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    るみみずく

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    るみみずく

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    簡単なハントに行く話、捏造キノコ山でのキノコ狩り。(去年の秋頃に妄想して放置していたもの)
    小松くんがちょっぴり怖い目にあいます。付き合ってるココマの最後らへんに取ってつけたようなキスあります。

    キノコ狩りデート グルメ界に近付けば近付くほど猛獣は強くなり、場所の危険度自体も高くなるというのは常識だ。しかし、相当な弾数を用意してあってなおかつ一発も外さない射撃の腕がある前提ではあるけれど、頑張れば猟銃でも対処可能なレベルの猛獣しかいない比較的安全な山がひとつある。特殊な気候や地形をしているわけでもなく、よほど山を舐めた恰好さえしていなければ、探索も容易い。
     グルメ界から飛来してきた胞子と元からあったものが結びついて、多種多様なキノコが独自の生態系を形成している──通称、毎秒新種食材が見つかる山。名を揚げたい美食屋たちが数多く入山し、実際にここでの大発見がきっかけで巨額の財を成した人も少なくないという。
     今回ココさんと来たのはそんな場所だ。

    「小松くん、ちょっとはりきりすぎじゃない?」

     ココさんはすこし棘のある言い方をした。
     ボクの背中にはパンパンになったリュック。それだけでは足らなくて、右肩と左肩に三つずつグルメケースを提げている。

    「メインターゲットは王冠ポルチーニですけど、毎秒新種が見つかる山なので! せっかく美味しそうなの見つけてもケースなくて持って帰れなかったら悔しいじゃないですか。備えあれば憂いなし!」

     ボクの家からもココさんの家からも遠く、そう頻繁に来れる場所じゃないのだ。今回持ってきた分でもむしろ足りないくらいだと思う。

    「やる気なのはいいけど、はりきりすぎて無茶だけはしないでくれよ。安全といえどもあくまで比較的、死者行方不明者が一人も出ない日は年に数回あるかないかくらいなんだから」

     眉間を寄せたココさんの声には浮かれたボクを咎めるような厳しさがある。
     入山して無事帰ってきて財を成した人はいても、それ以上に帰ってこなかった数の方がずっと多いのだ。今回は絶対にココさんから離れないようにしよう。リュックの肩紐を強く握った。

    「ああそうだ、小松くんに護身用の武器を用意してきたんだった。ここの猛獣は擬態能力に優れているものが多くてね。前に来たときはボクでも気付けなかったほどだから、念のため」

     ココさんは腰のポーチから何か取り出した。両手を差し出すと、赤い拳銃のようなものが乗せられる。いつぞやトリコさんから渡されたクラッカーよりずっと軽い、それはよく見ると透明で、赤いのは中の液体の色だった。

    「水鉄砲……?」

    「うん。中身はボクの毒だけどね。撃つときは目や口を狙うんだよ」

    「どんな毒が入ってるんですか?」

    「100%の致死毒さ」

     開いた両手がこわばる。爪ではじけばカツカツと軽く鳴っていた銃が途端に重たくなった。
     そんなボクを見かねてか、ボクとは真逆にココさんは表情を少しだけ柔らかくする。

    「正確には仮死状態にするものだ。山のキノコの毒にある程度耐性のある猛獣なら、放っておいてもその日のうちに目を覚ますように作ってあるよ」

     毒を使うココさんのことを恐れてはいない。けれど、水鉄砲に充填されたものは取り扱いを間違えば危険なものだ。伸ばしていた指をそっと握りしめる。

    「どうして仮死状態なんですか? 麻痺や眠らせるんじゃダメなんでしょうか」

    「ん……ああ、この山ではそれが最も効果的に小松くんを守り、キノコや猛獣をも守ることに繋がるからだよ」

     動きを封じるまで時間がかかる手段をとってしまうと、効くまでに猛獣が暴れまわり、脆くて崩れやすいキノコたちは無惨にも踏み荒らされてしまう。
     それだけならまだしも、毒素を含む胞子が撒き散らされてこちらまで身動きが取れなくなる可能性があるのだ。それがこの山で行方不明者を続出させる主な原因とされている。
     健康な体で生きて帰りたいなら一瞬にして猛獣の動きを封じなければならない。
     それができるならノッキングや昏睡させるのでも構わないが、毒素を濾過する器官を止めて呼吸だけ可能な状態で放置しておくと毒に慣れた猛獣といえども命の危険にさらしてしまう。
     胞子の撒布が収まるまで仮死状態に、つまりは動きを封じかつ呼吸を止めておくことが猛獣たちを守ることにも繋がる。
     ココさんによればこういうことらしい。

    「ここに生息する猛獣の肉にはキノコの毒素が濃縮されていて食用に向かない。
    食う目的以外で獲物を殺さないルールを己に課している男のコンビであるキミに、後で調理しない殺生なんかさせるわけにはいかないだろ?」

    「ココさん……」

     ボクの両手にのしかかる銃はとても危険な毒だ。でも、同時に気遣いに溢れた優しさでもある。
     使うべきときモタつかないよう銃身をポケットに挿し込んだ。

    「もし誤飲しても早い段階で処置すれば助かる見込みが……いいや、そうなったら何としてでも助けるけど、使う機会が無いのがいちばんだ。できる限りボクから離れないように」

    「ハイ! ココさんから離れないようにします!」

    「うん、いい返事だ。どうか返事だけにしないでね。それじゃあ行こうか」


     ココさんに先導されて山を登り始める。登山初心者は苦労しそうだが、もっと大変な場所をトリコさんにくっついていったボクにはどうってことない。
     とはいえ、慢心はいけない。
     たくさん入った誰かが枝を払ったあとにできた細い筋のような道を利用させてもらいつつ登っていく。獣道程度のものだが、格段に歩きやすい。めったに市場に出回らないキノコを見つけたからといって先人たちが踏み固めたところから出ると、脆い土に落ち葉が被さっているだけで、危うく滑り落ちそうになるのだ。ココさんみたいに長い腕と引っ張り上げられる力のある人と一緒じゃなかったら、ボクはもう10回は谷間に転げ落ちているだろう。

    「小松くん。王冠ポルチーニが自生するポイントはね、もう少し登ったところにあるんだ。そんなに採ってたら着く前にグルメケースが埋まってしまうよ」

    「そうならないためにいっぱい持ってきたんです! ね? 備えあれば憂いなしって、ボクの言った通りになったでしょ?」

    「いざというとき動きにくいことに気付いて荷物を捨てたりしたら本末転倒だけどね」

     途中、耳に毒舌をくらいながらも登っていく。
     標高が上がるとほどなくして先人の残した道標が途切れた。しかし、ココさんは大きな体と毒の剣を使ってスイスイと道なき道をゆく。
     定期的に、木が折れる音がこだまする。おそらく大型の獣が逃げたものだろう。

     採りたてのキノコを焼いて昼食にし、休憩を挟みながら、ゆっくりとつづら折りに登ること数時間。下に比べると木々が寒々しくなり、空気も冷たくなってきた。なんとか登って出られそうだった谷間は、深く、角度も急になる。落ちたらよくて大怪我、自力での脱出は不可能とみていい。
     標高が上がれば希少なキノコが見つかる代わりに、より美味いキノコを独占するべく進化した猛獣たちが潜んでいる。この山の常識だ。
     擬態に優れたもの、見つけることに特化したもの、力で奪い取るもの──進化の道はそれぞれだが、どれにしたってキノコを人間に譲ってくれる優しさなど微塵もないようだ。全身余すことなく切り傷や掠り傷を負った美食屋の遺体数人分が、競争の激しさを物語っていた。

    「同型の通信機を装備しているね。全員同じ日に死んだようだ」

    「うひぇ……集団で来て全滅だなんて……どんな猛獣にやられたんでしょうか……」

    「いや、猛獣にしてはどれも傷が浅すぎる。刃物を握ったまま息絶えている彼が犯人だろう」

     乾いた血でコーティングされたサーベルを握りしめた遺体のそばでしゃがみこむ、ココさんの視線はどこか冷淡だ。
     その遺体も、やはり傷だらけになって息絶えている。

    「……収穫をめぐっての仲間割れか、あるいは……」

    「仲間割れ……? どうしてそんなこと」

     ココさんの言葉には続きがありそうだったが、どうしても引っかかって遮ってしまった。

    「ん……ああ、あくまでも可能性のひとつとして言ったまでだよ。新種のキノコでも見つけたんならあり得ない話じゃない。新種を発見して歴史に名を刻むことこそが目的になって、そのために手段を選ばない者は少なからず存在するから」

    「だからって……仲間内で殺し合ってまで奪おうとするでしょうか」

    「美食屋ってのはみんながみんなトリコみたいなやつばかりじゃないのさ。小松くんだって、身をもって体験したろ? ……ま、美味しいは分け与えるものと心得るキミに理解する道理も必要もないけど」

     ふーっ、と息を吐いて、ココさんは顔を上げた。死体からボクへ移る数秒の間に、眼差しに温度が戻る。

    「それより、ターゲットの生息域に入ったよ。グルメケースに空きはあるかい?」

    「ハイ、問題ありません」

     とっさにそう答えたが、たくさん持ってきていたグルメケースはもう半分以上使ってしまっている。もちろん、リュックの中身などココさんの目ならお見通しだろう。

    「どのキノコを持って帰るか、迷いどころだね小松くん」

     ココさんはいじわるく微笑んだ。
     図星を突かれたボクは「あー! あのキノコ、ジューシイタケに似てるけど見たことない色と大きさですよ!」とちょっと大袈裟に叫んで走り出す。

    「小松くん! そっちはダメだ!」

     ココさんの声はちゃんと聞こえていたが、立ち止まるのが一歩遅かった。
     なにかに鼻っ面からぶつかった。
     脂っぽいごわごわした毛並み。埃っぽいような脂臭いような、これは獣臭か。あまり触り心地のよくない毛の壁が低く唸った。
     ボクは体を真っ直ぐにしたまま一歩後ずさる。

    「そのまま、小松くんそのままだよ。ゆっくり下がって……決して声は出さないで」

     指示されたとおり動く。
     離れていくにつれ、たった今体当たりしたものの正体が見えてきた。座っている後ろ姿の時点でボクはもちろんのこと、ココさんよりも大きなそれに、どうして気がつかなかったのだろう。原因はわかりきっている。尻尾があるべき場所に生えた大きなキノコだ。
     踵で枝を踏み折る音に反応したそれはむくりと後ろ二本足で立ち、凶悪な爪の生え揃った前足を掲げる。
     この山における食物連鎖の頂点、カメレオングリズリー。調理方法によって色が変わる性質がある尻尾のキノコは非常に美味な珍品だそうで、これを獲ってこいと高額な報酬を払って依頼する人が多いのだと聞いたことがある。
     巨大だ。浮かせた前足が地面についてもなお、一度もった印象は変わらない。
     いつの間にか立ち上がっていたココさんは左手で腕を下から支えるように構えており、包帯を解いて赤紫色に染まった指先からいつでも毒を撃てる準備ができているといった様子だが、そうすることを躊躇っているらしかった。対象とボクが近すぎるため迂闊に攻撃できないのだろう。
     急いで離れるか、渡された武器を使うか。
     ポケットに挿していた水鉄砲の銃口を向けた。

    「落ち着いて、目を狙うんだ。怖がっていると思われてはいけない」

     ココさんの占いだって97%なのだ、この世に絶対なんてものはない。遺書は書いてきた。
     覚悟はできているから、怖くなんかない。
     ただ、その心構えができていることと射撃能力は関係しないみたいだ。一発、二発と外して焦るほどに狙いがつかなくなる。
     掠りもしないけれど攻撃を受けたあちらは、ボクを“闘いを避けるべき脅威”というより“威嚇してくる身の程知らず”として認識したようだ。ボクが下がった分と同じだけ近付いてくるせいで一向に距離が開かない。
     水鉄砲が軽くなるにつれて引き金にかけた指が重くなる。
     ずっと上にある双眸を睨み返しながら、一歩、一歩、一歩──下がる途中、踵でなにかやわらかいものを踏み付けた。
     瞬間、ギュピィーっ! 豚に似たけたたましい鳴き声がこだまする。ちらりと目だけを動かして見たココさんの表情が険しい。
     地響き。バキバキという音が近付いてくる。

    「ココさん」

    「結論から言うと小松くんが踏んだのは斧イノシシの子供の尻尾で、それを探していた親が群れをひきつれてこっちに来てる。幼体は特に擬態能力に優れている……あっちに集中していて気付くのが遅れたボクの落ち度だ、すまない」

    「そんな、ボクが周りを見ずに走ったから──」

    「今だけは特別に許してあげよう。反省はボクんちでたっぷりしてもらうから。……いいかい、さっきとは反対のことを言うよ」

     大きく息を吸うのを聞いた。

    「──全力で走って離れろ小松くん!」

     ココさんが言うか早いか、枯れ葉を全身にまとったようなイノシシが一匹、また一匹と木立から飛び出してくる。体高がいちばん小さいものでもボクと同じくらいはありそうなそれらは、異常発達して斧のようになった牙で丸太を切り倒しながら最短距離でにこちらへ来たのだろう。群れが通った後は切り株が立ち並び、とても見晴らしがよくなっていた。
     ボクが背を向けたと同時にカメレオングリズリーの咆哮が耳をつんざく。
     水鉄砲をしっかり握りしめたままボクは走り出す。肩にかけたグルメケースがごちゃごちゃ絡まるのを気にしながら走っていたせいだろう。もっと少なくするべきだったと後悔したのは、足の裏に踏む地面が無いと気付いたその時だった。

    「わっ、ぎにゃあぁああー!!」

     滑り、転がり、斜面を落ちていく。上のほうでココさんがボクを呼んだ気がしたが、とても答えられる状態じゃなかった。

    🍄🍄🍄

     落下が止まる直前、お尻でなにか潰すのを感じた。
     骨折したときにするという寒気や吐き気はない。落ちる途中で漏れたのか一発分の毒しか入っていなかったが、ココさんから渡された武器もボクの手の中にある。
     リュックと水鉄砲を地面に置いて体の状態を確かめてみると、落ち葉とグルメケースをたっぷり詰め込んだリュックがクッションになってくれたらしく、幸いにも大きな怪我はなさそうだった。
     ……と思ったけれど。
     お尻から着地した落下地点に血溜まりがあった。
     落ちる途中で枝か岩かで切ってしまったのだろうか。脚に力が入らなくなって膝立ちで確かめたが、ズボンはどこも破れていない。
     そのとき、ボクをぐるっと取り囲むようにキノコが生えていることに気付いた。
     高さ15cmほどの黒くてひょろひょろした細い軸は曲げたハリガネみたいだ。松ぼっくりみたいにがさがさしている真っ赤な傘の直径は高さより大きく、細い軸で支えられているのが不思議なほど厚い。見たことのないキノコだ。
     輪っかの一部分、お尻で潰したところに血溜まりはあった。冷静になって観察すると、色合いや質感からして血に見えた液体は崩れたキノコの断面からとめどなく滲み出ており、思ったほど鉄臭くないことに気付く。
     ほっと胸をなでおろす。
     温かくも冷たくもない血液もどきは下着まで染みてしまっている。ベタベタして気分のいいものではないけれど、それよりお尻で潰してしまった、希少な食材だったかもしれないキノコが可哀想だ。
     無理に登ろうとした方が怪我に繋がりかねないので、ココさんが来てくれるまで待機するしかない。
     また潰してしまわないよう気をつけながら、キノコの円陣から出てそっと腰を下ろす。
     全身にピリピリと痛みが走った。

    「痛っ……」

     空気が乾燥する時期に口の端っこや手の甲なんかがぱっくり割れたときに似た痛みがかけめぐる。
     まさか、まさか。
     打ち上げられたように立って袖を捲くり上げる。
     ──傷口だ。
     どうして気が付かなかったのか不思議なくらい切り傷だらけだった。転げ落ちてきたときにやっぱりそこらじゅう切っていたんだ。
     腕だけじゃない。脚も、お腹も、顔も、きっと背中も。小さなものから深いものまで数えきれない切り傷がついている。
     円陣を踏みつけてしまい、足下で音もなくキノコが崩壊する。
     しまった、ごめんね、かわいそう、まとまりのない気持ちが頭に浮かぶと同時に、黒い茎から勢いよく血液もどきが噴き上がった。

    「な、ぬわんだこれはー!!? 水分量やばすぎー!!!」

     頭上を超えて溢れ出す液量に思わず尻もちをついた。
     ボクの視界いっぱいの一帯が赤い霧に包まれる。鼻腔や喉まで痛くなって思わず噎せると、ぴしっ、ぴしっ、と体がひび割れるような気にさせられる。
     口を塞ごうとして逆にヒュッと息を吸ってしまった。

    「ぎっ……ぎにゃあぁああ?!」
     
     蛆虫?
     いやちがう。
     キノコ。
     キノコだ。
     キノコの軸のもとになるヒョロヒョロした黒いハリガネみたいなものがぱっくり割れた傷口からニョキニョキものすごいスピードで成長して今にも傘が開こうとしている。
     きっと服の中やピリピリ痛む気道、眼球の内側でも同じことが起きているに違いない!
     腕を掻きむしってみたが、短く切った爪でこすった程度じゃキノコは取れない。
     ナイフなどでこそげ取るしかなさそうだ。
     ちょうどいいことにリュックの中には包丁がある。

    「いやダメだ、メルク包丁じゃ切れ過ぎる……!!」

     こんな震えた手では誤って腕ごと切り落としかねない。
     傷口から生えてくるキノコは一旦放置して口を塞ぐ。
     うまく息を止めていられない。

    『食え、食え、食え』

     喉が痛くて咳き込んで霧を吸い、手で覆ってを繰り返していると誰かに話しかけられた。男の人の声だ。
     どこから聞こえてきたか分からなくて周囲を見回してみても赤い霧の中にボク以外ひとの姿はない。
     食材の声、なのだろうか。
     もしかするとキノコを食べれば症状が治まるのかもしれない。いつしかのサンドリコのように。
     バラバラになったキノコを拾い集めてから、おかしいなと思う。
     いままで聞いた食材の声というのはどれも美味しく食べてほしいと願いがこもっていて、どうしたらそれが叶うのか教えてくれていた。
     しかし、さっきのは違った。アレルギーのせいで食べられないんだと泣いて拒む子供の口に無理やりねじ込もうとする人のように、やけに乱暴だった。
     さっきボクに話しかけてきたのは本当に食材だったのだろうか?

    『食え』

     同じ声だ。

    『食え』

     どこからか話しかけてくる。

    『食え』

     もとより粗暴だった声質がだんだん低くざらついてくる。

    『食え』

     拾い集めていつまでも食べないボクに苛立っている。

    『食え、食え、食え』

     最初はひとり分だった声が複数人のものに。

    『食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え味わえ人生最期に見つけた至上の美味を』

     ボクをぐるりと取り囲むキノコと同じ数だけの見えない誰かが、てんでバラバラにがなり立てる。
     拾い集めた破片がボロボロと手から落ちた。
     声を聞いてはならない、息をしてはならない。塞ぐべきは耳だろうか口だろうか。わからなくなったボクは力いっぱい目を瞑った。

    『息を止めていたら死んでしまうよ』

    「──! ココさん! ココさんなんですか?!」

     今、いちばん聞きたかった声がして、目を瞑ったままボクは叫んだ。

    『それを食べれば治るよ』

    「どこにいるんですか」

    『美味しいよ』

     会話が成立していない気がする。

    『息を止めていたら死んでしまうよ』
    『それを食べれば治るよ』
    『美味しいよ』

     ココさんの声はボクが何も言わなくても同じ文言を繰り返すようになった。あわてて口を塞いだが、いまのでだいぶ霧を吸ってしまっただろう。
     食え、食え、死んでしまうよ、美味しいよ。知らない誰かと知っている一人、複数人の声が壊れたレコーダーのように繰り返す。頭が割れそうな声量で。
     肌が熱くなるまで掻きむしっても取れないキノコはボクの血を吸って成長していく。
     腕から力が抜ける。指先で何か硬いものに触れた。

    「……ココさん」

     ボクには一発だけ残されていた。これ以上霧を吸わないようにするための方法が。
     かろうじて見ることができる程度に細めた目と、指先の感覚で銃口と引き金を探し、銃身を咥えて喉に深くつき入れる。
     これは自殺行為じゃない。

    「ココひゃんをひんいまひゅ」

     引き金を引いた。

    🍄🍄🍄

    「小松くん、小松くん、聞こえるかい」

     今、いちばん聞きたかった声に呼びかけられ、重たい瞼をこじ開けた。
     オレンジ色の空と、それを遮るきれいな人の顔。赤い霧は見当たらない。

    「ココさん……ココさんですか……?」

    「そうだよ小松くん。体に不調は、どこかおかしなところはないかい」

    「……いいえ、なにも」

    「本当かい? 痺れや痛み、息苦しさ、変なものが見えるとかは?」

     ココさんはボクの顔を覗き込んだまま、指先から手のひらまでまんべんなく揉むようにボクの手を触った。
     山の爽やかな空気を鼻から吸って肺を膨らませ、口から吐き出し、逆もやってみる。

    「……ハイ、なんともありません」

    「そう……解毒が間に合ってよかった」

     ココさんの介助を受けて上体を起こす。
     フグ鯨のノッキングを見られなかった悔しさから続けてきた息を止める練習にどれほどの意味があったかはわからないけれど、この数年で肺活量は間違いなく強くなった。なのに息を止めていられなかったのは、キノコの毒のせいだったらしい。
     ココさんの安心した顔を見ていたら気持ちが落ち着いてきた。
     もう大丈夫なんだ。
     笑い返そうとした途端、表情筋が引き攣る。
     びっしりキノコが生えた傷口がフラッシュバックし──えずいた。

    「っ! 小松くん、やっぱりまだ──」

    「き、キノコ、キノコがっ、傷口がっ……ココさん! キノコはっ!?」

    「小松くん、落ち着いて。ゆっくりでいいから分かるように言ってくれるかな」

     大きな手のひらが肩を抱いてくれる。
     ボクは深呼吸して、口を開く。

    「落ちたらボク、どこも怪我がないと思ったら体中切り傷だらけになってて……びっくりしてキノコを踏み潰してしまって……あか、赤い血……みたいな汁が飛んで、そしたら、傷口から、キノコが、キノコが」

     見たものをなるべく思い出さないようにしても、説明するだけで体が震えだす。
     ココさんは不思議そうに首を傾けた。

    「切り傷……かい? ボクにはそれらしきものが見えないけど」

    「そんなっ、そんなわけありません! ちゃんと確かめてください!」

    「嘘なんか言わないさ。それはキノコの毒が見せた幻覚だ」

     ココさんはボクの手を両手でそっとすくいあげた。

    「ああ、痛そうに……掻きむしった痕があるね。でも、切り傷やキノコは見当たらない。ボクの毒を誤飲して倒れてるのを見つけた時点からそんなものひとつもなかったよ」

    「でも、切った痛みも、傷口もたしかに……」

    「キミは、ボクよりキノコが見せた幻覚を信じると言うの」

     ココさんはボクの手を掴んで自分の顔を触らせた。

    「ボクの目じゃ信用に値しないかい?」

     悲しそうな目がボクを見つめる。

    「そんなことありませんよ!」

     ボクは反射的に答える。
     トリコさんの嗅覚、サニーさんの触覚、ゼブラさんの聴覚、そしてココさんの視覚。どんなに高性能なセンサーでもこれら以上に頼りになるものなどありはしないのだ。
     ココさんの体温や輪郭を触っている自分の手をよくよく落ち着いて見てみると、引っ掻いた覚えのある箇所にミミズ腫れがあるだけで、切り傷なんてひとつたりとも無かった。

    🍄🍄🍄

    「まさか誤飲じゃなくって、自らの意志で飲んだなんて夢にも思わなかったよ」

     あたたかみのある木製のスプーンが差し出されたので、それに食いつく。ほどよく温かいお粥が口に入ってきた。

    「あのときはボクだって必死だったんですよ。話しかけてくる声を信じるより、ココさんの毒を信じたほうが、生きて帰る確率97%あるかなって……」

    「3%はダメかもって思ってたの? 小松くん」

     ボクの傍らに立つココさんは右半分を隠すように顔に手をやり、重々しくため息をついた。
     あの後ボクは、ハント続行不可能と判断したココさんによってIGOの研究所に連行された。3日がかりで精密検査を受けた結果、消化器系が少し弱っているが異常なしと太鼓判をもらって、いまはココさんの家で経過観察期間中だ。

    「ハァ……ほんと、舌がダメになってなくてよかったよ。小松くんが銃を喉の奥まで咥えてなかったら、今頃ボクは処刑台の上にいたかもしれない」

    「美食屋としてすごい功績があって、そのうえ世界救ってるんですからそんなことにはならないですって」

    「そうかな。少なくとも二人から殴り殺され、一人から絞め殺されはするはずさ。ああ、あと一人から刺殺あるいは斬殺、一人から氷漬けにされ……参ったな、わざわざ法が手を下すまでもなくボクは殺されていたらしい」

     ココさんは苦笑してスプーンを差し出す。
     ボクはぱっくりくいつく。舌ですりつぶせるほどやわらかいのであまり食べている気がしない。けれども、魚介系のお出汁の効いたやさしい旨味が染み渡る。

    「それにしても、食材の声を信じなかっただなんてキミらしくない。普段なら、的中率97%の占い師にいくら忠告されたって食材を優先するじゃないか」

     チクチクと吐かれる毒が耳を刺す。ちゃんと生きて帰ってこれたんだという実感が湧いた。

    「うーん、それなんですけど……あのとき聞こえた声が食材のものだとは思えなくて」

    「というと? 詳しく聞きたいな。ところでおかわりはいるかい」

     まだまだ食べ足りない。こくこく頷く。
     お椀とスプーンを持ってキッチンへ向かうココさんについていこうとすると、椅子に抑え込まれた。

    「なんといえばいいのか……すごく乱暴だったんです。食え、食え、食えって」

    「普段聞くのはそんなんじゃないんだね?」

    「ハイ。自分を美味しく食べてほしい、そのためにはこうしたらいいんだよって教えてくれる感じなんです。でも、あのときは全然違ってて。ボクに無理やり食べさせようとしているみたいに感じました」

     話しながら、声の内容を思い出す。

    「そういえば……じんせいさいごにみつけた、とか言ってた気がします」

    「人生、ね……」

     ココさんはなにか腑に落ちたようだった。

    「それもまた食材の声だったんだろう。見向きもされなかった美食屋の叫びとも言える……未練を残す生き物の魂は美味なる食材の周りに居着き続けるそうだから」

    「てことは、あのキノコってボクが知らなかっただけでとんでもなく美味しい幻の食材だったってことですよね」

     だとしたら可哀想なことをした。一本も収穫しなかったばかりか、輪っか状に生えていたほとんどを踏んだり蹴ったりして崩してしまった。
     後悔して頭を抱えているボクに、ココさんは少しだけさみしそうな顔をする。

    「ある意味そうかもしれない。あのキノコには名前すら無いんだ」

    「新種ってことですか?」

    「いいや。功績がなければ名も知られていない美食屋が新種だとしてIGOに持ち込んだんだ。ずっと前にね。
    赤身のレアステーキのようなジューシーさと強い旨味があると食べた職員は言っていたそうだけど……皮膚の痺れや痛み、呼吸器系の麻痺による窒息、実際には生えてなんかないキノコをこそぎ落とそうと自傷したり他人に切りかかったり……今回と似た症状が出て、キミと違って彼らは助からなかった」

     つまり、声を信じて食べていたら──
     思わず二の腕を抱く。

    「ふふ、怖がらせてしまったね。今回解毒剤をすぐ用意できたのは、最初に食べて死んだ彼らのおかげでもあるよ。
    ……と、話が逸れたね。持ち込んだ本人も職員も、食べた人は助からなかったけど口を揃えて味を絶賛していたから、なんとかして食べられないかと研究は続けられた。その結果、完全な毒抜きの方法が確立されたんだ」

    「えっ! じゃあやっぱり美味しく食べられ」

    「話は最後まで聞いて小松くん。
    ……まあ、とにかく毒抜きの仕方は見つかったわけだけど……それをすると味が全く無くなってなおかつ食感も最悪で、火を通せば更に劣化するときた。そのうえ限られたところに少数しか生えておらず、好んで食べる獣もいないってことで、個体識別の名前をつけることもなかった。
    ただ“見つけても触ってはいけないもの”のうちのひとつとして、図鑑の後ろの方に小さな写真でまとめられる扱いになったのさ」

    「ええっ、そんな……それはいくらなんでも酷いです」

    「仕方ないよ。なんたってこの世はグルメ時代、美味しくないものに構ってやる暇なんてないさ。あのキノコの菌根はもう枯れてしまったことだし、新しく生えてくることもないだろう」

    「……ボクは、自分を信じてくれた食材をひとつ見殺しにしてしまったんですね」

    「素材本来の味を楽しめば自分の命のみならず他人にまで危害を加えることになり、安全に食べようと思えば食えたもんじゃなくなる。……分かるだろ? どうしようもなかったんだ。小松くんという料理人に見てもらえたんだから、最期は幸せだったに違いないよ」

     ココさんの言い方は冷たい。でも確かに、それがグルメ時代というものだ。後に人類を救う食材になったビリオンバードだって、美味しくないと言って誰も食べなかったから絶滅したのだから。
     全身包帯巻きにしながらIGOの研究所にキノコを託した美食屋が何を思っていたのかを考える。
     名を揚げたいだけだっただろうか?
     自分が見つけた美味しいものをみんなにも食べさせてあげたい気持ちが全く無かったとは、ボクは思えない。
     それじゃあ、あんまりにも。

    「見向きもされないキノコも、キノコを見つけた美食屋も、どっちも──」

    「だーめ」

     まろやかな声に遮られると同時に、背後から伸びてきた手に口を塞がれた。

    「だいたい想像がつくよ。やさしいキミなら思いそうなことだ……でもね。見向きもされず、墓標も立ててもらえない彼らは度を越した寂しがり屋なんだ。思わせぶりなことはしちゃいけないよ。その時々において最もキミを安心させる姿に化けてまで気を引こうとするから」

     だからそこから先は口を閉じて。考えないで。
     一言一句、丁寧に言い聞かせるように囁かれる。
     わかりましたの意を込めて何度か頷くと、口を覆っていた手が離れた。

    「ねえ小松くん、フグ鯨ハントを思い出してみてよ」

     ココさんは隣の椅子に腰掛け、スプーンを差し出す。

    「忘れられませんよ。いろんな意味で」

     ふーふーして冷まさなくても大丈夫な温度のお粥にボクが食いつくのを見届けてから、ココさんは話し始める。

    「じゃあ、洞窟内の地面がどんなだったかも覚えているね。足の踏み場もないくらいに落ちている骸骨を、キミはひとつだって踏まないで進んだかい? ひとつひとつを悼みながら?」

    「……いいえ」

     もちろん意識的に踏もうとはしなかった。どちらかと言えば、避けられるなら避けていたと思う。どうしてもだめだったら踏む直前に心の中で手を合わせたけれど、途中からキリがなくなってきたのでやめた。
     帰ってから数日は足の裏に乾いた骨の上を歩いた感覚がふとした瞬間蘇るくらいに罪悪感を抱いていたが、多少なりとも死ぬ覚悟をして入ったはずの美食屋たちに対して失礼にあたると今は思う。

    「そう、それでいいんだ」

     差し出されたスプーンに首を伸ばすと、「まるで仔鳥だね」と楽しげな声を聞いた。

    「ま、ボクだって彼らに対してまったくの無感情ってわけでもないさ。だからってそっちに行ってやるつもりはないし、小松くんを連れていこうなんて絶対に許さない」

     ボクだって度を越した寂しがり屋だから。

     外で話してたら聞き逃していただろうと思うくらい、ぼそりと小さく呟いた。たぶんボクに聞かせるつもりではなかったのかもしれない。
     それにしても、寂しがり屋とは。森にぽつんと立つ孤島のような土地に建つ家に住んでいるココさんの暮らしぶりとあまり結びつかない言葉にも感じられる。
     考えていることがなにかしら声に出ていたのか、それとも視えたのか、ココさんはすこしだけ困ったように微笑んだ。

    「そうなったのはここ数年の話。小松くんと会うまでは独りでも平気だったのに」

     ココさんはそこで言葉を区切った。ハッと何か気付いたように瞼がもち上がって、すぐに細まった。

    「いいや。きっと、ずっと前からボクは寂しがり屋だったさ。キミと会ってから誤魔化しが効かなくなっただけ。そうじゃなきゃ、エンペラークロウの雛を育てようなんて思わなかったはずだもの」

     お粥をすくったスプーンをボクに差し出すたびに、ココさんはキッスが小さかった頃を思い出しているのかもしれない。
     好きな人が笑ってくれるのは喜ばしいことだが、ぴいぴい羽ばたいてエサをねだる雛鳥と重ねられるのは何となく引っかかる。
     そもそも解毒剤のおかげで手足は問題なく動くことはココさん立合いのもと病院で確認済みのはずだが……

    「もういいのかい小松くん」

     また距離感を誤っただろうか、とか後悔してそうな感じで切なげに眉を下げられては強く言えなくなる。
     複雑な気持ちで食べてもお粥は変わらず美味しい。
     やはり、ココさんは嬉しそうだ。

    「そう、寂しがり屋なんだよボクは。致死性の無い毒をごく少量飲ませたらキミを家に滞在させられると、間違った学びを得た……ね」

     微笑むココさんは息も忘れて見惚れてしまうほどキレイなのに、視線を結び合わせていると産毛がぞわぞわしてくる。
     吸い込まれそうな目、というのはこういうのを言うのだろう。
     スプーンが差し出された。

    「死ぬことがなくっても、仕事に行けないのは困ります」

     大きく口を開いてみると、やや躊躇いがちにスプーンが入ってきた。

    「人の話聞いてた?」

    「ちゃんと聞いてましたよ。要はココさんが寂しくならないようにしたらいいんですよね?」

     ボクが椅子を降り、ココさんが座っている状態でやっと顔の高さが同じくらいになる。それでも体格の差は埋まらないので、ココさんを抱きしめても腕がまわりきることはない。

    「仕事復帰してからしばらくは、休んだ分だけ忙しくなると思います。でも、それが落ち着いて一番最初の休みには必ずここに来ますから」

    「……必ず?」

     対して、ココさんの腕はしっかりとボクを囲う。

    「ハイ。ですから……我慢してくださいね」

     いつもなら首を痛めるくらいの高さにあるココさんの顔がちょうどいいところにあるので、ほっぺたにキスなんかもしてみる。
     ココさんはいっぱいいっぱいに瞠目した後、目を閉じ、長く息を吐いたかと思うと、ボクの背中を抱いていた手がするすると腰へ降りた。

    「ああそう……足腰立たなくされたいの」

     ココさんはひん曲げるようにして笑って唇を舐めた。
     ボクは調子に乗りすぎたらしい。離れるより後頭部が捕まるほうが速かった。
     隙間なく口を塞がれる。
     ちゅ、ちゅ、と小っ恥ずかしくなる音をたてて離れても、じゅうぶんに息ができる余裕はもらえない。不定期に解放される瞬間に空気を求めて口を薄く開けば、狙いすましたように舌が滑り込んできた。
     舌が絡まり、歯列をなぞられ、反響する音と刺激ひとつひとつが背骨を伝って体ぜんぶをおかしくしていく。
     体を動かす理由が『逃げようやめさせよう』から『もっとヘンにされたい』に書き換わったのはいつからだったろう。
     混ざった唾液の糸を追って、椅子に座るココさんに跨がった。

    「それが答えなんだね小松くん」

     クスクスと楽しげな笑い声で少しだけ我に返る。ココさんが解放しようと思わなければ抜け出せない状態に、自ら飛び込んだことに遅れて気付いた。

    「いまのは無意識というかその」

    「言い訳は肯定と変わらないよ。とはいえ、自分が原因で体を悪くした病人いたぶるほどボクの性根は腐っちゃいない。……分かってると思うけど、トリコとハントの約束しちゃいましたーとかは無しだからね小松くん?」

     濡れた唇はボクの首筋を吸って離れた。たぶん痕ができるだろう。

     ココさんの膝の上から椅子に戻された後、スプーンが差し出される。
     温かいはずのお粥が冷たく感じられた。
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    Replies from the creator

    るみみずく

    DOODLEいいえ私はで始まる某曲を聴いていたのだと思います。手を置いて誓うための聖書なんかうちには無いけどなってどうしても言ってもらいたかった。
    話しているときに小松くんの名前が出ると機嫌が悪くなるタイプのココさんがトリコとおしゃべりしてるだけ。
    ココさん小松くん付き合ってない。ココ→マ
    さそりの毒は後で効くらしい グルメフォーチュンで占いの店に目もくれず、ぽつんとそびえる陸の孤島に建つ家へ一直線に訪ねる者は数少ない。
     食材を持ち込み家主に調理させ、食うだけ食ったら帰る(帰される)。片手の指で数え切れるうちのひとり、トリコのいつもである。リーガル島から帰還して以降、それまで何年もぱったり途絶えていたのが嘘のように、交流が続いている。
     いつものようにハント終わりのその足で立ち寄ったトリコを、ココはいつものようにややウンザリした顔で迎え入れた。何時来て何を持ってくるかも占いで分かっているために、食材を調理する準備がすでにできているキッチンもいつも通り。
     持ち込んだ荷物は二つ。特別に大柄なはずのトリコが担いでも相対的に小さくなることのない大袋と、小脇に抱えられるほどの袋。トリコは「メシ作ってくれ」と大きい方をココに突きつけると、小さい袋を机に、自分の尻は椅子にどっかり置いた。
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