※けきばれんたけ 途中まで※からり。
乱雑に投げた箸は壁に当たり、冷えた床へと吸い寄せられた。その行く末を見守ることもなく、艷めく銀色を揺らしながら、漣は口いっぱいに含んだ肉塊を、忌々しげに咀嚼する。もう、何度目かもわからない、全く以て味のしない食事に、死んだ方がマシではないかとさえ思うのだが、そんな漣を許さない男が一人居た。
「これも食べられないか…………」
「らーめん屋」
「なら次は……味付けを変えてみるか…………?」
「おいコラ、らーめん屋! 無視すんな!」
円城寺道流。
まともに食事を取らなくなり、路地で倒れそうになった漣を介抱しただけでなく、無理矢理己の家に住まわせたこの男。陽光を思わせる笑みは、彼の人柄の良さを表しているのだろうが、これまであまり人と関わって来なかった漣にとっては、どうにも苦手な部類の人間だった。
「なあ、漣」
「……ンだよ」
そんな道流が、珍しく真剣な面持ちで漣を見据える。二人の間の空気が、痺れて行く。目を逸らしてはいけないと、本能で感じた。
「病院に行かないか」
「オレ様が、病院なんざ行くワケねーだろ」
理解している。
そんなものはとっくにわかっている。
何処が、何かが、おかしいと。
だが、それを知ったところで何になるというのか。漣は、得体の知れない病気か何かで、止まっていられるような少年ではない。
「今の漣の症状に、心当たりがある」
「そーかよ」
「このままだとお前さんは、誰かを傷付けることになるかも知れないぞ」
「……………………」
誰か、なんて。
準備中のラーメン屋に居るのは道流と漣のみ。それに、道流はそう簡単に倒せる相手ではない。ならば、何を心配する必要があるのだろう。相手の考えを明確に読み取れない苛立ちが漣の中で弾けそうになり、思わず席を立った瞬間。
「さて、行くか!」
「っ、離しやがれ!」
厨房に居たはずの道流に担がれたかと思ったのは、一瞬だった。鬱陶しいくらいの晴天の下、人々の視線を集めながらも気に留めない様子で、道流は歩いて行く。それも、軽く歌いながら。さも、機嫌が良さそうに。自由を奪われた漣は、大きな背を叩いたり、腹に蹴りを入れてやったりと、病院に着くまでの間、ただただ暴れることしか出来なかった。だが、病院に脚を踏み入れた瞬間、何とも言えない不快感が全身を駆け巡る。
「牙崎さん、こちらに来てくださいね」
「ほら、漣、呼ばれてるぞ。……どうした?」
「…………チッ」
何だ、これ。
変な匂いがする。
視界の隅が光って、くらくらする。
オレ様が、オレ様でなくなる。
「おい、漣!」
「は……ぁ…………あ……」
苦しい。
身体が重く、苦しいのに。
脚は『何か』を目指して止まらない。急速に熱を帯びた身体は、矢のように院内を駆ける。道流の静止など、漣の頭には入っていなかった。
「あ、ぁ、あ……!」
見つけた。
やっと、やっと。
ずっと求めていたものが、漸く。
ゆっくりと、こちらを振り返る、深い海を映した蒼い瞳。何処か冷めた色のそれは、我を失った漣の視界の中で、きらきらと輝いて。