寄るな色男「うおおっ!?」
ヒストーリエが目をパチクリさせながら、手を頭上に掲げて狼狽えている。
その周りには無数の鹿──。
彼は無謀にも、鹿せんべいを買ってしまったのだ。
「兄ちゃん色男やから、鹿にも人気やねぇ」
「えっ、うわっ!服を噛むな!」
ヒストーリエは四方八方から集まる鹿たちに包囲され、せんべい売りのお婆さんの軽口に答える余裕もなく草原の中央あたりへ流されて行った。
その間も彼はせんべいを掲げたままだ。
一体何を考えているのやら──しかし、それに対する鹿の反応は様々で興味深い。
服やバッグを喰む鹿もいれば、頭を上下に振り回して威嚇する鹿もいる。
……もしや、これが「お辞儀」なのだろうか。
ヒストーリエがせんべいを買う前に「ここの鹿たちはせんべいをあげる前にお辞儀をするらしい!見てみないか?」と言っていたが、その話を聞いていなければ、勢いよく頭突きをされると勘違いして焦っただろう。
そうこうしている間にも、ヒストーリエが率いる鹿の群れとの距離は離れていく。
彼らの歩みに合わせて、私も草原の中央へ向かうことにした。
群れから少し離れた位置は、全体の様子を見ることに打って付けだ。
なるほど、1匹がせんべいに気が付いてヒストーリエの方へ歩き始めると、その近くにいる鹿もつられて歩き始めている。そうやってこの鹿たちは、次から次へと広範囲から集まってきていたのだ──。
「おーい!」
ハッとして声の方を見ると、この騒ぎに慣れた様子のヒストーリエが鹿の群れを引き連れて、笑いながら私の方へ向かってきていた。
「せっかくだしドクトーレも一緒にあげないか!鹿に夢中でせんべい買わなかったんだろー!」
「やめろ、寄るな色男!」
「なんだよそれー!」
テンションの上がったヒストーリエには何を言っても無駄で──。
あれよあれよという間に、私も鹿に囲まれたのだった。
おわり