たった五つの唐揚げで、どうしてこんな値段になるのだろう。元帥が衣をつけているのだろうか。居酒屋は簡単にお金が溶ける。メニューの写真より貧相に見えるそれを口に入れながら、オッドはそんなことを考えていた。
　酒に払う金はないから、居酒屋にも縁がない筈だった。今は机に突っ伏している上官が「奢ってやるから付き合え」と言うまでは。
　この上官……ジン曹長がオッドを飲みに誘うのは、彼が懇意にしているコーグ伍長は既婚で遅くまで付き合えないし酒も飲まないらしいから誘いづらいからだろう、とオッドは推測している。だからといって自分を誘う必要があるのだろうか、という疑問は解決できないが、この際どうでもいいことだ。曹長はどんな店に行っても好きなだけ食べさせてくれるし、酒をあまり飲まないオッドに悪い絡み方をしない。ひもじい二等兵はひとときの贅沢を求めてありがたくご馳走になっている。

　その曹長が今度はしゃっくりを始める。四人入れる個室の中で、オッドだけがもしゃもしゃと口を動かしている。曹長はジョッキの持ち手を握りしめたまま机に沈んでいる。オッド以外にも仲間がいるときにはこんな酔い方はしないのだが、オッドと二人のときは明らかに飲む量が違う。常人だったら中毒を起こすようなスピードでアルコールを流し込むのだ。普段は陽気になる程度で手を止められるこの人がすっかり酔って、隠れた性質が姿を表す。
　曹長は泣き上戸だ。大柄な三十路の男が、酔うと泣き始める。初めて見たときはその意外な一面に驚いて、大丈夫ですかと声をかけてしまったが、「おう、気にすんな」と言われたきり、言葉通り放っておいている。涙を流し唇を噛み締める姿は滝行のようで、曹長の眉間の皺の原因はこれだと思われる。愚痴や昔話が始まるわけでもなく、ただひとりで泣いている。日頃のストレスのせいだろうか、などと憶測してみたこともある。曹長が泣くようなストレスには心当たりがありすぎる。しかしながら、本人が泣くことをあまり深刻に捉えていないようだったので、オッドも気にしないことにした。
　曹長は今日も例に漏れず酔って泣いて、泣き疲れて寝た。瓶やらジョッキやらは店員が来るたびに片付けられて、どのくらい飲んだのかはよくわからないが、いつもよりは多かっただろう。
　オッドは最後の唐揚げを口に放って、メニュー表に手を伸ばす。その振動で目を覚ました曹長が顔を上げる。目が赤い。
「もう帰るか？」
「まだメニュー全制覇できてません」
「そうか。終わったら教えてくれ」
　鼻声の曹長にティッシュ箱を差し出し、端のめくれたメニュー表を眺める。曹長が泣いている間に着々と進めてきたメニュー全制覇作戦も、あと五品くらいで終結だろうか。勘定が楽しみだ。