この人生で唯一の、「アルハイゼン、君は後悔ってやつをしたことがあるかい」
「…――君は後悔ばかりの人生でも歩んでいるのか? 俺は違うが」
「君ってやつは! まったくいつもいつもそう……!」
唸るような声のしたほうへ、アルハイゼンは一瞥もくれずに返してぱらり、と読みかけの本のページをめくる。
しかし、聞き慣れた、聞き飽きた応えが今日に限っては返らない。投げては打ち返し、打ち返してはまた投げる。なぜだかいつの間にか馴染みの光景になりつつある、かつては静寂に満たされていた自宅リビングでの騒がしいやり取りが途切れてはあ、とアルハイゼンはため息を吐いた。まだ、本から顔は上げない。ただ、先ほどまでページをめくっていた手がつい、と宙を行く。書記官、という肩書から連想するにはいささか武骨な指先はそのままテーブルの天板へと降り立って、汗をかいた、透明のグラスを真正面へと押しやった。
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