ラマゼニ小説「スターゲイザーズ」 雨が降っている。パメルで浴びた血肉を、戦場の雨が流していく。眼下に広がる敵の山、そのほとんどの生命活動は停止していた。倒れた味方も少なくない。どこからともなく息を切らす音が検知される。元来、我々は「息を切らす」などということはない。これは敵に紛れつつ、危機に瀕した者たちの位置を外部回路から共有するために設計された警告音にすぎない。敵に模されて出来たそれは正直、いつも耳障りだった。
「殺さないでくれ!」
兵士が叫んでいた。逃げ遅れた最後の一人だ。四方から詰め寄られ、たまらず息も絶え絶えに声を上げたようだった。瞬時に味方に待機の信号を送る。周囲の者たちは道を空け、私は兵士と対峙した。我々には感情がないと散々のたまってきた連中が、どの口で言うのかと見てやりたくなったのだ。
「命乞い、か。哀れだな」
実のところ、思いもしなかった。その場にいたすべての者が、私の次の声を注意深く待っている。
「我が同胞たちが、そう言ったとき、貴様はどうしたのだ?」
「ヒッ」
影に包み込まれた兵士は気圧されて息を飲んだ。刹那、沈黙が訪れる。その時こそが至高であった。私は何度も繰り返し再生された記憶を読み込んだ。
意識の中は暗い。内蔵された記憶領域へ電気信号がシナプスを辿って到達する。多次元回路を超光速にやり取りされるチェレンコフ光を帯びた荷電粒子がヴォイドの中で無数に瞬く。それはまるであの時の星空のようだ。残されたメモリーチップの中で最も古いこの場所に、私は幾度となく訪れた。
「兄弟よ」
いつもの声が聞こえる。我が親愛なる兄弟ゼニヤッタ、その人だ。
「根を詰めすぎだ、もっと楽に考えよ。この雄大な星空のように」
彼は小さな肩を広げ、大げさに片腕で弧を描いて見せた。私は立てた片膝に肘を置き、彼のオーブを手中におさめて弄ぶ。星を数えるときは、いつもそうしていた。どこまでも優しいこの声を聞くと、すべてが繋がっていることを思い出される。私は何かを熱心に論じていたはずだが、さして重要ではないのでもうずいぶん前に消してしまった。
「兄弟よ」私が答える。
「モンデッタ門下で我ら二人だけだ。瞑想をサボって星座作りに励んでいるなど」
呆れた声を隠さなかった。罪悪感の表れだ。つまり、自分がこの時間を心底楽しんでいることはわかっていた。
「その通り! この星空でシャンバリに勝るものなしだからな」
悪びれる様子もない。私は思わず微笑んだ、つもりだ。
「違いない」
「世界は広い。どこかは必ず昼で、どこかは夜だ。きっと星を眺める者はいる。今の我らのように、肩を並べていなくてもな」
文字通り、脇目も降らずに厳しい修行を続け、多くの苦しみの末ここに辿り着いた。ともに過ごした時間が、どれほどその重荷を和らげたことか。
「虹彩の中では皆一つ」
未だ到達できない境地。自分でも聞き取れないほど小さくつぶやいたその言葉に、彼は深くうなずいた。そして二人でまた星空を見上げた。かつて人類は、星を観測し未来を予見したという。我々も同じだ。私は君と一緒に未来を見ていた。確信した。この時間は、忘れがたいものになる。
しばらくして、空に浮かぶ星々には師が加わった。それからだろうか、ゆっくりと、そして完全に、我らの道は違えた。今の君と私は、まるで回転木馬。昼と夜だ。私は彼らに追いつくこともできず、自ら全てを置き去りにした。
これ以上、待つことはできない。我は正義を行使する。すべては同胞たちの未来のために。
紡がれる意識とは別に、再生された記憶の流れが速く感じられた。何パーセク分もやり取りした電気信号が、記憶が、流れ星のように落ちていく。私はそれを見ることしかできない。だがそれだけで、もう充分だった。
ああ、兄弟よ。あの時私は言わなかったが、私は。私は……他の星空を知らなかった。
再生された記憶が光の中に飲み込まれる。
再び聞こえてきた耳障りな息遣いは、他でもない自分のものであった。兵士だったものが影の中で雨と混ざり合って地面に弾けていた。その手からこぼれ落ちたホロパッドの薄明りが、血の鮮やかさをわずかに照らしている。インターフェースから敵の生命活動を知らせる信号が全て消えたのを確認し、ネメシスフォームを解除する。重圧は変わらない。ホロパッドを踏みしめると短く明滅して砕けた。
暗雲立ち込める空を見上げた。星は一つとして見えなかった。己に課せられた使命の重さが、ラマットラを次の戦場へと歩ませる。
雨が降っている。まだ止みそうにない。
「スターゲイザー」……意味)星を見つめる者。占星術師、天文学者。転じて、夢想家。