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    るみみずく

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    るみみずく

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    去年のクリスマスに妄想して放置していたもの。死ネタ。ココマ(小松くんポイズンドール)

     目が開いて最初に石の床を見た。洞窟内の岩盤などではなく、一目で人工物だとわかるものだ。
     光源となるのは燭台に刺さった数本の蝋燭のみ。うすぼんやりとした灯りに絶え間なく落ちる影の粒がちらつく。窓に映るたよりなげな火は現在の天気だけを小松に教えた。
     白っぽいレンガ、あるいは切り出した石をかさねたドーム型の内部にいるらしい。
     燭台が置かれた机上にパンとワイン。芳醇な香りを放つそれはおそらく上等なものだろうが、グラスに注がれているだけで飲んだ形跡はない。お供物のように生活感が希薄な食卓が、しんしん雪の降る外と変わらない寒さ充満する現在地をどこかの文明の墓であるかのように思わせた。
     知らない場所だ。小松は思った。
     知っている香りがする、とも。
    「小松くん」
     己の名を呼ぶ声に聞き覚えがあった。しかし蝋燭で照らせる範囲外にいるのか姿は見えない。
    「小松くん」
     返事をする間もなく呼び声が響く。音そのものなら聞いたことのある、しかし声質は聞いたことがないほど弱々しい。
     どうも自分に呼びかけているわけではないらしい。そんな気がしたが、縋るような声の主を小松は放っておけなかった。
    「ココさん」
     明確な意思をもって灯りの外へ呼びかける。
     それまで全く感じられなかった気配が身じろぎした。
    「小松くん?」
     意識して耳を立てると、よく知る声は低い位置から聞こえてきた。
     小松は燭台を手にそちらへ近寄る。黒い、大柄な人型が、大きな体を小さく折りたたみ、床に顔を伏せていた。結ぼうとして失敗したか、緩めたのか、鴉の濡羽の髪にぐちゃぐちゃのターバンがまとわりついている。
    「はい。ボクはここにいますよ」
     小松は呼び声にこたえ、震える肩に手を置く。
     伏せていた顔が緩慢に動き、上がりきって向き合ったとき小松はぎょっとした。
     たしかにそれはココだった。しかし、もとより陰影がはっきり出る顔の造りをしていた彼の、蝋燭で照らし出した頬や眼窩はあきらかに痩せこけていたのだ。
     虚ろな目で小松を視認し、ココはゆるゆると横に首を振った。
    「ちがう、違うんだよ……キミはボクが作った毒人形なんだ。小松くんは、あの事故で」
     充血した目から液体が一筋。赤紫色だった。
     ココの涙がしたたり落ちた床がジュッと爛れ、異臭がたちのぼる。ケミカルな刺激臭に混じる焦げくささが小松の記憶をこじ開けた。
     悲鳴。軋む轟音。鉄の焼け焦げるにおい。浮遊、落下、ごろごろ打ちつけられるたび深く刺さるガラス片、衝撃。
     グルメフォーチュン行きの鉄道、通い慣れた道のりで起きた脱線事故。
     けして悪天候ではなかった。整備だって行われていた。経験豊富な運転手の体調に問題もなかった。走行中に故障が発生して起こった事故は誰のせいでもない、ただ不運としか言いようのないもの。その平等に訪れる不運に、小松は乗り合わせていたのだ。
     制御を失った列車に閉じ込められた乗客の恐慌、車内販売の酒瓶と食品に焼け焦げるブレーキのにおい、全身にめりこむ割れた窓ガラスの痛み。すべて現実に体験したことだ。唐突に自覚した己の死に手足指先が一滴残らず血を抜かれたように冷たくなり、小松は燭台を取り落とした。
    「ボク、ボクは、死んだ……んです、か」
     立っていられなくなって冷たい床にへたりこむ。
     落ちくぼんだ眼窩と正面に見つめ合う。
    「……そうだよ。棺桶に入った小松くんの体が骨になったところも、肉が残らなくなるまで焼いたにおいも、ボクは覚えている。小松くんの名前が刻まれた墓石の場所も知っている。もう何ヶ月も前のことだけど、昨日のことのようにキミの死が染み付いて離れない」
     濁りきって、至近距離で向き合う者すらも見落としそうな目からとめどなく赤紫が流れる。すべてを見透す聡明さや近寄りがたい美しさ、隠された優しさすら見る影もない。
     今のココは目が潰れた状態で細い道の上を歩いているのと変わらない。すこしでも踏み外して体幹がぶれてしまえば──
     いまこの空間内において、ココはもっとも死に近い場所に迷い込んでいた。
     人間というものは不思議なもので、取り乱した者は自分より取り乱している人を見ると落ち着くものである。実際に死んだ自分を差し置いて死んでしまいそうなココを前にした小松にも同じことが起きていた。
    「ココさん」
    「……近寄るな」
     床に膝をついたまま距離を詰める小松を掠れた声が弱々しく制止する。
    「ボクは危険な毒を放出している。見てわからないかい」
     垂れ流しの劇毒が石の床を爛れさせる。
    「よく見えません。ボクはココさんほど夜目が効かないので」
     更に距離を詰めるとケミカルな異臭が鋭く鼻を刺した。まともな生物であれば自ら死を望むような想像を絶する苦痛にのたうち回ることになるだろう劇毒。しかし、毒でできた体であるならば。
     何度だって死にかけた。思えば死んだのだって今回が初めてのことではない。前例と異なる点といえば、死ぬ覚悟をもっていないプライベートな時間にやってきたこと、加えて自分の葬式が既に執り行われた後であるという、ただそれだけのこと。
     躊躇いを振り払い、小松はココを抱きしめた。
    「離れてくれ小松くん、毒が」
    「ボクは毒でできた人形だって、作ったってココさんが言ったんでしょ。だから平気です。たぶん」
     劇毒の涙が胸元を湿らす。皮膚に痺れや痛みといった異常はない。本当に自分は毒で作られた人形であるのだな、と小松は驚くほど冷静に受け止めていた。ショックがないわけではなかったが、毒であるからこそできることがあるのでは──考え方を変えてみれば、今の体もそう悪くはない。現に生前は近付くことさえ許されなかった、危険な毒を放出するココを抱きしめることに成功しているのだ。
     いくらか筋肉が萎んでいてもなお、反対側にまわした手首を掴むことは叶わない。すこしでも慰められたらと撫でた髪からターバンがするすると落ちた。
     肩を掴んで小松を拒んでいた大きな手は、いつしか背中で交差し小松をつかまえて離さないよう抱き返していた。
    「たった一夜だけでいい。キミの死を受け入れられない弱いボクをどうか赦して」
    「ボ……ボクは……」
     一瞬、返す言葉を迷った。
     小松に縋りついて懇願するココの眼差しは友人に向けるには情がこもりすぎ、敬虔すぎる。
     消え残りの火が照らす、淀んだ涙を溢しながらも星の少ない空を映す海のようにきらめいていた目が伏せった瞬間、悩みはかき消えた。
    「ココさんをゆるします。ていうかぜんぜん、今夜だけといわずにいつでも呼び出してもらってかまいませんよ!」
    「本当かい?」
    「もちろんです。ココさんが泣き止めるまでそばにいますから」
     ちらちら、きらきら、揺らめく瞳の中の星が増えていく。それは最初からそこにあったが、表面に毒の膜が張っていたせいで見えなかったのだ。透明な涙がココの頬を濯いだときに小松はそのことに気がついた。

    🎄🎄🎄🎄🎄

     窓にまとわりつく雪粒など見えやしない、暗闇一色の寝室。比喩的な意味にも、比喩的ではない意味にも、ココには明るく見えていた。
     平時より暖かい、久方ぶりに使うベッドで横たわるココの顔面は、『泣きやめるまでそばにいる』の一環で彼が寝付けるまで見守ると決め込んだ小松の胸に優しく抱かれている。
     正確には小松を模した毒人形。
     さらに正確には小松の遺体を毒で溶解させたものから作った小松を模した毒人形。
     限りなく小松に近いものである。鼓動も体温も人間との違いを見つけることはできない。
     小松が火葬されたのは周知の事実だ。ただ、燃やした小松がガワだけでなく骨格まで忠実に再現した毒人形だった事実を知る者はココしかいない。
     髪や脛の毛一本すら残らず回収し、焼いても有害物質を発しない成分の毒人形を棺桶に置く最中、皮膚が受け取る感覚がほとんど無かったにもかかわらず意識はどこまでも明瞭だったことをココは覚えている。
     葬式からしばらく経って作られた小松の墓石に花が手向けられていない日はなかった。
     誰かしらが小松の墓の前で手を合わせて泣きながら帰るところを見なかった日はほとんどなかった。居合わせたとき、ココは決まって骨を折ったときの気持ち悪さを思い出した。
     アカシアの存在やグルメ教によってグルメ時代以前の宗教は半ば排斥されるように姿を消していったが、地球上に跋扈していたそれら由来の季節行事は今も残っている。ソリにたくさんの食材を載せて貧困地域に届けるサンタクロースが出動する、クリスマスなどがその代表だ。ココにも招集がかかっていたが、彼はこれを無視して小松とベッドに寝そべっている。
     痩せ細った子どもたちが泣き笑い、食材に齧り付いていることだろう。
     グルメ時代以前の文化財として姿を残す教会では聖なる歌が捧げられていることだろう。
     瓶詰めにした小松の溶液で小松を復活させる日としてココが選んだのがカミサマの誕生した日だったこと。奇妙な偶然ではなかった。
    (ボクはいつからオカシクなったのだろう)
     仰々しい戒名があまりにも似合わなかった。
     遺体を拝んで涙ぐむ人々を見ていると吐き気がした。
     神と崇めてきたモノが地球を崩壊させんとするバケモノとして討ち倒された今、地球人類はカミサマに飢えていた。討伐の最前線で戦った男の相棒で、四獣襲来で訪れた人類滅亡の危機を薬膳餅で美味しく救ってみせた、神の名を冠する食材を調理した料理人である小松の死は、まさに渡りに船。列車事故という死因はドラマチックに捏造され、かつてアカシア像が祀られていた場所に小松の立像が置き換わるだろう。
     毒を放出したばかりの毒人間を人間と言い切った、図々しくも優しい電磁波を放つ善良な人間である彼が、誰かのカミサマホトケサマにされるのが耐えられなかった。
     ──だったらいっそのこと、自分だけのカミサマにしてしまおう。
     出会ったときから誰かのものだった彼が、死後もなお誰かのものにされるなど、許せるはずがなかった。
     小松に限りなく近いものの衣服を高い鼻梁で押し上げ、柔らかい皮膚の暖かさに額を擦り付ける。
     小松がむにゃむにゃと何か話しているのに気がついた。
    「ボクがついてますから」不明瞭な音の羅列から、かろうじて聞き取れた。
     口づける左胸には痛ましい傷跡。冒険の途中で死して復活した名残。トリコの手を引いて復活した証である。
     此度の復活はココによる、ココだけのためのもの。
    「いつまでもそばにいて、ボクだけのカミサマ」
     電磁波が映る世界に生きていてもお目にかかれた試しのなかった神に祈りと歌を捧げる信者たちの心を、ココは少しだけ知れた気がした。
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    るみみずく

    DOODLEいいえ私はで始まる某曲を聴いていたのだと思います。手を置いて誓うための聖書なんかうちには無いけどなってどうしても言ってもらいたかった。
    話しているときに小松くんの名前が出ると機嫌が悪くなるタイプのココさんがトリコとおしゃべりしてるだけ。
    ココさん小松くん付き合ってない。ココ→マ
    さそりの毒は後で効くらしい グルメフォーチュンで占いの店に目もくれず、ぽつんとそびえる陸の孤島に建つ家へ一直線に訪ねる者は数少ない。
     食材を持ち込み家主に調理させ、食うだけ食ったら帰る(帰される)。片手の指で数え切れるうちのひとり、トリコのいつもである。リーガル島から帰還して以降、それまで何年もぱったり途絶えていたのが嘘のように、交流が続いている。
     いつものようにハント終わりのその足で立ち寄ったトリコを、ココはいつものようにややウンザリした顔で迎え入れた。何時来て何を持ってくるかも占いで分かっているために、食材を調理する準備がすでにできているキッチンもいつも通り。
     持ち込んだ荷物は二つ。特別に大柄なはずのトリコが担いでも相対的に小さくなることのない大袋と、小脇に抱えられるほどの袋。トリコは「メシ作ってくれ」と大きい方をココに突きつけると、小さい袋を机に、自分の尻は椅子にどっかり置いた。
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