抑制剤さえ飲めば余計な作用を受けることもなかったし、そもそも話していて楽しい相手ではない。探るようで値踏みするような目。あからさまに媚を売る目。ドロドロに濁った欲を孕んだ目。
向けられた側にしかわからないだろうが、どれもあまり深く関わり合いたいとは思えない態度ばかりだった。
だから、言い訳がましいが関心すらないというよりは、むしろこちらに関心を向けるなの方が感覚としては近いものの、それを告げたとして理解してもらえるとも思えずまた言葉を飲み込む。
「…出てった方がいいなら、言ってくれれば出てきますけど…」
返事がないことをどう曲解したのか、突然そんなことを言われて当惑した。
「いや…、そんなつもりはない。というか…」
この目の前の相手に対してはそんなこと一度も感じなかったな。などと今になって思い当たり耳を掻く。
ヤケにしつこいまでに卑屈ではあるが話は通じるし、割と的確な答えも返ってくる。
こちらを見る目もどうやっても普通…、普通よりはいっそ嘲ってるとかバカにしてる感がいくらか強かったな。
…まあ。別れるつもりとはいえ、番がいる状態なら当たり前なんだろうが…。
その考えに瞬時モヤっとした胸の辺りを首を傾げながらさすっていると、上から戸惑いがちな「あのさ…」という一声がかけられた。
それにゆるゆる顔をあげ、今は悲痛に歪んでいる相手の目を見る。
「…前、おれが言ったの覚えてたりする?無理矢理噛まれただけでうまくいくはずないとか、問題が出てきたら捨てられるでしょとか…」
覚えてるかと問われるほど前のことでもなく「ああ」と当然のように返すと、幾許かの緊張を足して強張った表情を浮かべている相手がこちらを見下ろした。
「問題ってさ…それもあるってか…うん。相手に運命の番とかいうのがいたとして、そいつが出てきたらおれはそこで用済みなわけじゃん…?そうなってからじゃ、おれにとって手遅れっていうかさ…」
聞いた内容を総合すると、『捨てられるのが怖かった』の一言でまとまりそうな話を耳にして、らしくもなくまた鈍くなった口を閉ざす。
君が相手にとっての運命の番だったらどうするんだ。とか。
それがいなかったなら、相手とそのまま番ったのか。とか、思うところは多分にあったはずなのに。
なぜか両方とも言葉に出せないまま、今にも泣き出すんじゃないかと思えるような一松くんの顔を眺めていた。
2話目 同居開始編おわり
3話目 シェリくん定期検診編へ続く