安心できる処 いつもの通り、すっかりおなじみの社宅で目を覚ます。秘密基地がかなり離れた山にある為なんだかんだ必須になってしまったこの家で、前日に考えていたコーディネートをクローゼットから引っ張り出してくる。比較的かっちりとした服装に身を包むのにも慣れた頃合いで。
仕事道具を揃えて持って、隣にあるモータースへと足を向ける。広々とした店内のデスクで出納帳や金庫のチェック、メカニックガレージで扱う素材や機器の確認も随分と板についたものだ。愛車である藤色のSentinelXSを日常点検がてら触り、更なる目的地へと走らせる。
カレンダーを確認すればそろそろ本格的な冬も近くなってきて、外では寒々しさのある乾いた風がロスサントスを吹き抜けていくなか切るように愛車を走らせ、職場から近くに位置するコンビニ奥のデスクトップにも目を通していく。
数字、販売状況、在庫……足りないものがあれば業者までワゴン車を走らせるところだけれど、しばらく数字を追うも急くような状況でもなく胸を撫で下ろす。一時期馬車馬のように駆け回りながら在庫状況を潤沢にしていた甲斐があったというものなのかもしれない。
デスクトップをスリープにして、店員に声を掛け外へと出る。思わず手を擦ってしまうくらい冷え込んでいるけれど、そんな空気感の街を眺めてみれば視界も晴れて存外悪くはないもので。深く息を吸い込めば、冷ややかな空気を取り込んで寝起きの頭も覚めるというもの。
しかし、やはり寒いものは寒い。今日のところは連絡事項もなく、急を要するレッカーや修理の連絡も鳴ることはない。ひとに呼び出されることもなければ、元々していた約束事なども立て込んではいなかった。とすれば、自然とその扉に手を掛ける。
「いらっしゃい!」
耳馴染みのいい、低すぎず高すぎない声音は子供のように跳ねる。全身黒い服装のなかにワンポイントの緑ネクタイ、サングラスと髭と髪型のせいで見てくれはとても大人っぽく見えがちだけれど、その奥にある垂れ目で小さな瞳は真っ直ぐにこちらを向いて、笑った。
「寒いんだ、コーヒー売ってくれ」
枕詞なんて要らないし、コーヒーなんて昔はとても飲めたものではなかったけれど。意気揚々と用意してくれる姿が微笑ましくて、居心地が好くて、代え難くて、当たり前になってしまった。
ないと思っていた、
手離したくなかった、
そんな、安心できる処。