肥前忠広×呪術廻戦「改変された世界、ねぇ」
今現在、世界は時の政府と審神者率いる刀剣男士達の活躍により、歴史改変の被害は最小限に抑えされている。
しかしまだ歴史改変主義者及び遡行軍の明確な対抗手段が無かった時代。
多くの歴史は既に取り返しのつかない段階まで改変されてしまい、正史の世界から切り離されてしまった。聚楽第なんかが良い例だ。
そこで時の政府は切り離された世界、所謂分岐世界に刀剣男士を送り込み、正史の世界へ合流が出来るようなるべく上手く“歴史自体を改変しながら”正史側に誘導していくという策を講じた。
「やれるか、肥前忠広」
「ハァ…最初から拒否権なんてねぇんなら一々聞くなよ」
政府職員の言葉に肥前は悪態をつく。
言い渡された特命任務は謂わば上記の案のお試しみたいなものだ。
そして一番目であり実地試験さながらの任務を受け持つのは、文久土佐藩で審神者の手に渡ることのなかった監査員・肥前忠広であった。
(コイツ、おれの事を代えの利く駒としか思ってねぇ)
この肥前忠広は他の個体よりもかなり人間の意識が強かった。
政府職員が向ける量産可能かつ使い勝手の良い道具、これらよりも自分達の方が立場は上等々といった視線。そもそも刀剣男士達は未席だけれど神である。それは分霊であっても同じこと。
他の刀剣男士であってもうんざりしてしまうこの態度は、一人の人として見て欲しい彼にとってはもう一倍腹の立つものであった。
「肥前くん」
自分を呼び止める声が聞こえ、思わず足を止め背後を振り返った。
南海太郎朝尊。
肥前が唯一心を完全に許す事の出来る刀剣男士だ。
「…先生」
「これから、単騎で調査に行くんだろう?」
「ああ」
「だからね。これは僕からの餞別だ」
手渡されたのは掌と同じサイズの赤メノウで出来た勾玉のネックレスだった。
「これは、」
「肥前くん、これは“三度”だけキミを危機から救ってくれる御守りだ。必ず役に立つ。」
「コレが、か?」
「ああ、肌身離さず持っておくと良い。…だから、ちゃんと、かえってきてね」
「…わかった」
帰ってこいという癖に“餞別”なんて台詞。まさか自分が任務に失敗するとでも思っているのかと思い、肥前は頬を膨らませてむすくれた。
貰った勾玉を軽く握るとじんわりと霊力の波動が伝わってくる。恐らくこれは先生が作ってくれたのだろう。
その様子を眺めていた南海は、哀しい顔で笑って肥前の頭をすりすりと撫でた。
「いってらっしゃい」
見送る南海に軽く手を振り、ゲートを潜る。
肥前忠広が派遣された処は呪霊という存在が世に蔓延っている世界。ヒトの思いがカタチを取って牙を剥く世界。
「マァ、何でも良い。兎に角斬りゃあ良いんだろ」
肥前の身体はゲートの眩しい光に包まれて瞬きのうちに消えていた。
■
今日からこのクラスに転入生が入るらしい。
灰原は朝からやたら元気に「男の子かな?女の子かな?いっぱい食べる子が良いな!」と言っていたが、正直七海はあまり転入生に気乗りしていなかった。
この一年。
五条然り夏油然り冥冥然り家入然り…。
色んな呪術師と関わって来たが、全員漏れなくどこかしらイカれていた。
特に五条なんて最早常人の感覚からはかけ離れすぎている。あの人には早急に情操教育を施す必要があると思うとは七海の談だ。
そうこう思考を巡らせている内にガラガラと立て付けの悪い引き戸が開く音がした。転入生が入ってきたようだ。
転入生は黒髪に赤いツートンカラーの蓬髪に幼い顔立ち、そして首に荒っぽく巻かれた包帯が印象的な切れ長の鋭い目付きをした少年だった。
華奢で身長は恐らく170もいっていないのだろう。中学生と言われた方がまだ納得がいく見目だ。
「…肥前忠広、めしは食う専門」
別に、よろしくしなくてもいい。
少年基肥前はぶっきらぼうにそう吐き捨てると、二人に何か言うでもなくスタスタと自身の席についた。
(めしは食う専門…とは?)
七海は宇宙猫を背負った。
隣で灰原はいっぱい食べそうな子が来た〜ッ!と喜んでいた。
■
最初の『別に、よろしくしなくてもいい』発言から、一匹狼のまた違ったタイプの問題児が来たのかと、七海は胃をキリキリと痛めていた。
しかし、転入生は割とシッカリとした常識を持っていて理性的で、良い意味で七海の予想を裏切った。
いつもツンツンしていて少し言葉に棘がある事もあるが、基本的に声を掛けると律儀に返事をしてくれる。
(なんだ、無茶苦茶いい子じゃないですか)
人知れず七海の中での肥前の好感度を急上昇させていた。
「肥前肥前!こっちも美味しいよ」
「ん…食べる」
「こら、ちゃんと野菜も食べなさい」
「んむ…わぁったよ」
おにぎりに夢中な肥前の皿へ肉をたらふくプレートに乗せる灰原に、お小言を漏らしながら食べやすい野菜などを乗せていく。
無口でほとんど話さない彼だが、食事をする時は眉間の皺がとれて、少しだけ表情が緩む。
好き嫌いなく何でもペロリと平らげるのは見ていて気持ちが良いし、もっもっハムスターのように頬にご飯をパンパンにつめて食べる姿は見ていてとても癒される。
肥前は七海と灰原にとってのオアシスと化していた。