きらきら 「……これ」
たまたまグリーンに頼まれて、マサラの方のグリーンの家に来た時だった。今でも丁寧に整えられているグリーンの部屋に数年ぶりに入ったときに、机の片隅に丁寧にガラスケースに入れられたリーフの石を見つけた。ケース自体は少しだけ埃をかぶってるけど、中の石は変わらずに輝いている。ちょうど窓からの日光を浴びてキラキラと反射していた。緑色が床に散乱している。
「あ、それ」
後ろからついてきていたナナミちゃんが僕の目線を追ってから、お盆に乗せていたお茶をテーブルへと置く。
「覚えてない?」
そんなセリフに、きっと僕が関係することなんだろうなと想像はついたけど生憎思い当たる節はない。
グリーンのことだから、イーブイの進化を確かめたくて購入したのかと思っていたけれど、目の前に立つ恋人の姉はどうやら違う事象を思い浮かべているらしい。
しかし、知らないものは知らない。大人しく首を振れば、ナナミちゃんはあらあらと口元に手を添えて笑いながら、僕の方へとお茶を差し出した。
「昔はグリーンの片想いだったのね」
そう言うナナミちゃんは、どこか楽しそうだった。
ほかほかと体から湯気を出しているグリーンを膝の上に乗せながら僕はテレビを見ている。放送されているのはピカチュウの性別特集だった。尻尾の形について専門家がなにやら熱く語っていて、膝の真ん中にいるグリーンも同じぐらい真剣にテレビに熱中していた。
手元にあるカップからは冷め切ったココアのにおいが漂っている。早く飲まなきゃ下に沈むよ。そういってもグリーンは右から左に抜けてるのか、大した返事も寄越さずに画面に夢中だ。
夢中になってる時のグリーンはある意味虚ろだ。少しだけ湿気で倒れている栗色の髪の毛を擽りながら、そういえばと唐突に思い出した話題を口に出す。
「今日グリーンに頼まれてマサラの方に行ったけど」
「うん。ありがとな」
「ナナミちゃんと少し話してきて」
「うん」
「グリーン、何でリーフの石飾ってるの?」
「うん……、ッげふぉ!」
「大丈夫?」
思い切り咽た音が聞こえて目の前にある背中をさする。ゲホゲホとしばらく咳が鳴っていたけど、ようやく落ち着いたのか、涙目になったグリーンがこちらを見た。その瞳にはもうテレビ画面は映っていない。
「あの石、どうしたの?」
「なんでもねぇよ!研究用!」
大した間も開けずにグリーンが叫ぶ。明らかに火照っている顔を無視しながらも、僕は首を傾けてふぅんと相槌を打つ。
「ナナミちゃんに聞いたんだけど…」
「それは嘘だ!あれは適当に拾ったのであって、お前からのお土産とかじゃっ」
「…教えてもらえなかったんだ」
グリーンがなにやら零そうかというときに、言葉を告げる。
そう、ナナミちゃんは教えてくれなかったんだ。その石がなんでグリーンの部屋にあるのか。どうして、丁寧にガラスのケースに収められているのか。
でも、目の前の恋人は回りすぎる頭が急かしたのか、あっさりと吐いた。
思ったよりも早めに知れた真実に、思わず唇が持ち上がる。僕、どういう表情をしているのかは分らないけども、君がそう言う表情を浮かべるときは大体想像がつく。君曰く、「ひどいかお」らしい。
「僕からのお土産だったの?」
「う、るせぇ」
じわじわと頭の中に情景が浮かんでくる。僕がグリーンにあの石をあげた頃の記憶が。
正直、マサラから帰ってくるときには思い出してたんだけど、グリーンの反応が面白すぎて思わず困らせてしまった。
「結構前だったのに、まだ大事にしてくれてたんだね」
「…うぅ~…」
「ナナミちゃんが言ってたんだけど」
すっかり赤くなって固まってしまったグリーンの頭を撫でる。ふわふわとした髪の毛を手のひらでさすりながら、いい匂いのする首元に鼻先をうずめた。添加物の石鹸の匂いの中にグリーンのにおいが漂ってる。
「昔はグリーンの片想いだったらしいよ」
唇の先にある耳朶に噛みつきながらそう言えば、途端にグリーンの腕が肩をつかんできた。抵抗なのか、ただ添えてるだけなのか判別しがたい力加減に言及することなく、奥の鼓膜まで届くように声を潜ませる。
「ちがうんだけどね」
「…ッ、おい、れ」
すりすりとグリーンの腰がこちら側に寄ってきて、控えめにズボンの表面にあたる。じわりと温いその生地越しの体温が心地良くって、自分の息が荒くなるのが分かった。
「僕だってあの石をあげたころから君のことが大好きだったのにね」
あたたかい皮膚をなぞるように、柔らかい生地の内側へと手のひらを潜り込ませる。昨日までさんざんに愛していたその部分はまだ柔らかくて、人差し指で表面を押せば、捻りつぶしたような悲鳴が耳元で響く。
少しだけ力強く、胸元の筋肉を押しつぶしてくるグリーンの額にはかすかに汗がにじんでいる。
息を整えて、力の抜けかけているグリーンの体を横抱きに持ち上げた。
「…ダメだ、なんか今日の君が可愛くて仕方ないよグリーン。…抱いていい?」
「っ……いい…」
「好きだよ」
堪らずに唇にかみつけば、なんともないように受け入れられる。はふはふと温かい吐息が唇の端から漏れ出ているのが分かった。
手探りでテーブルの上に乗っていたリモコンのボタンを押して、居間に沈黙を届ける。きっと君のことだから録画してるだろうし、続きは明日の昼にでも見ていてほしい。
畳数個分もない道のりをお互いにキスしたまま歩く。住み慣れた二人暮らしだからこそできることなんだけど、きっとあの頃の僕たちはこんなふうになるなんて考えもしてなかった。
いつの間にか唾液の音が粘っこくなるほどになってようやくベッドへとたどり着いて、白いシーツの上に二人同時に着地する。すっかり雰囲気に呑まれたグリーンが僕の上に跨るのを見つめながら、昼間の会話を思い出す。
「そんなことないよ」
間髪入れずに告げた僕に対して、ナナミちゃんが振り向く。どうしたのと、純粋に見上げてくる表情はどこかグリーンとかぶさって見えた。
なにから言っていいのかわからなかった。まだこの石をあげた記憶は思い出せないし、どういった意図を持ってたかも知らない。ただ、これだけは言える。
「僕はあの頃から好きだったから、この石をあげたんだよ」
そう言えば、ナナミちゃんは再び笑顔を浮かべながら、そっかと呟いた。
「グリーンは昔からレッドくんに愛されてたんだね」
こちらにうなだれてひたすらキスを落としてくるグリーンの体を抱きしめる。そのまま何度か首筋にキスを仕返してやれば、まるで受け止めてくれるかのようにグリーンの腕が頭の後ろに回ってきた。いつまでも慣れないこの温かさに、かつての自分を思い浮かべる。
両親に連れられて出掛けたタマムシシティでリーフの石を見つけたとき。手を伸ばしても拒まれたガラスケースの奥に輝く緑色がとってもきれいで。
(君に似てるあの色が、僕にはとても輝いて見えたんだよ)