そのひとかけらを、 美しかったミルクパズルの世界が、崩れていく。
きっかけは些細な出来事だった。いや、些細だと思っていただけで。
綻びを見つけるのがもっと早ければ、この狂いに気付けていたら、そんなたらればを言い出せばいくらでも沸いてしまう。
もっと崩れ出す前に、まだ足場のあるうちに露見したことに感謝こそすれど、どうしてこんな俺に情状酌量の余地があるのだろう。
えぼしを前に、喉まででかかる言葉はある。ただこれを吐き出すわけにはいかない。
考えろ、考えろ。それだけの時間をもらったのだから。
可能性を掴み取らなければ、まだなにもできていないんだ。
やりたいことなんて涌き出てくる。どうして、こんなことに気付けなかったのか、と。
散らばったピースをかき集め、思い付くかぎりの場所にはめ直していっても、足りないものが沢山あることなんて見ただけで一目瞭然だった。
そのピースの持ち主は目の前におらず、まだ俺がここにいる理由にすら見当がつかない。過ちを犯したのだと改めて糾弾された瞬間から、彼女の話を聞いていたようで理解に全く及んでいなくて。
焦っている、それくらいはわかる。
今までに類を見ないほど、とても頭が回っていない自分がいる。
目頭が熱くなるのにかぶりをふって、スマホのメモ帳に吐き出しながら少しでも何が起きたのか整理しようと足掻く。
一心不乱に追い求めながら、少しずつ為すべきことを噛み砕きながら、深い霧がかっていた思考が徐々に晴れていくのを実感しながら、いったい彼女自身がどうしたいのか。
街でやりたいことがたくさんあって、一緒にやりたいことが溢れていて、いなくなって欲しくなくて。
ーー大好きだから、去って欲しくない。
ただのエゴだ。そんなの解ってる。けれど、俺から出せる解なんてこれしかなくて。こんなことでいいのかすら、わからない。
街にまだいたいはずなんだ。えぼしもロスサントスという場所を楽しんでいて、半年なんて長い時間を過ごしてきた思い出深い街を、こんなことで離れたくないはずで。
繋ぎ止めるにはどうしたらいい? 最低な俺が「好きだから」だなんて、そんな都合のいい話があっていいのか? こんなものが彼女の求める解なのか?
彼女が置いていったヒントトークのひとつひとつが色を帯びていって、空いてしまった穴を埋める新たなピースとして手元にコロンと転がった。
そのどれもが仄かに暖かな光で、まだわからないのかと優しく挑発してくるようで、ぐちゃぐちゃになった思考が一旦落ち着きを見せたのを感じる。
やりたいことがたくさんあって、ただそれを一緒に出来なかったのは、今なら分かる気がした。
使ってしまったものを元に戻すと口に出した、けれど時間がかかるものだから着手に至れていない。
あれをやろう、これをやろう、たくさん口に出した記憶はある。……ただ、それだけだったから。
まずは、返そう。そして、お礼の品も用意する。
やりたかったことを、えぼしの隣で一緒にやっていくための一歩を、改めて踏み出す未来のために。
気持ちを無意識に踏みにじってしまったことへの謝罪と、短絡的に突き放さず気付かせてもらったことへの感謝と、俺のエゴだってなんだっていい、率直な想いをえぼしに聞いてもらうために。
いつも運転しているはずの車なのに、ハンドルを握る手が汗で滑る。震えているのも分かる、けれどこれが自身への怒りなのか、いたものが離れていく恐怖なのか、哀しみなのか、焦りなのか、すべてがない交ぜになってしまっていることなんて丸分かりだった。
ダイナーへ迎えに来て欲しい、なんて。
こんな俺に時間を割いてくれることが、どうしようもなく情けなくなって。
立ち上がった足元には崩れたことで砕けたピースの破片が散らばっている。
そのひとかけらを、胸に強く強く刻んで、待ち人のもとへ駆け出していく。
忘れない、忘れちゃいけない。
今の全力で目一杯の誠意を見せるために。