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    rip_lojm

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    rip_lojm

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    6月に出したい本。
    人を愛すると死ぬ呪いに掛かっている🦁先輩の話。
    セフレにすらなってないけど、そういう関係があるレオジャミです。
    名前はないけど、オリキャラ(?)が出てきます。
    諸々捏造。

    #レオジャミ
    leojami

    あいというなののろいあなたは誰にも愛されてはいけない。
    あなたは誰も愛してはいけない。
    あなたは誰にも愛されない。

    ――それは、愛という名の呪い。



    ***

    あなたに呪いを掛けてあげる。――彼女はそう嗤った。

    ***


    【一】

    「ふぁ……」
    欠伸と同時に指先が虚を掴んだ。
    「ん?」
    触れるはずだった温もりがねぇ。その事実に、眠気に閉じていきそうになっていた瞼をうっすらと開ける。まだ茫洋とした薄闇が残っていて、部屋に漂う空気は冷たい。夜が明けるにはもう少し掛かるだろう。
    (んだ、あいつもう帰ったのか?)
    あいつ――ジャミル・バイパー。
    スカラビアの副寮長であるそいつと、俺はセックスをした。
    (まぁ事故のようなものだがな)
    偶々、おんぼろ寮のゲストルームに呼び出されたかと思いきや、二人きりで閉じ込められた。どうせ話しかけてこねぇだろう、と思っていた。以前に食堂でちょっと揶揄ってやったことがあるのだが、それが気に食わなかったらしく、その後、俺と顔を合わせると目を合わそうともしなくなったからだ。
    だが、何の話の流れでそうなったのか、気が付けばジャミルが俺の上に乗っていて、まるで国から宛がわれた女のように腰を振っていた。
    取り繕ったその表情に、ジャミルが何を考えているのかはさっぱりだったが、それでも熱欲を昇華する為だけのセックスはそれなりに気持ちよかった。体の相性がよかったのか、それとも他の理由なのかは分からねぇ。交尾とも営みとも違ぇ、ただ互いを貪るようなそれは酷く熱かった。
    ――だからだろう、今、指先に触れる冷たさが刺さるのは。
    隣にあったはずの体温は、いつの間にかなくなっていた。いや、随分と昔に帰ったに違いねぇ。ベッドに降ろした掌の先にある冷え切ったシーツがそれを証明していた。ピロートークも何も、甘さの欠片もねぇセックスだっただけに、やつが既にいねぇのは妙に納得がいった。
    あいつの意図は分からねぇが、じゃれついた猫に噛みつかれたようなものとでも思っておけばいいのだろう。
    (にしても、気配すら残そうとしねぇとはなァ)
    あいつが果てて落ちている間に一応洗浄魔法を掛けてはいたが、再度、自分でも施した上に匂い消しの魔法も掛けたんだろう、昨日の情事の痕跡は完全に消されていた。全部が夢だったんじゃねぇかと思うくらいには、綺麗さっぱりと。
    (ご丁寧にベッドメイクまでしていくなんて職業病かよ)
    あたかも最初から俺一人が寝ていたかのような状態だった。俺が体を横たえている箇所こそ弛んでしまっている一方で、あいつが整えたであろう箇所はぱりっとシーツが張られていて。それこそ王宮じっかにいた時のことを思わせるくれぇに完璧に整えられていた。
    (ま、無かったことにする気だろうな)
    シーツに僅かに残るスパイシーな香り。己の嗅覚があれは幻じゃねぇと叫んでいたが、それがなければ、昨夜のことは夢だと思っただろう。それくらいに、普通の人間だったら、本当に現のことだったのかと悩むくらいには、完璧に証拠が消し去られていた。
    ジャミルが獣人おれ能力きゅうかくを正しく把握しているとは思えねぇことを考えれば、痕跡を全て消して無くそうとした地点で、昨晩のことはなかったことにするつもりなのだおる。きっと向こうから、セックスをしたことについて話題にしてくることはねぇだろう。
    (まぁ、こっちもわざわざ蒸し返す気にはなんねぇけどな)
    疑問が残らねぇかと問われれば嘘になる。だが、積極的に暴きたいわけでもなかった。きっと、このまま互いに話題にすることもなく、単なる性欲解消の一夜だったのだと、なぁなぁになって忘れちまうことは想像に難くなかった。そして、それを見越してジャミルは証拠隠滅を図ったんだろう、とも。
    (さすが深謀遠慮のスカラビアの副寮長様ってわけか)
    何で抱かれた、だなんて考えるだけ愚問でしかねぇ。
    ――一夜限りの関係。それだけのこと。
    掌に触れる虚の冷たさを握りつぶしながら、俺は再び眠りに就いた。

    ***

    そう一夜限りの関係だと、そう思っていた。
    「こんばんは」
    「……よぉ」
    まさか昨日の今日で来るだなんて思いもよらず、一瞬、反応が遅れた。ベッドの上で驚きに尻尾まで張り詰めちまった俺を見てジャミルが小さく笑う。ぐる、っと唸りを喉に響かせたが、気にする様子はなかった。躊躇うことなく部屋に踏み込んできやがるジャミルに尋ねる。
    「テメェ、どうやって入って来た」
    弱肉強食、喧嘩っ早い奴の巣窟であるサバナクロー寮では魔法を使った私闘は禁止、という言葉を取れば、つまりは魔法さえ使わなければ問題ねぇというルールの元、サバナクロー寮内ではくだらねぇ争いがただでさえ多い。
    それに加え、他寮の奴が入り込むと、寮長おれの寝首を掻きにきた奴だと勘違いする野郎が山のようにいて。そいつらが「自分を倒してから行くんだな」と決闘を申し込むもんだから、大概ややこしいことになっていて。その上、周りが野次馬を飛ばしたり賭け事をしたりと寮内が一気に賑やかしくなるから、誰か来たと一発で分かることが多いんだが、今回に限って言えば、全く音沙汰がなかった。
    「どうやって、普通に入口からですよ?」
    「そういう意味じゃねぇ」
    分かってるのにわざと惚けるジャミルがうざくて低い声で否定すれば、それすら分かっていると言いたげにジャミルは唇の端を愉しげに緩めた。さらにそのままベッドの近くまでやってくると、手にしていた封筒をサイドテーブルの上に置いた。
    「寮長会議の資料を届けにってジャックに言ったら入れてくれました」
    「ジャックは?」
    「トレーニングに行ってくるそうです。ラギーは、購買で会ったんで別件のおつかいをお願いしました……案外、ガバガバですね、セキュリティー」
    「テメェのとこみてぇに、別にタマを取られたところで損害はねぇからな」
    「っ」
    す、と、その瞳に翳が落ちた。煽られたから煽り返しただけだったが、どうやら触れられたくなった部分に完全に刺さっちまったらしい。いつも取り澄ましている仮面に僅かに入った罅から覗いたそれは、まるでブロットの塊のように昏いものだった。
    (ふーん、やっぱりここがこいつの弱みか)
    以前、寮対抗のマジフト大会で有力選手をラギーに襲わせるにあたって、少しだけこいつのことを調べたことがある。
    ジャミル・バイパー。
    有力選手を探してこい、と命じたからには、それなりにできるやつなんだろうが、元々ぱっとしねぇスカラビアの中でも、特に印象の薄いやつだった。それでも名前と顔を覚えていたのは、こいつがスカラビアの副寮長だから、というよりも、現寮長であるカリムの後ろにいつも控えていたからだろう。
    カリム・アルアジーム。
    熱砂の国の大商人の息子。二カ月遅れで入学してきたというそいつの名前は夕焼けの草原の国にいた時から知っていた。何なら顔も知っていた。商談の、そして外交の場で見かけたことがあったからだ。
    大商人という肩書の通り、熱砂の国の市場を支配しているのはアジーム家だった。熱砂の国と取引をしたければ、まずはアジーム家に筋を通せ、という常識が他国の為政者に伝わっているくらいに、熱砂の国においてその存在はでけぇものだった。
    しかも、それだけじゃねぇ。貿易や商業だけに留まらず、アジーム家が外交はもちろんの事、熱砂の内政まで干渉しているという。商業だけに関わらず、実質、アジーム家が国家を牛耳っているのは有名な話だった。
    夕焼けの草原の国にアジーム家が訪れた時も、商談以上の裏で莫大な利権が動き、そこに多くの人間が群がり、その一言一言に右往左往するのを目の当たりにした。その時に、社会勉強の一環だ、と連れてこられていたガキがカリムだった。金は力だ、力がねぇと立ち行かねぇことがある、と痛感しただけによく覚えている。
    まぁ、それはさておき、世界的にも有名なアジーム家の長男だ。二カ月遅れで鳴り物入りで入学してきたとなれば、それなりに憶測が飛んだ。そいつが二年次に上がる際に寮長になると公表された暁には裏金だの何だのという噂もまた。
    家来なのか、親衛隊なのか何なのかは知らねぇが、スカラビア寮生の一部が火消しに回っているのを馬鹿馬鹿しいな、と横目に寝転がっていたのは、金でしか動かせねぇものがあると知っている俺からすれば、それが遠からずあり得る話だとも思ったからだ。ただ、どこまでが本当なのか真相は闇の中だ。まぁ、一生表に出ることはねぇだろう。それが、権力者が権力者である所以なのだから。
    (で、結局、そのことを一番不服に思ってるのはこいつなんだろうがな)
    前に食堂で会った時にそれとなく探りを入れたことを思い出す。どうも腹に抱えているのは明白だったが、そのことを隠そうと仮面のように貼り付いているその笑みに気持ち悪ささえ覚えた。
    (そう思うと、この態度は若干なりとも地を出しているんだろうか)
    昨日といい今の態度といい、いつもとはどことなく違う様に、ふ、と興味が湧いた。
    「んで、あいつらを追い払って何の用だ?」
    「だから寮長会議の資料を」
    言葉を遮るようにして、ぐ、っと腕を引っ張ればあっさりとジャミルが胸元に落ちてきた。寸前のところで掌を支えにしたんだろう、数センチ先にジャミルの顔があった。簾のように垂れ下がる黒髪が視界を遮って。こいつだけが世界にいた。
    「……何のつもりですか?」
    理由つもり、がいるのか?」
    俺をじっと見下ろすチャコールグレーはどこまでも閑かだった。
    「じゃぁテメェは何のつもりでやってきたんだ?」
    「だから寮長会議の資料を」
    「だったら別にジャックなりラギーなりに託せばよかったじゃねぇか」
    正論を告げれば、図星だったのかジャミルは固く唇を噛みしめた。切れそうな勢いで閉ざされたそれはどこか痛々しくて。それを緩めるように指先をその隙間にそっと差し入れる。あっさりと開いた赤く、そして熱かった。
    「んな善かったのか?」
    こいつの表情かおをもっと曝いてやりてぇという思いでその言葉を吐きだした瞬間、
    「って、」
    噛みつくようなキスをジャミルがしてきた。
    ――いや、噛まれた。
    じわっと広がる鉄錆の味に唇を噛み切られたことを知る。
    「あなたこそ、俺を忘れることができないんじゃないですか?」
    自信ありげなその態度は酷く高慢で――けれども、存外、悪くなかった。
    こいつの剥き出しの感情に一瞬触れたような、そんな気がして。まだ鈍い痛みに痺れる唇をそのままジャミルに被せる。また噛まれるだろうかという予想に反して、うっすらと開いた隙間から熱が絡んできた。それなら、と絡め取ってやる。
    「ん…っ……ぁ、ん……」
    「っ……」
    ぱっと離れたかと思いきや、薄く尖ったような舌を突き出しながらジャミルは顔を顰めた。
    「んだよ」
    「血の味がしたんで」
    「テメェが噛んだんだろうが」
    ひりひりと傷む唇。そこまで深く噛まれた感覚はねぇ。もう止まってもおかしくねぇはずだったが、何度も口づけを繰り返しているせいか、まだ血が出てるんだろう。軽く舌で舐め取れば、確かに幽かに鈍い匂いが鼻を燻ぶらせた。それに顔を曇らせていると、ふ、とまた影が落ちてきた。
    「ん……」
    「はぁ……ん…ぁ……」
    今度はジャミルから寄越してきたキス。傷口を抉るように蠢く舌を捉え啜れば、色がそこ滲んだ。気をよくして、そのまま上顎をゆっくりと舌で撫でてやれば、びく、っと体が大きく震えた。
    ――愛も情もねぇキス。
    それでも、欲が簡単に灯っちまうのにそれこそ理由なんてなかった。


    (中略)


    「っ」
    がくん、と身体が深淵に落ちたその瞬間、俺は現世に放り出された。
    (クソっ)
    夢だ、そうと分かっていたのに、また囚われてしまった自分に苛立ちしか生まれねぇ。それなのに、心臓の裏側に爪を立てられたかのような感触が今もくっきりと残っていやがって。心と身体が二律背反している。
    「チッ」
    思い出すだけで、金属音が耳元で軋みを立てた時のように背筋を蠢く悪寒。夢から覚めてもなおなお、いつまでも早鐘を打ち続ける心臓。臆病者の烙印を押されているような気がして自身に舌打ちを飛ばす。
    (あんなの夢だって言ってんだろうが)
    己に打ち勝ちたくて、また眠ればあの夢を見ると分かっていて目を瞑った。それなのに、どれだけ拭い去ろうとしてもべっとりと染みついていたブロッドの気配。濁った闇が俺を引きずり込む。また聞こえてくる彼女の嗤い声。俺に掛けられた呪い。
    ――永遠にとけることのない、呪い。
    (はぁ)
    あの日のことなど、もうとっくの昔に砂にしてしまったと思っていたのに。ざらざらと残るその感触が手に刻まれていて。あまりにリアルなそれは、まるで昨日のことのようにまざまざと俺に突きつける。
    「クソっ、最悪だな」
    何度寝返りを打ってもその悪夢に行きつく思考に、俺は体を引き起こした。夢の中とは違い現実味があるからか、包み込むような闇はさっきとは違う柔い手触りをしているような、そんな気がした。
    それでも、その暗がりは随分と深く、夜明けはもうずっと遠かった。冷え切った指先が捉えたスマートフォンの時刻は4時過ぎ。サバナクローは夜行性のやつも多いが、さすがに明け方に近い時間帯だからか辺りは酷く静かだった。舌打ちが、やけに大きく響く。
    「クソっ」
    置き去りにしてきたはずのその過去が、今になって急に牙を剥いてきた理由に覚えがあった。
    『レオナ様』
    嘆きの島で再会したからだろう。
    ――ファントムに。彼女の、亡霊に。
    「っ……」
    ファントム。オーバーブロットした挙句、元の姿に戻る事の出来なかった怪物の成れの果て。どろどろとしたインクのような粘着質の塊は、もはや人間だった頃の姿形を想起できねぇほど別物になっちまっていた。そして、そんなそいつらが閉じ込められているタワーは、まるでファントムの墓場だった。
    (結局会えなかったが、彼女もあそこにいたんだろうか)
    彼女。俺に呪いを掛けた人物。俺の亡霊。
    『レオナ様』
    その亡霊が嗤った。
    ――俺は絶対に愛されないと。


    (中略)

    あの日、自室で目を覚ました時には、全ては終わっていた。

    「ん……き、ふぁじ?」
    ぼんやりと薄暗い霞が広がっている。いったい何が起きているのだろうか、と、どうにか動く首を横にすると、入口の所でキファジが頭を抱え込むようにして座っているのが見えて。その名を呼べば、はっとしたように顔を上げた。
    「あぁ、レオナ様! お気づきになられましたか……よかった」
    いつも小言を言ってくるせいで尖っているキファジの目や口元が、安堵からか、くしゃくしゃと崩れていく。
    (初めて見たな、こんな顔)
    今にも泣きだしそうなその表情。そんな顔ができるだなんて、俺は知らなかった。
    物心をついた頃からキファジは王家に仕える侍従長という立場にあって。いつだって「王家たるもの」だの「第二王子としての自覚をお持ちください」と、口酸っぱく注意してくるばかりで。眉間に皺を寄せているか、目や口を吊り上げているかで、いつも意地悪爺さんみてぇな顔ばっかだった。
    笑顔こそ見たことはあるが、こんな風に泣きそうなってるキファジを見るのは初めてで。まるで別人のような気がして、どこか不思議な気持ちで見つめていると、彼が俺の方にやってきた。
    「キファジ……ここは?」
    「あなた様のお部屋ですよ。それより、痛みの方はどうです?」
    そう言われて、気づいた。片方の目が暗闇に覆われていることに。さっきまで焦点が合っていたはずの視界が急にぼんやりと霞んできて、ふ、とそこに手をやれば布のようなものが手に触れた。どうやら包帯で覆われているらしい。
    「これは……?」
    「覚えてらっしゃらないのですか?」
    迫るブロットの黒。迸った赤い飛沫。瞼を疾走した熱。彼女の、絶望に満ちた乾いた嗤いが耳の中で木霊する。
    『あなたに呪いを掛けてあげる』
    一気に集約した記憶が突き刺さり、目の奥がずきんと疼いた。
    「……覚えてる」
    「そう、ですか……」
    俺が首を横に降れば、キファジの苦し気な響きが耳に届いた。少しだけ悩んで、それから意を決して「彼女は」と尋ねようとした。けれど、それよりも早く、まるで誤魔化すかのように不自然なほど矢継ぎ早にキファジは俺の目の状態を口にしだした。
    「でも、本当にご無事でよかった……出血が物凄い量でしたから失明されるかと思いましたが、幸い眼球までは傷ついていないそうで。一時的に視力の低下は免れないそうですが、失明の危険はないだろうと。消毒して縫い合わせたので、しばらく見づらいとは思いますが、このまま傷が塞いでいけば目そのものの方は回復されるとのことでした」
    そう言われて初めて目の前に覆われている理由が己の体と結びついた。ぼんやりと視界がはっきりとしないのも怪我の影響だろうか。包帯の上からで分かりにくいが、とりあえずは大丈夫そうだということを知った俺は、再び彼女の名前を出そうとした。だが、
    「まだお疲れでしょう。もう少し寝てください」
    まるでそのことを分かっているかのようにキファジは俺をベッドの方に寝かしつけようとした。
    「彼女は」
    今度こそ、と遮るようにその行方を尋ねる。だが、キファジは軽く目を伏せた。泣きそうなその瞳が揺れる。
    「もう忘れることですな」
    その言葉が全てを物語っていた。

    それ以上はどれだけ聞いてもキファジは答えてくれなかった。仕方ない、キファジが駄目なら、と早々に自室から抜け出し兄貴に詰め寄った。俺が倒れていた間にいったい何があったのか、と。
    だが、どうやら、俺が意識を失っている間に片が付いてしまっていたらしい。渋い顔をして「もう終わったことだ」と一言だけそう言うと、話題に触れることすら許されないといった空気を兄貴は出していた。
    「終わったってどういうことだよ?」
    なおも吠える俺に対して兄貴は「その言葉の通りさ」とそう言い切った。普段は馬鹿みてぇに元気で陽気な兄貴から想像もつかねぇくらい、静かに。
    「言葉の通りって」
    「レオナ、もう終わったんだ」
    ぐ、っと握りしめる兄貴の拳が静かに震えていて痛感する――ああ、こいつも母親を殺されたのだ、と。
    「クソッ。……もういい」
    「レオナ、どうする気だ」
    「どうするもこうするも、テメェらが教えてくれねぇって言うなら他の奴らに聞く」
    何かあてがあった訳じゃねぇ。嫌われ者の第二王子なんぞ味方になってくれるような周りはいなかったから。
    ただあの場に近衛兵たちもいて、あの事件を目撃していたはずだ。それならば、脅せば誰か一人くらいは口を割るだろう。そう思い、周囲を尋ねて回った。あの後いったい何が起こったのか、ファントムを捕まえに来た奴らはいったい何者なのか、そして捕まえられた彼女がどうなったのか、と。
    兄貴やキファジが教えてくれないのなら他の奴らから情報を得ればいいと、必死になって聞いて回った。だが、誰一人として教えてくれなかった。いや、覚えていなかった。
    どれだけ尋ねても、何のことやらさっぱりといった様子で。ファントムと化した彼女の事も、それを捕縛に来たカローン達の存在も記憶になかった。そこに関する情報が、全てが綺麗さっぱりと消されていて。
    ――あの事件はあたかも最初からなかったことのようになっていた。
    「は?」
    最初はあの場に関わった者たちに厳戒な緘口令を敷かれているのかと思った。誰も教えてくれはしなかったから。脅すよりも早く皆協力的に、あの時の話をしてくれた。だが、彼女とカローンのことだけが、記憶から抜け落ちていた。すっとぼけているわけでも、兄貴やキファジに強制されているわけでもねぇ、と、本気で首を傾げる奴らに意味が分からなかった。
    「どうして、」
    あれだけの騒動だったのだ。誰も覚えてねぇなんてそんな不自然なことがあってたまるか、と執拗に問い詰めようとした瞬間、
    「レオナ様」
    業を煮やしたのだろうキファジから咎めの言葉が届いた。
    「キファジ、どういうことだ? どうして彼女の存在が消えている? ……いや、それだけじゃねぇ。皆、どうして俺のことを」
    「レオナ様!」
    ぴしゃり、と言葉を絶たれた。
    「これ以上は国の安泰に関わります。詮索はおよしください」
    「国の安泰」
    「えぇ」
    「分かって下さい。レオナ様……これは国の為です」
    国の為。それは俺に掛けられた欺瞞のろいの言葉だった。国の為国民の為、と何度聞いたことか。俺が意見する度にその言葉で封じられてきた。今まではそれでも、しぶしぶ納得してきた。それが王族としてあるべき姿なのだと思っていたから。
    ――けれど、その呪いが俺から大切なものを奪おうとするのならば、そして、その呪いの為に彼女が犠牲になったのだとしたら、
    「分からねぇよ」
    思わず叫んでいた。分かりたくなかった。首を縦に降れるはずがなかった。
    「レオナ様」
    「分かりたくもねぇ」
    声を張り上げた先で、キファジがまたあの泣きそうな顔をしていた。
    「だって俺のせいじゃねぇか」
    すべては俺のせいだった。あの彼女ファントムが言う通り、全ては俺のせいだった。
    ――俺が殺した。彼女を、母を。

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    セフレにすらなってないけど、そういう関係があるレオジャミです。
    名前はないけど、オリキャラ(?)が出てきます。
    諸々捏造。
    あいというなののろいあなたは誰にも愛されてはいけない。
    あなたは誰も愛してはいけない。
    あなたは誰にも愛されない。

    ――それは、愛という名の呪い。



    ***

    あなたに呪いを掛けてあげる。――彼女はそう嗤った。

    ***


    【一】

    「ふぁ……」
    欠伸と同時に指先が虚を掴んだ。
    「ん?」
    触れるはずだった温もりがねぇ。その事実に、眠気に閉じていきそうになっていた瞼をうっすらと開ける。まだ茫洋とした薄闇が残っていて、部屋に漂う空気は冷たい。夜が明けるにはもう少し掛かるだろう。
    (んだ、あいつもう帰ったのか?)
    あいつ――ジャミル・バイパー。
    スカラビアの副寮長であるそいつと、俺はセックスをした。
    (まぁ事故のようなものだがな)
    偶々、おんぼろ寮のゲストルームに呼び出されたかと思いきや、二人きりで閉じ込められた。どうせ話しかけてこねぇだろう、と思っていた。以前に食堂でちょっと揶揄ってやったことがあるのだが、それが気に食わなかったらしく、その後、俺と顔を合わせると目を合わそうともしなくなったからだ。
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