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    にぃなん

    @Guardians801

    二次小説とか絵とか、オリジナルの絵とかかいてます。

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    にぃなん

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    眠れないCEO オルグエ編

    #オルグエ

    眠れないCEO 眠れない。
     そんな夜が何日続いたのか、グエルはもう覚えていない。
     知らなかったこととはいえ、自ら手にかけてしまった父の後を継ぎ、グエルはジェターク社のCEOとなった。就任当初、ワンマン経営で慣らしていた会社は、その大黒柱を失ったことで倒産しかけていたが、グエルはそれを3年でどうにか建て直した。
     ジェターク社はヴィムが残してくれた唯一無二の遺産だ。正直なところ、立て直しに何年かかったとしても、たとえその見通しがまるで立たなくてもグエルは諦めるつもりはなかったが、3年という月日は一旦の区切りでもあった。ここまでやってだめならきっともうなにをしてもだめだろう。そのリミットがグエルにとっては3年だった。
     結果、会社は立ち直った。それはもちろんグエルだけの力ではなかった。弟のラウダ。学生時代から支えてくれていた仲間。提携や融資という形でジェタークにチャンスをくれた企業。運も良かった。それは否定しない。だがその運以上に父の残した会社は強かった。これまで開発してきたジェターク社のMSがパイロットの命を守ってきたように、その強さは社員の生活を繋いだ。
     ひたすら無我夢中で駆け抜けた3年間だった。だからもう過去は乗り越えられたのだと思い込んでいたし、そう思いたかったのかもしれない。実際、グエルはジェターク社を建て直すことが、ヴィムへの償いになると思っていた。だが、それを嘲笑うかのように、会社が業績を回復したと思った矢先、グエルは睡眠障害に陥っていた。

    「……はぁ」
     ため息をついたグエルは何度目かの寝返りを打つ。枕元にある時計は、夜間モードの淡い光を灯して、午前3時を知らせていた。ベッドへ入ったのは日付が変わる頃だったので、グエルはかれこれ3時間はこうして寝返りを打ち続けていた。
     眠れないと気づいてから、入眠に良いとされる民間療法はだいたい試した。残っているのはもう睡眠薬くらいだ。
     何日もまともに眠れない日々が続けば、当然のことながら仕事にも支障が出始める。眠れないからと言って、人間の身体は眠らなくてもいいわけではないからだ。いくらグエルが若いと言っても限界はあり、集中力が続かないので会議の内容はまったく頭に入ってこないし、この状態で戦場に出ればたちまち墜とされるに違いなかった。
     もう薬に頼ってもいいのかもしれないとも思う。それでこの状態が良くなるのなら。だがラウダにはこんな状態に陥っていることを知られたくはない。専属医に薬を処方してもらうことは可能だろうが、それはきっとラウダの耳にも入る。外部の医者に行ったとしてもなぜ専属医を使わなかったのかと問い詰められる。眠れないと白状すれば、心配性の弟は、自分が代理CEOとして会社に残るから、休暇を取るように言ってくるだろう。
     3年間、一度も足を止めずに走り続けてきた。そろそろ休んでもいいのかもしれないという気持ちと、父親を殺しておいて、何を甘えたことを言っているのかという気持ちが、グエルの中で主導権を奪い合っていた。

    (水でも飲むか……)
     決着がつかない脳内の争いに疲れ、無性に喉も渇いた。後数時間もすれば朝になる。眠ることに諦めを覚えたグエルはベッドから起き上がるとキッチンへ向かった。冷蔵庫を開けて冷やしてあったミネラルウォーターを取り出し、洗った後に伏せてあったコップにその中身を注ぐ。喉を鳴らしてコップ一杯分の水を身体の中に流し込んだ。自分で思っていたよりも喉が渇いていたようで、乾き始めていた身体に水分が染み込んでいくのがわかった。
     寝室へ戻ったグエルは、再び横になる前に枕元に置いた端末を手に取った。ブルーライトは良質な睡眠を阻害する。そのためベッド周辺に電子端末を置かないほうがいいことは百も承知だが、仕事の緊急連絡にすぐに対応するため、どうしてもこれだけは肌身離せない。
     ベッドに腰掛けたグエルは端末を開いた。未確認のメールが3件。時系列順にメッセージを確認する。2件は仕事のメールだったが、特に急ぐものではなかったので、返事は明日にすることに決めた。
     3件目の差出人は『アンノウン』。グエルはフッと笑って口元を綻ばせる。開いたメールにメッセージはない。送られてきているのは画像だけだ。タップすると添付されていた画像が開く。それは空に大きくかかった虹を写した画像だった。
     差出人『アンノウン』からの連絡はこういった画像だけのものがほとんどだ。たまにメッセージがあっても、それは犬を写した画像に、『犬がいた』という、見ればわかるような短い文字だけがオマケのようについている。それでも彼が無事でいることはわかる。
     グエルは端末に指を滑らせて、『綺麗だ』と返信した。彼はフロントではなく地球にいる。そのためこことは時差があり、前に聞いた時はこちらとは昼夜が逆転していた。だからあっちは今昼のはずだから、メールを送ってもきっと問題ない。
     ベッドサイドに端末を置いたグエルはベッドへ横になった。ジッと天井を見つめた後、目を閉じる。
     子供の頃は今とは違って眠りたくなかった。特に、仕事ばかりでなかなか家に帰ってこられなかった父と会えると知らされた前日は。一度目を閉じたら眠り続けてしまい、寝ている間にその大切な時間を失ってしまうのが何より恐ろしかった。約束を守れない息子だと思われたくなかった。
     眠れない理由を母に話すと、ちゃんと起こしてあげると言われたが、拭えない不安から逆にもっと目が冴えた。『いいわ。眠らなくてもいいから目を閉じなさい』。母はそう言った。目を閉じるだけでいい。その言葉に騙されて目を閉じると、いつも知らぬ間に眠ってしまっていた。
     愛していたのに、愛されていたのに、母の顔はもうハッキリとは思い出せない。柔らかな肌も、優しさの中に強い意志が宿った青い瞳の色も。母の死後、眠るたびに母の面影を忘れていくのが嫌だと父に言ったことがある。ヴィムはグエルの顔を無言で見つめた後、忘れるものかと口にした。それなのに。

     目を開けた。さっきと同じ、変わらない天井が視界に映り、グエルは寝不足で少し窶れた顔に自重気味な笑みを浮かべる。母がかけてくれた子供騙しの魔法は、もう自分には効かないようだった。
     端末が淡い光を灯す。夜中はサイレントモードになるように設定されているそれは、グエルが起きていると知らずに静かに光り、メールが送られてきたことを教える。
     寝転がったまま腕だけを伸ばす。グエルは再びベッドサイドの端末を手に取り、そこにあるライトだけが照らす薄暗い部屋の中で届いたメールを確認する。差出人はまた『アンノウン』だ。今度は画像が添付されていない代わりに、短いメッセージが目に飛び込んでくる。
     『寝ろ』。
     あまりにも簡潔で、直接的な言葉。こっちが夜中だということを覚えていたのかと思ったが、送ったメールの右上に日付と時刻が表示されていることに気づいて、そんな些細なことでも期待した浅はかな自分に呆れる。
     『アンノウン』に対し、グエルは再びメッセージを送るべく、画面の上で指を滑らせた。地球とフロントは当たり前に時差があるほど遠く離れているため、メールはいくつかの中継地点を経由して端末に飛ばされる。さっき送ったメールへの返事はわずか数分後にきた。『綺麗だ』と送ったメッセージに対し、すぐに返してくれたことがわかる。
     『眠れない』。彼の真似をしたようだと思いながら、短いメッセージを返した。また返事をくれるだろうか。期待しながらグエルは端末が光を灯すのを待った。
     さっきと同等ほどの時間が経過した後、また端末が淡く光る。数分間待ち侘びた返事だと疑わずに確認したメールは、地球に本社を構える提携企業からのものだった。
     それは、地球に新しく建設された学校のオープニングセレモニーの最終確認だった。数日後のセレモニーにはグエルも出席する予定になっている。
     アーシアンとスペーシアンの軋轢は未だ色濃く、学校建設は困難を極めて一時は頓挫しかけたが、なんとか開校までこじつけた。そのセレモニーが開かれることは喜ばしいことではあったが、グエルはガックリと落胆した。そして、『寝ろ』に対して返した『眠れない』に、どんな返事を期待したのかと自分に問う。
     提携企業から送られてきたセレモニーの日程表をザッと見て、問題がないことを確認すると、O Kの返事を出す。そして、胸が空になるほどの深いため息をついた。
    (返事なんかくるわけない……)
     彼はなにより無駄なことを好まない。何事も最短時間で処理し、3歩で辿り着ける場所へ、わざわざ5歩もかけて歩くようなことはしない。そんな彼の性格は軌道エレベーターまでの共に歩いた道のりで学んだ。
     こんな意味のないやりとりに時間を割くような人じゃない。ズッシリとのしかかる落胆の重さは、それを知りながら期待する気持ちを抑えられなかった自分のせいだ。グエルが端末を手放そうとすると、それは見計らったように画面に淡い光が灯る。
     次もまた仕事のメールかもしれない。そう思いながらも何度も期待してしまうのは、連絡先を交換した時に、俺からおまえに連絡することはないと言いながら、こうしてたまに近況のような画像を送ってくる彼のせいだ。たった数分とは思えないほど待ち望んだメールの差出人の欄。打ち込まれた短い文字。それを見つめるグエルの胸は切なさに締め付けられる。

    『眠らなくてもいいから目を閉じていろ』

     ───親となったことがある人間は、誰しも子どもに似たようなことを言うのだろうか。グエルにはわからなかったが、眠れないのなら眠らなくていいという言葉には、子どもの頃と同じようにグエルの胸をふわりと包んだ。
     軌道エレベーターの前で別れてから、この3年間一度も彼とは会っていない。お互いの立場上、簡単に会えるような相手ではなかったし、グエルはとにかく会社を建て直すことに必死だった。忙殺される日々の中、ふとした瞬間に思い出した。たった数日を共に旅した彼のことを。
     彼の瞳と同じ色の花に視線を奪われて、どこか似た低い声に反応して振り返る。彼と旅をした数日間を繰り返し夢の中に見て、分厚く硬い手のひらに撫でられた頭は、未だその感触を忘れてはいない。
     俺はおまえの親じゃない。そんな突き放す言葉とは裏腹に、彼の視線やその手にはグエルへの気遣いがあった。本人は無意識だったのかもしれないが、慣れない地球の大地を進む日々の間、彼は確かにグエルを守ってくれていた。あの腕に抱かれて眠った夜だけは、父を殺す夢を見ることはなかった。

    『あんたに会いたい』
     端末にそう打ち込む。少し迷ってからそれを送信する。今度こそ返事は期待せずに、言われた通り目を閉じた。



     数日眠れなかったことが嘘のように、グエルは目覚ましの音と共に、スッキリとした頭で起床した。朝の光が窓から差し込む様子も、まさに清々しい朝という言葉が相応しい。時間にしてみれば短時間の睡眠でしかないのに身体が軽いのは、その時間を最大限、疲労回復に使えたからだろう。
     ベッドの上で一度身体を伸ばしてから、まずはベッドサイドの端末を手に取り、メールを確認する。夜中に確認した仕事のメールと、もう一件新着メールが届いていた。差出人は『アンノウン』だ。
     心臓が鼓動する。昨夜、最後に送ったメールの内容が頭の中をぐるぐると回った。ジワッと端末を持つ手が汗ばむ。それも当然のことで、『あんたに会いたい』なんて甘えた子どものようなメッセージに、まさか返事をもらえるなんて思っていなかったのだから。今度こそ無視されると思っていたのに。
    「……っ」
     ゴクリと喉を鳴らしてから、グエルはメールを開く。目に飛び込んできたのは、『待っている』というメッセージだ。それだけでは彼の意図がよくわからなくて、どうすればいいのかもわからなくて、グエルは彼からのメッセージの答えを探しながら、添付されている画像を開いた。
     表示されたのはかなり遠くから撮影された大きな建物だった。だが、それがなんなのかグエルにはすぐにわかった。建物の正面が風船や花で飾り付けられているそこは、ジェターク社と地球企業数社が提携して設立し、数日後に開校予定になっている学校だった。

    「……なんだよ。俺のやることなんか、興味ないって言ったくせに」
     ジェターク社が学校建設の業務に当たっているなんて伝えたことはなかったが、こんなこと少し調べればわかることではあるし、地球ではフロントよりも大きなニュースになっているのかもしれない。それでもこんな些細なことがたまらなく嬉しかった。それと同時に、あの旅で感じた彼への想いが勘違いなどではなかったことを思い知る。
     会いたい。昨夜よりもずっと強い想いがグエルの胸をジンと痺れさせる。
    「待ってろよ」
     グエルは口の端に笑みを浮かべた。地球への凱旋まであと───日。
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